第20話 配置転換

「フォグル君。アルバイトによる稼ぎはご苦労であった。以後職を辞し、拠点の運営に助力して欲しい」



作戦会議室に呼ばれたフォグルとメルは、総統の命を聞いた。

何の前触れもない辞令だが、メルは好都合だと言わんばかりにほくそ笑む。



「総統閣下。僕に何か落ち度がありましたでしょうか。後学の為に教えていただきたいです」


「君に落ち度は無い。強いて言えば些か目立ちすぎたな。働きぶりが評判を呼んでいるとの事だ。特に異性からのものが。そのように報告を受けている」


「報告……ですか」



フォグルは右となりに顔をむけた。

その動きと全く同じ速度、そして方角に、メルも顔の向きを揃えた。

総統に報告書を提出した人物とは彼女であり、頻繁に『人間たちの関心が異常に高く、続行は危険』という言葉を添えていたのだ。

その結果として上層部会議にかけられ、今こうして決定事項を知らされているという訳だ。



「止めたまえ。メル君は何も私情にかられて報告したのではない。そうだろう?」


「ハッ! 例の人間どもには送迎中に追跡されること3度。競技用自転車を巧みに操る事で、我らの居所を突き止めようとした模様です」


「無論、撒いたのであろうな?」


「抜かりはありません!」


「よかろう。フォグル、理解したか。資金を得ることは尊いが、我らの正体が明るみとなっては意味が無いのだ」


「委細、承知しました」



フォグルは納得がいかない。

これまで以上に多く稼ぎ、末端人員の暮らしを向上させようと考えていたからだ。

契約社員としての再雇用の話も出ていた矢先の命令である。

それでも、真っ向から歯向かう事を諦めた。

上層部には執行部も含まれており、対立は危険であると判断したからだ。



「ところで、君は随分と感情を表に出すようになったのだな。少しばかり驚いたぞ」


「そうでしょうか。僕にはわかりませんが」


「どれ。ひとつSR値を見てみようか」



そう言うと、総統は眼鏡を指でまさぐり、柄の部分を強く押した。

するとAR機能が作動し、そのレンズは細かな数値やグラフで埋め尽くされた。

そして判定が終了すると、小さな電子音と共に眼鏡は元の状態に戻った。



「SR461か。飛躍的な進歩ではあるが、まだまだだな」


「引き続き研鑽を深めて参ります」


「長話をした。もう行って宜しい」



総統が椅子を回転させ、フォグルたちに背をむけた。

話の終わりを態度で示した形である。

それを受けて2人は深々と一礼し、会議室から退席した。


次に向かうは警備室だ。

フォグルはそこで新たな任務に従事するのである。



「それにしても、461とは本当なのか?」


「僕が嘘を吐く理由はありません」


「だってこの前、虎野郎とゲスカマキリを一撃で倒したじゃないか。アイツらは気質こそ小物だが戦力は高い。どちらも800を超える猛者なのだぞ?」


「そうですか。ではまぐれ勝ちという事になりますね」


「……とてもそうは思えんが」



フォグルの力はそんなものではないと、メルの記憶が高らかに叫ぶ。

かつて一瞬だけ感じた途方もない波動は、確かにフォグルが発信源であったのだ。

それは怪人がどうのという次元ではない。

さながら天災のような、抗いようもない力を見せつけられた気がしていた。


しかし、計測は計測。

461だと言われたら、そのように扱わざるを得ないのだ。

よってフォグルは怪人待遇とはならず、こうして日常的な仕事を担う事となる。


2人の話題が尽きかけた頃、ちょうど警備隊詰め所へとたどり着いた。

地上出口付近に設えた部屋は広く、何人もの隊員が控えていた。

彼らは4本の手に2本足、そして力持ちという事以外は人間と変わらない、蟻怪人の見習いたちである。



「アリリ? 蛇女様、このような所へどうしたん?」


「閣下の命令だ。霧怪人、今のところは候補生だが、フォグルをここで使えとの事だ」


「あーー、ハイハイ。聞いてます聞いてます。外に働きに出たり食堂で執行部に噛みついたり、姉さん方を手玉に取ったりと話題のフォグルさんね」


「余計な事まで言わんで良い」


「あー、すんませんね。アタシらはチマッチマと生きてますんで。どうにも細かくなっていけねぇです」



隊員の1人が4本の手でポッコリとした腹をさすり、笑い声をあげた。

小柄な中年男性のような容貌であるが、不摂生なのではなく、種族として正しい姿なのである。



「まぁ良い。フォグル、ここで警備隊の一員として務めろ」


「はい、承知しました」


「何か不都合があればすぐに相談しろ、上にかけあってやるからな」


「はい、承知しました」


「それから虐めでもあったら言え。私にかかれば蟻連中なんぞ瞬殺だ」


「はい、承知しました」


「あと、今度の休日に……」


「メルさん。早く行ってもらえませんか?」


「クッ! もはや最後まで言わせてもらえんのか!」



メルが顔を真っ赤に染めて去っていく。

残されたフォグルと隊員は苦笑を交換し、すぐに業務の話へと移った。



「お待たせしました。警備についてお教えいただけますか」


「アリリ。思ってたより上品。もっと粗暴な人かと思ってたよ」


「どんな噂が流れているか知りませんが、これが僕なのです」


「うんうん。良かったよ。おっかない人だったらと心配だったんだ」


「ところでお名前をお聞かせいただけますか」


「あぁゴメンね。僕はアリア。よろしく、フォグル君」



その言葉と同時に上下2本の手が差し伸べられる。

フォグルは握手に困るが、心配は無用だった。

どちらかの手で握られれば成立扱いらしく、今回は上の方で交わすこととなった。



「さてと、業務の説明……といっても簡単さ。まず、外から来る人に警戒するんだけど、それは気にしなくて良い。外から誰かがやって来ることなんてほぼ無いからさ」


「承知しました。万が一襲撃者があれば仲間を呼びます」


「一応警報はあるよ。詰め所の柱に大きなボタンがあってね、それを押せば拠点内全域に報せる仕組みになってる」


「承知しました。他には?」


「他、というかさ、次に話す仕事内容がメインになるかな。お偉いさんから内密に相談されててね」


「内密に? それは何なのですか?」


「皆には内緒だよ」



アリアが小さく言うと、体をフォグルへと寄せた。

耳打ちしようとして4本の手が長い筒を作る。



「実はね、中に裏切り者がいるの。そいつの正体を暴くのが僕たちの任務なんだ」


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