第15話 出向命令

総統から呼び出しを受けたフォグルは作戦会議室へと案内された。

先導したのはメルではなく、黒づくめの小男である。

頭と背中から生えた羽がコウモリに酷似している事から、怪人である事には察しをつけた。

移動中にも質問を重ねたのだが何一つ返答が無いので、何者であるか判明はしなかった。


特に建設的な会話も無いままに2人は会議室へと入室した。

しかし先導した男はここまで。

彼は辞を低くして、何も語らずに退室していった。


フォグルを出迎えたのは白衣姿の総統、そして先導した男によく似た男がすでに着席していた。



「忙しいところ済まない。かけてくれ」



促されるまま正面の位置に座る。

いつぞやの叱責と似たような座り位置となったが、フォグルには特別心当たりは無い。

総統から告げられた言葉も、やはり叱責とは程遠いものであった。



「今日来てもらったのは2つの要件からだ。ひとつは私、もうひとつは隣にいるユダンに聞きたまえ」


「閣下。私から先に話させていただいても?」


「それで構わない」


「キシシ、感謝しますぞ」



ユダンと呼ばれた男が小狡そうに笑う。

フォグルは直感的に『信におけないかもしれない』と思い、心にささやかな壁を作った。



「お初にお目にかかります、執行部のユダンと申します。以後お見知りおきを……」


「執行部?」


「拠点内の秩序を定め、取り締まりを担当しているのが執行部だ。彼はそこの長を務めている」


「我々の仕事内容について詳しくご説明したい所ですが……まぁ長話は抜きにしましょう。私は1点だけ忠告が出来れば十分ですので」



気さくそうな言葉使いとは裏腹に、ユダンの目は何かを見透かそうとするようにギロリと剥く。

単なる癖かもしれないが、相手に警戒心を植え付けるには十分すぎる動きである。

しかしフォグルはその程度で臆したりはしない。

ただ単に、返す言葉には気を付けようと思うだけである。



「忠告ですか。どのような事でしょうか」


「あなたねぇ、怪人から食事を恵んで貰ってるでしょう。それも毎食。これは宜しくない、実に宜しくない」


「そうなのですか?」


「あらぁ、ご存知ないと見える。だからあの様な真似が出来たのでしょうな。それがどれほどの損害になるか考えもせず」


「末端の者は常にひもじい想いをしています。その不公平感をなくそうと分ける様に……」


「なるほど、なるほど。ずいぶんな聖人ぶりじゃあございませんか。ですが金輪際やめていただきます。何故だか分かりますか?」



ユダンの問いに対し、フォグルは口をつぐむ。

問いに対する答えを何度も遡るのだが、一向に見つかる気配はない。

初期プログラムにも盛り込まれていなかった情報なのである。



「わかりません。皆目」


「怪人はね、体を維持するために多くの食料を必要とするのですよ。毎食がやたら豪勢なのは必要であるから、そして末端の食事が貧しいのは予算が足りないから、なのですよぉ」


「メルさんやケティさんは空腹そうに見えませんでした。何故でしょうか」


「別に餓死したりはしませんよ。その代わり、徐々に弱体化するのです。SR値がどうのという次元じゃぁございません。最終的には人間と変わらぬ程に弱ってしまうのですよ」


「それはつまり、元の体に戻るという事ですか?」


「完全に、ではありませんがね。ともかくそういう理由がありますので、食事を横取りするのはお止めなさい。怪人は組織にとって宝と言って良い。意図せぬ弱体化は許し難いものですよ」


「承知しました。以後留意します」


「納得いただけたようですな。それでは閣下。私は仕事がありますので、これにて」


「分かった。ご苦労」



ユダンは張り付いたような笑顔のままで立ち去った。

その背中を見送る事はなく、もう1つの話がフォグルに持ちかけられた。



「私からの話についてだが、単刀直入に言おう。キミには外の世界で働きに出てもらう」


「外、とは人間の街を指すのでしょうか」


「無論だ。キミは世間で揉まれる事により感情を育み、組織は財貨を得る。双方にとって好ましい案だとは思わないか?」


「僕に異論はありません。研修はどういたしますか」


「報告を聞く限り、もう十分だと判断した。明日より人間世界に降り立ち、大いに学びたまえ。仕事の苦労に泣くもよし。恋愛をしてその甘さを……」



ここで入り口付近で物音が鳴る。

総統は目の色を変えず、強い鼻息を漏らしてから声をかけた。



「メルくん。盗み聞きとは感心しないな。用があるのなら入りたまえ」



この言葉に観念したように、俯き気味のメルが静かに入室した。

その顔は恥に戸惑い、そして嫉妬やらで、容易に読み解けない複雑な色をしていた。



「フォグルの人事が気になるかね?」


「いえ、その……」


「更に言えば、キミの恋人が浮気しないかを心配しているのかね?」


「いえ! 私たちはまだ、その、同僚です!」



メルはボディランゲージ、早い話が両手も活用して伝えようとした。

目まぐるしく動かされたそれは、さながら世界ランカーのボクサーのようである。


総統は2人の顔を見比べた。

表情や態度、目の奥の真意などをじっくりと観察し、しばし考える。

『これは面白くなるかもしれない』と思い、考えをまとめた後、フォグルに命令を下した。

それは本来伝える予定だった案件に微修正が施されたものである。



「フォグル。本部の決定を伝える。キミはこれより人間の街にてアルバイトに勤しめ。メルには君の送迎と相談を任せる事にする」



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