第14話 敵はご都合主義

拠点内で一際大きな会場には怪人をはじめ、末端人員まで全てが集められた。

となれば、催されるのは上映会である。


敏腕怪人シェイキィ。

上半身にラッコの遺伝子を組み込み、モノを振る技術に特化した能力を持つ。

下半身はやはり予算が足りず、病人のように貧相であるのだが、作戦遂行には何ら影響が無い。

移動の為にキックボードを持たせるという万全の態勢を敷いているからだ。


ーーシェキーッキッキ! この世の炭酸飲料を全部振ってやるキィ!


シェイキィは駅の売店にコンビニ、そしてスーパーや大型量販店に出没し、打ち合わせ通りの悪事を働いた。

棚から品物をゴッソリ掴みとり、一頻り振ったら戻す。

売り場だけでなくバックヤードにすら侵入し、在庫の段ボールもまとめて振る。

その動きはラッコが貝を割るが如く、素早く、そして的確であった。


その一方で、がら空きのレジや売上金を目にしてもすべて無視。

怪人は使命しか見ないものだ。

その生真面目さから、発覚した頃には都心のあらゆる場で全飲料水が被害に遭うのだった。

これは一見して子供のイタズラにしか見えないが、意外にも世間はダメージを受けた。


例えばこんなシーン。

落ちこぼれ扱いのサッカー部員が、日暮れの公園で項垂れていた。

彼はあらゆる局面で足を引っ張るため、年中批判を受ける立場にある。

今日も今日とて、彼がクリアーミスをしたために失点し、練習試合に負けてしまった。


ーーもう、辞めちゃおっかな。


錆び付いたブランコが肯定するよう音をたてる。

そして気持ちが固まりかけたころ、彼に声をかける者が現れた。


ーーこんな所にいたのか。


ーー先輩……。


ーーあんま気にすんなって。ホラ、これを飲めよ。


ーー良いんですか? 貰っちゃっても。


ーーおうよ。オレからの気持ちだ。浴びるほど飲んじまいな!



カシュッ、ブシャァア。

となるのだ。

フォローの一手が追撃の悪意に様変わりするという、恐ろしい結果を迎えてしまった。

これを受けて後輩君は、滑らかな動きで退部届けを出すに至る。


他にもこんなシーンがある。

恐妻家の男は仕事帰りの体を休める間も無く、コンビニにお使いを命じられた。

備蓄のビールを切らしてしまったからである。

最短ルートで急ぎつつも、袋は決して揺らさぬよう気を付ける。

そのようにして慎重かつ迅速に輸送し、帰宅した。


ーーおっせぇんだよボケ! 5秒で買ってこいよハゲ!


ーーすみません、すみません!


頭を踏みつけられつつも袋を恭しく差し出す。

これで怒りも沈めてもらえると、男は微かに安堵したのだが……。

カシュッ、ブシャァア!

以降、警察沙汰に発展するほどの夫婦喧嘩が勃発してしまう。


怪人シェイキィの狙いはここである。

日本各地で意図せぬ『ビールかけ』的なトラブルを引き起こし、あらゆる信頼関係に傷をつけ、ゆくゆくは社会全体を揺るがそうというのである。

手緩いと思われた作戦も、意外とえげつない効果をみせ始める。

実際にいくつものカップルが破局し、友人とは絶縁、夫婦も離縁するという事態が散見されたのだから。



「おお! 良いぞ、じゃんじゃんやっちまえ!」


「アッハッハ! ヒーローどもも追い付けてない! さすがはキックボードだ!」



久方ぶりの大戦果を前にして、見守る視聴者は沸いた。

『もっとやれ、そうだやれ』と、会場では早くも祝い酒の様相となる。


フォグルは既視感に襲われ、やがて来るであろう未来を予見した。

『この怪人もきっと失敗する』と。



ーーそこまでだ怪人!



その声とともにスクリーンに大きく映し出されたのはデリンジャーⅢだ。

今回の出番は珍しく遅い。

事件発生から既に25分ほど過ぎており、番組時間終了は目前に迫っている。

故に、戦いは早巻きで流すことを要求され、早々に必殺技が放たれる。


ーー食らえ、ギルティバレット!


3色の炎がシェイキィに迫る。

弱点むき出しの下半身に直撃すれば致命傷となるだろう。

だが、今回は打ち返すだけの手段がある。


ーーシェキーッキッキ! 炭酸スプラーッシュッ!


良く冷えた瓶より蓋が射出され、それが真正面からギルティバレットに衝突した。

押し合いは互角。

さらには瓶から吹き出した内容物が弾丸の炎を陰らせ、やがては消し去ってしまう。

奥義を打ち破った瞬間である。

デリンジャーは単発式であるため、ヒーローたちは次弾を射つことがてきないのだ。

この結果には、会場は大騒ぎとなる。



「やった! とうとう勝ったぞ!」


「すげぇぞシェイキィ! お前こそが最強だ!」



ついに因縁の相手を倒すことができる。

そう確信した怪人たちは、感涙の涙をとめどなく流して喜んだ。

……しかし、現実とは常に非情なのである。


ーーカメラの前のみんな! オレたちに力を分けてくれ!


レッドがカメラ目線でそう宣言した。

もちろん、ここでいう『みんな』とは、一般人の子供たちを指す。


ーーありがとう、みんなの想いは確かに受け取ったぞ!


ヒーローたちの体がイメージカラーの炎に包まれるが、力の受け渡しがあったにしては反応があまりにも早すぎた。

そう、これはヒーローにとって想定内の出来事なのだ。

万が一奥義が破れた場合に、さらに奥の手を用意していたのである。


ーー食らえ! ウルトラスーパー・ギルティバレット!


ーーシェキ!?


今度は金色の弾丸が射出され、シェイキィに迫る。

先程と同じように瓶の蓋で応戦する。

だが、先程の接戦など嘘のようにして、アッサリと打ち破られてしまい、強化された胸すら穿たれた。

そしてシェイキィは金色の炎をあげ、爆発四散してしまう。



ーー総統閣下ァァ!!


「シェイキィーーッ!」



急転直下。

会場はいつかのように嘆きと憤激に染まる。

誰もがシェイキィの死を悼み、そして口々に『インチキだ!』と叫び続けた。


それを眺めつつフォグルも同意する。

『結局、言ったもの勝ちなのでは?』と。

幾度となく知恵を絞るのだが、ご都合主義的な展開に活路を見いだす事は出来なかった。


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