第12話 怪人の正体

「いらっしゃいませぇ。ご注文をどうぞー?」


「カフェラテのホットを2つ、いずれもレギュラーサイズでお願いします」


「お砂糖も2つでよろしいですかー?」


「はい。問題ありません」


「620円でーす」



休日、大宮のとあるコーヒーショップにて。

これで何度目かの実地訓練となるのだが、フォグルの立ち振舞いは自然なものとなっていた。

場面ごとで適切な言動を選択し、澱みなく実行することも難しくはない。


初回に訪れたときなど、このカウンターで『ノリ桜のネギ抜き、ニンニク増しの脂少なめ』という場違いな呪文を唱えてしまったのだが、それも今となっては淡い記憶である。

金銭授受も完璧だ。

何せ1120円差し出すという高等テクニックまで披露できたのだから。

まぁ、店側が500円玉を切らしてしまっていたので意図通りの結果にならなかったが、この成長ぶりは褒め称えるべきであろう。


カウンターに小さなトレイが用意され、身を寄せ合うようにカフェラテが並ぶ。

ここでもフォグルは慣れを見せつつテーブルへと戻った。



「メルさん。お待たせしました」


「ううん。全然だよぉ! ありがとうねぇー」



座席取りをしていたメルは、普段の1オクターブ上の声色で答えた。

イントネーションやら間の取り方は極めて特徴的だ。

『誰かに似ている』とフォグルは気づき、少し記憶を遡るなり、ある人物に行き着いた。


ケティである。

よりにもよって、メルは最も嫌悪する女と酷似する動きを見せたのだ。

わざわざ口に出すメリットもないので、気づきについて触れることなく、頼まれた通りにカフェラテとスティックシュガー2本を差し出した。

メルはすかさず封を切ると、まとめて自分のコップに砂糖を投入し、かき混ぜた。

甘党の飲み方である。



「はぁーー美味しい! やっぱりこの味よねぇ」


「そうですか」



フォグルには砂糖入りの良さが分からない。

ミルクのコクと風味が台無しになるだろうに、と思うばかりだ。



「それにしてもさぁ、この前の社内会議。フォグたんはまだ慣れてないみたいだねぇ」


「社内……。あぁ、一昨日の事ですか」


「そうそう。ちゃんとウチのやり方って言うか、好みを理解しないとね」


「いまだに勝手が分かりません」



ここでの社内会議とは、怪人たちによる作戦会議を指す。

その時のフォグルは『証券取引所を制圧し、世界恐慌を引き起こしましょう』と提案したのだが、やはり猛反発にあって却下された。

『お前はマジの人かよ』という罵倒付きである。

結局その日は『小売店に陳列されている炭酸水を全部振る』という、いかにもそれらしい案が採用されたのだ。


確かに悪事には違いないが、あまりにも小者すぎる動きだと言える。

その精神性にはフォグルも疑問を抱いているのだった。

メルは隣が空席になっている事を脇目で捉えつつ、声を落として話を切り出した。



「フォグル。私たちはな、元は普通の人間だったのだ。街行く一般人と何ら変わらん」


「そうなのですか?」


「私はもちろんケティも、先日破れたポッチリもそうだ。自ら志願し、改造手術を受けることで今の地位と力を得たのだ」


「なぜそのような事を?」


「わからん、か? それもそうか」


「はい」



メルはコップを静かにテーブルへと置くと、そのまま通りの方へと顔を向けた。

往来は通行人が片時も途切れない。

集団で笑い話をしながら歩く女性、イヤホンを着けながらスケボーを楽しむ青年、電話片手に走る男性が腰の曲がった老婆を追い越したり。

ほんの一瞬目を向けただけでも、これだけの人が通り過ぎていく。

当然ながらその数だけ人生がある。


メルは眩しさを感じたように、少しだけ目を細めた。

それが遠い記憶に想いを馳せたのか、それとも怪物と成り果てた者が持つ嫉妬なのか、彼女自身にも曖昧な感情であった。



「私たちはな、全員が爪弾き者だ。世の中に馴染もうとしても上手く行かず、居場所を無くした者たちなんだ」


「居場所……ですか」


「ときどき思うのだ。組織の連中は本気で世界征服など企んでいないのでは、と。ただ寂しい者が、互いを慰めるように寄り添い合いたいだけなのでは、とな」


「では、何のために戦っているのです?」


「さぁてな。自分達が生きていることを、世界の一員であることを知ってもらいたいだけかもしれない。だから、目標が達成されると困る。今の状態が続くことを望んでいる様にしか見えんしな」


「わかりません。皆目」


「まぁ、貴様にはわかるまい。何せ実験器具から産まれたヤツ……ッ!」



流石に失言だと感じ、メルは慌てて口をつぐんだ。


ーー怒らせてしまっただろうか?


そう思って顔色を窺うも、相変わらずの無表情である。

こんなやりとりでも心動かさない事を嬉しく思う反面、腹立たしくも感じた。



「ともかくだ。家族だったり、職場だったりの違いはあるが、あそこには上手に生きられなかった連中が集まっている。かくいう私も、新しい家族と……」


「はい」


「いや、うむ。何でもない」


「先程の続き、教えてはもらえませんか?」



フォグルが関心を示すことなど珍しい。

それでもメルは、多少心を揺るがすも、ついに応じることは無かった。

回答の代わりに口から出たのは、最も彼女らしからぬ言葉である。



「さぁ、もう良いでしょ。そろそろ行こっか! 今日はカラオケに行きたいなぁ」



空元気にも似た様子で席を立つ。

話は終わり、と言わんばかりだ。

フォグルは2人のコップを片付けるなり、すぐに後を追った。


ーーなぜだろう。もっと知りたいと感じるのは。


胸に微かなモヤが居座る。

かつて抱いたことの無い感覚に、彼は戸惑うばかりであった。

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