第17話 見とれる程の切れ味
一ヶ月足らずの勤務にも関わらず、メキメキと頭角を現したフォグル。
その才覚は、単なるアルバイトの枠に収まる事はなく、幅広い分野にて重宝された。
例えば店内ポップ。
店長はPC画面で画像を比較し、悩んだ挙げ句にフォグルを呼び寄せた。
「ねぇフォグル君。今度の店長会議でさ、こ新商品のポップ案を出す事になってね。ふたつ考えたんだけど、どっちが良いかな?」
2種の違いは背景色のみだ。
どちらも大まかなデザインは同じで、中央に白ヌキ文字で『梅ぇバーガー 来月頭より販売開始!』とある。
その背景には製品写真が中央、他はベタ塗りとなっている。
このテスト画像を見て、フォグルは小さく首を横に振った。
「どちらも訴求に弱い、と感じました。」
「えっ、ほんと!? どの辺が?」
「そうですね。まず文字周りについてお話しします。日付を追加して、来月頭は補足扱いに。そして助詞は小さく、逆に製品名と日付けを大きく打ち出しましょう」
「うーん、どうだろうなぁ。今すぐテストデータを編集してみるね」
「下線を付けても良いでしょう。文字フチはもう一段太くしてグラデーションを……」
「ちょ、ちょい待って! まだロードが終わってないのぉぉ!」
嬉しい悲鳴と共に画像の加工は為された。
当初のデザインなど面影すら残さぬ程の大工事だ。
後日、会議で発表したところ反響は上々。
店長に吹いていた向かい風も多少の落ち着きを見せるのだった。
もちろん、フォグルを頼るのは店長だけではない。
例えば先輩の男子学生などは、誇張なく毎日のように相談する。
仕事ではなく趣味の分野であるため、主に休憩時間にて持ちかけられるのだ。
「なぁフォグル。また聞いて良いか?」
「私で良ければどうぞ」
フォグルの持たされた弁当は極めて貧相であるため、昼休憩は暇を持て余すのが常だ。
なので、彼に断る理由など存在しない。
「この前さ、新キャラ引いたんだけど使い道が分かんなくって。どうしたら良いと思う?」
「わかりました。まずはキャラデータを見せていただけますか」
内容はもっぱらスマホゲームについてである。
フォグルはモバイルフォンなど持ち合わせていないので、プレイ経験はない。
それでもルールや仕様を覚えることで、たちまち名軍師のような閃きを得られるのだ。
「前々回引いた前衛キャラを外し、新キャラを入れてください」
回答に長考は必要なかった。
矢継ぎ早に改善案が投げ掛けられる。
「絆関係は中央弓兵とし、陣形はサイドキル。技能設定は全てパッシブ。そうする事で十分な活躍に期待が持てるでしょう」
「ええー、この子を下げんの? 可愛いイラストだから気に入ってるんだけどなぁ」
「利を取るか否か、という天秤になります」
「ええっと、どうしようー。迷うなぁ」
「ねぇフォグルくん! ちょっと良いかな!」
マンツーマンの相談中に横やりが入り、スマホ青年は椅子から押し退けられた。
現れたのは同期の女子大生バイトである。
「フォグルくん、明後日の授業でレポート出すんだけどさ。それを手伝ってもらっても良いかな?」
「どうぞ。承ります」
「それで、ね。参考書が重くって家に置いてきたんだぁ。だからさ、今日のアルバイトが終わったら、私の家に来てほしいんだけど……」
露骨なお持ち帰り作戦である。
小柄な体型をフル活用した上目使い。
両者とも着席しているのにその技が成立するのは、彼女が必要以上に体を縮めているからだ。
どのようなシチュエーションであっても、己が最も可愛く映る仕草を研究済みである。
まさに恋愛モンスター。
基本的に『ノー』とは言わないフォグルには打ってつけの企みに思われたが、結果は周囲の予想に反したものとなった。
「申し訳ありません。仕事が終われば即刻帰宅する事にしていますので、お断りします」
「えっ!? どうして? 私のこと、あまり好きじゃない……かな?」
「特別に好悪の感情は抱いておりません」
「抱いて……ないッ!」
小気味の良い返答は切れ味バツグンである。
まるで一刀両断されたかのように、女子大生は机に頭から崩れ落ちた。
そして休憩終了を迎えるその時まで、身動ぎひとつすることは無かった。
迎えた夕方5時。
朝当番はこれにて勤務終了となる。
フォグルは着替えを終え、いつものように裏口から店を出たのだが、すぐに呼び止められた。
「フォグルくーん!」
さらに声はもうひとつある。
「フォグル君、待って!」
店長と女子大生だ。
この組み合わせには不思議なものを感じた。
少なくとも店長は勤務中であるのだから。
「何かトラブルでしょうか?」
「えっとね、フォグルくん。この後カフェにでも行かない?」
「なぜですか?」
「えっと、その、すんごく面白い動画見つけたんだぁ」
「結構です」
「ウグッ!」
女子大生は胸の痛みを覚えたようにしながら、アスファルトの上に倒れた。
「それで店長。あなたは何かご用ですか?」
「私は、あれよ。ポップのお礼をしたくって! あと2時間待ってくれたら、ご飯とか色々とできる……」
「結構です」
「グフッ!」
「早く業務に戻ってください。皆が迷惑します」
「グハァ!」
霞二段。
しかもどちらも必殺の太刀筋である。
店長は女子大生に折り重なるようにして、その場に倒れ込んだ。
「ふぉ、フォグルくん……」
しぶとい。
だが、世の中とは常に残酷なもの。
まだ若い2人は、人生とは苦痛の方が遥かに多いことを、この瞬間まで知らなかったのである。
「フォグたぁん、遅いよぉー!」
珍しくメルが出迎えに来た。
本来であれば表に停めた軽トラの中で待っているのだが、よりにもよってこのタイミングで現れたのである。
乙女の勘、いわゆる女子力の賜物と言えよう。
「すみませんメルさん。少し立ち話をしてしまいました」
「まぁ良いけどね。じゃあ車停めてるから、早く行こうよ」
仲睦まじく去り行く背中を、どちらも地面に伏したまま見送った。
瞬く間に視界が滲む。
涙が頬を伝うと、初冬の寒さが身に凍みた。
結果的に言えば怪人と恋仲にならない方が幸せである。
しかし、彼女たちがフォグルの正体に気付く事は無いのである。
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