第22話 ユダンの罠

フォグルは自室で寝そべりながら、組織図を眺めていた。

消灯の時間はとうに過ぎている。

なので、非常灯の淡い光だけを頼りに、黙々と読み込みを続けた。



「執行部は……総統を除けば最上位に位置するのか」



特定の怪人で占められた執行部は、界隈を支配する法そのものだと言って良い。

拠点内の諸々を決定する権限を持ち、それは何人にも侵害されないというのだ。

さすがに大きな事案ともなると反発を恐れて、上級怪人をメンバーに加えた上層部会議にかけられるのだが、そんな過程を通るものは極々一部である。



「つまりは、実権のほとんどがユダンたちに集約している事になる。腰巾着の取り巻きども含めて8名か」



当然のことながら、執行部の構成員全てが最高待遇だ。

不必要に高額で無駄だらけの部屋のなか、今も高いびきを上げている所である。

それは同室で横になる戦闘員の姿からは、全く想像も出来ないほど隔絶したものだ。


フォグルは書類から視線を外し、寒さに震える仲間たちの方へと顔を向けた。

毛羽立つ畳の上で、身を寄せあうようにして30人の男たちが浅い眠りに落ちている。

寝具は一式すら無い。

なので、ありたっけの布類を持ちよって、タオルケットのようにして寒さから身を守るのだ。

もちろん、気休め程の保温すら望めない。


拠点は地中深くに造られた事が幸いして、すきま風は吹かない。

それでも酷く冷えこむ。

空調による適温どころかヒーターひとつない大部屋は、震えるほどの寒さに支配されているのだ。

まるで凍死をチラつかせるように。



「わずか10数人が贅沢をするために、何百人もの人々が難渋しているんだ」



そう結論付けると、フォグルは自分の首にあるマフラーを戦闘員の一人にかけてやった。

寒さのためか、安らかな寝顔にはほど遠いその人に。


霧の怪人が寒さに悩むことはない。

その特質に気不味いものを感じたようにして、フォグルは集団から若干の距離をおいてから浅い眠りについた。


翌朝。

フォグルは皆に混じって食堂へと出向いた。

集団の顔色は概ね悪く、中には体調を崩しているものもいるように見える。

所持品である三枚のマフラーは症状の特に酷い者に貸し与えた。

メルからの贈答品も使わせようとしたのだが、それは丁重に断られてしまう。

仕方ないので、フォグルはそれを自分の首に巻くことにした。


ともかく皆は消耗しきっていた。

このままでは大病を患う事も予想に難くない。

せめて栄養のあるものをと思うのだが、最近は特に締め付けが厳しい。

大きな期待は寄せずに、長蛇の列で朝食を待つ。

そして与えられたものはピーナッツのふた欠片のみで、かつての麦飯1膳が豪勢に思えるほどの献立であった。


ーーこれはもはや、死ねと言っているようなものだ。


脳裏をよぎったのは怒りでも失望でもない。

変革であった。

どうにかして総統と面会し、窮状を訴えて改善を迫るのだ。

いつもの顔ぶれで食事をとりつつ、そのような事を考えていた。


だが彼の決断を防ぐような事件が、この時に起こる。



「全員動くな! これより所持品検査を始める!」



突如、食堂に耳慣れない声が響く。

そちらの方に目をやると、武装した執行部の集団が見えた。

出入り口は封鎖され、何人たりとも通さない構えだ。

その重苦しい空気の中を、配下を引き連れたユダンがフォグルの方へとやってきた。

まるで舞台役者のように、十分な視線を集めながら。



「食事時に済まないねぇ。突然だけど、所持品検査をさせてもらうよ」


「ユダン様。お言葉を返すようですが、これまでにそのような前例は……」


「前例など無い!」



ユダンはこれまでの格好を瞬間的に崩し、覇気のこもった言葉を言い放った。

それだけでメルは恐縮して凍りついてしまう。



「確かにメル君の申す通りです。ですが、今はその様な悠長な事を言っている場合では無い。裏切り者を炙り出さねばなりませんから」


「裏切り者、にございますか?」


「我々が動き出すと、なぜヒーローが即座に駆けつけるか、不思議に思いませんか? 連中の索敵能力が優れているとはいえ、あんまりではないですか」


「つまり、情報を流しているものが居ると……」


「そうとしか考えられません」


「し、しかし! 他にも可能性が!」


「だまらっしゃい! つべこべ言わずに検査を受けなさい。身の潔白を証明できればそれで宜しいでしょう!」



ユダンが合図を出すと、配下の者が一斉に戦闘員へ掴みかかった。

その様は検査などにはほど遠く、凶悪犯の捕り物劇のようだ。

一切の抵抗していないにも関わらずだ。

これは最早いたぶる為にやっているとしか思えず、それがフォグルの心を掻き乱していく。



「なんだマフラーなんぞしおって! 貴様らに贅沢品は必要ない!」


「イィーッ」



病身のものから僅かな防寒具が剥ぎ取られていく。



「これは何だ! 手紙か!」


「イィーッ」


「外部と連絡を取るとは、貴様が裏切り者か!」


「イーーィ! イーーィ!」


「問答無用!」



執行部の男は封筒を乱雑に取り上げると、今度は手にした棒を力強く振り下ろし、戦闘員の頭に打ちつけた。

執行部も怪人であり、腕力は相当なものだ。

末端の兵ごときでは堪えきる事もできず、即座に膝を折って倒れた。



「イイダさん!」



フォグルは椅子から立ち上がって駆け寄ろうとした。

だが、それはユダンによって遮られる。

獲物を見つけた肉食獣のような眼光が、救助に向かう足を止めたのだ。



「勝手に動き回らないでもらいたい。あなたはまだ検査を終えていないでしょう」


「……救護しようとしただけです。検査は受けますとも」


「フン。そんな身形をして、白々しい……!」



ユダンは目線を少し下げ、フォグルの首元を見た。

そこにはメルからの贈り物が巻かれている。



「随分ときったないモノを召しているのですね。しかしだ。フォグル君、あなたは怪人候補生と言えど身分は末端! ゆえに贅沢品の使用は認められない!」



その叫び声とともに、ユダンはフォグルよりマフラーを奪い取った。

そして地面に投げ捨て、靴でこれ見よがしに踏みつけにした。


フォグルが大人しくしていたのはそれまでだ。

放たれた矢のように飛び出し、握りこぶしを無法者(ユダン)に叩きつけようとした。

取り巻きの連中は壁になり、その攻撃を止めようとする。



「貴様、歯向かう気か!」



フォグルに2本の棍棒が振り下ろされるが、当然の事ながら霧化した。

彼にのみ与えられた最高クラスの防御方法だ。

本来であれば、問題なく攻撃をかわせるハズなのだが……今回は事情が大きく異なる。


振り下ろされたのはスタンガンであり、霧化した体には強烈な電気が流し込まれた。

電撃は霧化では防げない。

数少ない弱点を狙われてしまった格好だ。

フォグルは生まれて初めて味わう苦痛に、たった一撃で沈められてしまった。



「フォグル!」


「め、メルさん……」


「フフ。執行部への反抗は組織への反逆と同義です。この者は私直々に調べる。連れていけ!」


「ハハッ!」



崩れ落ちたフォグルの両脇を配下の男たちが抱えた。

そしてすぐに食堂の外へと護送されていったのだ。



「さて、本日はこのくらいにしておきましょ。一人とはいえど、反逆者をあぶり出せたのですから」


「ユダン様、お待ちください! フォグルが反逆者などと!」


「たった今この目で見ましたよ。明らかに牙を剥きました。証拠はそれだけで十分でしょう」


「しかし……しかしッ!」


「あなたと議論するつもりなどありません。口をつぐみなさい、痛い目に遭いたくなければね」



ユダンはそう言い残して踵を返した。

そして、内心でほくそ笑む。


ーー思ったより上手くいきましたね。反逆者に対する尋問。連れ去る大義名分としては十分でございましょう。


それからは何事も無かったかのように、食堂から出ていった。

我が物顔で歩く彼らの事を止められる者は、この場には誰も居なかった。


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