第27話 正義の在り方

フォグルたちは一般棟に続く道路を駆けていく。

耳に聞こえるのは怒号、破裂音、そして悲鳴。

今もなお戦いは継続している事を、現場を見ずに把握が出来た。



「よし、扉の影に隠れて様子を窺うぞ!」



メルの指示により、3人が身を寄せあって一般棟に隣接した扉に隠れた。

解錠の必要が無いのは、破壊されて大きくひしゃげている為である。


端から慎重に吹き抜けの階下を覗き見た。

するとそこには、地下空間には不似合いな巨大車両があった。

縦横無尽、いや、傍若無人と言うべきか。

あらゆる設置物を、そして人を踏み潰しながら暴れているのだから。



「メルさん。あれが敵ですか?」


「そうだ。ジャスティスカーと言うらしい」


「ふざけた名前だなぁ。もうちょっと捻れば良いのになぁ……」


「確かに。だが、あれの性能に可愛いげは無いぞ」



メル言葉で全員の目が敵へと向いた。

ジャスティスカー、それは巨大な装甲車であり、短時間でほとんどの怪人を葬り去った凶悪なる兵器である。

頑丈なボディはあらゆる攻撃を寄せ付けず、傷ひとつ付く事はない。

前面に備え付けられた巨大なドリルは掘削と残忍な処刑を可能とし、刃は泥と血肉による汚れが激しい。

車体の左右にはサイドミラーの代わりに二門の砲があり、そこからはヒーローの必殺技である『ジャスティスバレット』を秒間に70発撃ち尽くす能力を持っている。

単発式であった事など過去のものにする、前代未聞の兵器なのであった。


そんなものが直接本拠地へと乗り込んできたのだ。

当然まともな戦になるはずもなく、一方的に蹂躙されるばかりとなった。

エントランスホールはまさに惨劇そのもの。

数えきれぬ程の死体が重なり、硝煙と血の臭いは離れた場所にまで鮮明に届く程に濃いものだ。

更には、この無惨な死に塗り固められた戦場に鳴り響く、狂気じみた声が華を添えた。



『アッハッハ! 死ね死ねぇ! 悪党なんぞ滅びてしまえぇ!』



所々ひび割れたような響きがある。

それはジャスティスカーの外部に備え付けられたスピーカーから発せられたものだ。

血に酔ったような言葉を嗜めるように、別の声色が直後に続く。



『ちょっとブルー。落ち着きなさいよ! これじゃあどっちが悪者だか分からないじゃない』


『ピンクさん、何を言ってるんですか。我々は正義のヒーローなんですよ。ゆえに為すこと全てが正しいのです!』



その言葉とともに砲が火を吹いた。

凶弾が壁に轍のようなものを作り、戦闘員たちの命を易々と奪い去った。

それは戦意を無くし、背を向けて逃げ惑うものも含んでいる。



『ブルー、やめなさい! なにも逃げ惑う人まで撃つ事は無いでしょう!?』


『ピンクさん。これはね、見せしめなんですよ。悪の道へと堕ちる愚かさを世に知らしめなくてはなりません』


『そうだぞピンク! 悪は全て根絶やしにしなければならないんだ!』


『あなたは優しすぎますねぇ。良心の呵責に悩むなどという贅沢は、お一人になってからジックリと堪能してもらえませんか』


『あなたたち……狂ってるわ』



口論の間も攻撃の手は休められなかったのは、トリガーを握るのがブルーであったからだ。

なので意見が別れようとも砲は回り続ける。


ーーそれに全滅ボーナスが美味しいですからね。この機会に大金をせしめてみせますよ。


胸中の言葉が更なる惨劇を引き起こす。

彼にとっては殺し合いなどではなく、富を得るための狩りなのであった。


そんな裏事情など、結社側が知る由もない。

フォグルたちは一部を除き、怒りによって大きく身を震わせた。



「おのれ……好き勝手に暴れおって!」


「あ、あ、あんなバケモン倒すなんて無理だよぉ! 逃げよう! さっさと逃げようよ!」


「ケティさんの言う通りです。お二人は隙を見て逃げてください。僕が囮になります」


「待てフォグル。勝算はあるのか!」


「僕は霧化の技を持っています。連中に攻撃受けても問題ないでしょう。それに……」


「それに?」



フォグルは視線をヒーローたちから反らした。

そちらには見知った顔の死体がいくつも転がされていた。



「このような無法を許すわけにはいかない!」



フォグルはそう叫ぶと、扉の影から飛び出して跳躍した。

そのまま一気に車両に蹴りを浴びせ、エントランスへと降り立つ。

手応えはあるものの、やはり傷すら付けることは叶わなかった。


ーーだが、これで囮の役目は果たせるだろう。


実際、ヒーロー側に捕捉されたのはフォグルだけであり、2階の渡り廊下を進むメルたちには気づいて居ない。

迎撃に用いられたのがドリルである事から、それは明らかである。

重たい音と共に高速回転し、彼を貫こうとして迫り来る。

スピーカーからも哄笑が重なる。

だが、それは霧化の技によっていとも容易く避けられた。

攻撃をいなされた装甲車が無様にも無防備な背中を晒す。



『な、なんだ今のは!?』


『レッドさん、アイツこそが霧の魔人です! 通常攻撃は効きません!』


『クソッ! 向きを戻すぞ!』



車両が急旋回しようとするのをフォグルはわざわざ待ちはしなかった。

間合いを詰めて腰を落とし、渾身の力を拳に集める。

そして、怒りと言うには大きすぎる激情が彼に絶大な力を与え、その身に赤い闘気を纏わせた。



「無惨に散った仲間たちの無念を思い知れーーッ!」



拳が振り抜かれると、30トンにも及ぶ車両は体を傾けさせながら吹き飛ばされ、壁に激突して施設を揺るがせた。

だが驚くべきは他にある。

咄嗟の操縦が奏功して横転までは出来なかったものの、その横腹が大きくめり込んでいるのだ。

誰一人として爪先ほどの傷すら負わせられなかった中で、フォグルはたったの一振りでダメージを与える事に成功したのである。


怪人側にとっては大戦果であり、ささやかながら勝利への光明が見いだせたというものだ。

それでも彼自身は気が晴れたりはしない。


ーーチッ。折角のチャンスだったのだが。


追撃のため再び地を蹴り、横腹に取りつこうとする。

だがスピーカーから轟いた声により、その足は半強制的に留められてしまう。



『レッドさん、コイツの弱点は雷属性です! バレットで撃ち倒しましょう!』


『待ってブルー! 貴方は何故そんなに詳しいのよ!?』


『説明しているゆとりはありません! みなさん、力を貸してください!』



ふたつの砲が呼応するように駆動音を立てた。

その瞬間にフォグルの優勢は一転、形勢不利となる。

早々に弱点を看破された事もだが、飛び道具に切り替えられたのは痛恨事だ。

唯一の脱出路である地上への階段は、今もなお逃亡者で溢れており、そちらは射線に近い位置にある。

下手に逃げ回れば彼らが撃ち殺されてしまう。

つまり、フォグルに回避する事は許されないのだ。


ーー霧化するしかない!


その場で足を踏み固め、自ら的となることを選んだ。

両腕は交差して全面に押し出す。

これは体内に宿る全エネルギーを防御に回す姿勢だ。

万全の状態となった刹那、けたたましい轟音と共に無数の弾丸が撃ち出された。



『正義の力を思い知れ、ガトリングバレット!』



吐き出されたのは金色に輝く弾丸であった。

それは雷属性の力を帯びており、放電しながら飛びすさぶ様はさながら稲光であった。

フォグルは赤い炎を煌めかせ、全力で抗おうとするが……。



「ガハッ!」


『バカめ! 正義は勝つ! ヒーローは必ず勝つと決まってんですよぉ!』



気迫で堪え忍ぶには相手が悪すぎた。

全身を打ちのめされ、弾圧で吹き飛び、壁に打ち付けられてしまう。

体は千切れて四散し、残されたのは胸から上だけという有り様だ。

欠損した部位の端からは蒸気が立ち上ぼり、それがフォグルの生命力を奪っていく。

起き上がるどころか這って進むこともままならない。

後はとどめを待つばかりとなる。


ーーみんな、逃げて。今のうちに……。


既に視界はぼやけ、遠くまで見通す事が出来ない。

耳も銃声に犯され役割を果たせずにいる。

最後に見る物が銃口とは憐れなものだ。

それが有頂天となった敵によるものであれば尚更である。



『覚悟は出来ましたか。ジャスティスカーにダメージを与えたことを誉れに、地獄へと落ちなさい!』



銃身は回転を早めて周り、再び無数の弾丸を撃ち始めた。

壁に転がるフォグルを絶命させんと雨粒のように降り注ぐ。

だが……。



「フォグル、危ないッ!」



横から現れた仲間が急場を凌いだ。

2人は転がるようにして弾を避け、致命の攻撃を寸前で回避したのだ。



「メルさん……どうして」


「馬鹿者! どうして私独りだけで生きていけると思う! ボロボロのお前を見捨てて平気な訳があるか!」


「ダメだ、逃げて……殺される」


「構うものか! こんな理不尽な世界、一秒だって生きていたくはない!」



メルはフォグルの体に被さりながら、その場に倒れ込んだ。

瞳からは大粒の涙が溢れてこぼれ落ちる。

それがフォグルの頬を濡らすのだが、彼には慰めるだけの力は残されていなかった。

そんな2人の元へ、不躾な言葉が投げつけられる。



『アッハッハ! 泣かせてくれますねぇ。悪人風情が一丁前に恋愛ごっこですか?』


『ちょっとブルー! あの人を撃つの? 女の人じゃない!』


『戦場にあっては男女平等です。いちいち性別で対応を変える訳がありませんよぉ』


『もぉ、レッド! あなたも何か言ってよ!』


『……ブルーの言う通りだ。オレたちが目指すものは唯ひとつ。あらゆる悪が根絶された世だ!』


『ねぇ、本当にどうしちゃったのよ! お願いだから眼を覚ましてよ!』


『問答無用です。正義の弾丸で散りなさい!』



無情にも砲身が回る。

銃口で煌めく無数の光。

今からでは逃げようとしても間に合わない。

その様子をフォグルはボンヤリと眺めていた。

妙に世界の物事が遅くなるのを実感しながら。


ーー正義とは何か、悪とは何か。


死にに行く瞬間にも関わらず、彼はそのような事を考えていた。

ひたすら叫ばれる正義、そして一方的に断じられた悪という立場。

それが果たして実態を正確に表しているのかは分からない。

そんな思考の渦に飲まれている最中であっても、ただ一点だけ判断のつくものがあった。


ーーなぜコイツらは、こうまでも傲慢なのか。命を奪うことに一切の躊躇いが無いのは何故か。


その批判めいた言葉を切欠にし、彼の心に断片的にあった感情の数々が複雑に絡みあい、急速に構築が為された。

バラバラであった物が1つに重なる。

それは人格の形成であった。

大望の、自我が定着した瞬間なのである。


熱い涙を原資にエネルギーを膨らませ、欠損した四肢は瞬時に蘇り、敵と抗う事を可能とした。

そして全身に宿るは強烈な怒り、圧倒的な暴力に立ち向かおうとする気高き魂が、フォグルに無限の力を与えた。

その力は、脳裏で躍り狂う一事によって噴出したのである。



「貴様らの振りかざす安易な正義で、どれだけの者が傷ついたか分かっているのかーーッ!」



口調を荒げながら大きく腕を振るった。

すると指向性の絞りこまれた暴風が吹き荒れ、それが弾丸の射線と真っ向からぶつかった。

実体を持たない風にも関わらず、その風圧は凄まじい。

弾丸の軌道すら大きくねじ曲げ、全弾が何もない床や壁に突き刺さる。

更には重厚なる装甲車までをも押し返してしまうのだから、ヒーロー達の狼狽は激しいものとなった。



『バ、バカな! どこにそんな力が!』


『ブルー、ピンク、油断するな! 敵は手強いぞ!』


「我々の恨みの深さを思い知れ!」


『クソッ! 来るなぁーー!』



半狂乱な声とともに砲身が再度回転を始めた。

フォグルは発射を待つこと無く、掌に蒸気を圧縮させて打ち出した。

左右に向けて2発、両方とも砲身に直撃。

すると砲は大きくひしゃげて爆発を起こした。

再起不能となった事が傍目から見ても分かるほどに、激しく破損してしまう。



『ああっ! 砲がやられました!』


『こうなったら、ドリルで引き裂いてやる!』



今度は前面に取り付けられた刃の出番である。

鋼鉄製のドリルがフォグルを引き裂こうと画策した。

彼のすぐ後ろにはメルが座り込んでいる。

先程と同じように、霧化による回避が不可能となっているが。



「舐めるなッ!」



回転するドリルに向かって拳が振り下ろされた。

それだけで鋼鉄の刃が粉砕され、凶悪な駆動音は鳴り止む。

後に聞こえるのは、気を違えたようなヒステリックな叫び声だけである。



『有り得ない! ジャスティスカーが負けるなど、有り得るはずが!』


『ブルー! ここは危険よ、一旦引きましょう!』


『覚えていろ……、この恨みは必ず! 必ず貴様らの血であがなって貰うからな!』


『みんな飛ぶわよ! 即座帰還(リ・ワープ)!』



その言葉を最後に、拠点を散々に荒らし回った装甲車は動くことを止めた。

乗組員たちがヒーロー技能により撤退した為であり、中は既に藻抜けの空となったのだ。



「逃げられたか……ッ!」



フォグルは安堵しかけたが、すぐに異変を察知した。

機体は自爆装置が押されており、爆破を知らせる無機質な音声が漏れ伝わったのである。


すぐに体を翻してメルを庇う。

すると、その直後に車両は大爆発を起こした。

それを期に、崩れかけていた地下施設は崩落し、一帯は土砂で埋没してしまった。

こうして長らく繁栄を築いた秘密結社は、その主戦力と共に壊滅させられたのである。

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