第11話 母への手紙
お母様
近頃はだいぶ涼しくなりましたが、いかがお過ごしでしょうか。
今ごろは故郷も、紅葉の色づきが美しいことかと存じます。
さて、私の方はと言えば、相も変わらず仕事に打ち込む日々です。
清貧を是として直向きに研鑽できる環境は、不才の自分にとって有り難く感じます。
今はまだ末端の立場ですが、いつかはここで責任ある立場となるために、その努力は惜しみません。
お母様のお気遣いは嬉しく思いますが、どうか私の我が儘をお許しください。
そう言えば、最近新しい人が雇われました。
感情を表に出すことの無い、冷静沈着なる青年です。
彼は素晴らしい逸材だと確信しています。
常に心を乱すことなく、そして上も下も変わらずに分け隔てなく接するのです。
立身出世そのものに興味も無いのか、媚びへつらう事を一向に為さらない。
なんと清廉な人物でしょうか。
そして同時に人情家でもあります。
接点の薄い私の事を『飯田さん』と親しみを込めて呼び、更には誕生日を祝ってくださったのです。
懐の深さには驚きを禁じ得ません。
もしかすると、あのようなお方こそ上に立つべき御仁なのかもしれません。
そして、前回のお手紙で触れられた件についてですが、残念ながらお断りさせていただきたく存じます。
家督は既に譲ったのです。
50万人もの従業員を抱える『神宮司Inc.』の舵取りなど、不才なる私には叶いません。
弟の方がよほど向いています。
無責任だとお怒りになるでしょうか。
ですが、私事をこなすがせいぜいの自分に、そこまでの大役を果たすことは難しくあります。
自身と向き合って出した結論であることを、ご理解いただけたら幸いです。
つい長くなってしまいました。
筆無精ゆえに話題が多く、長文となってしまった事をお許しください。
日に日に寒さが増していく時節、どうかご自愛ください。
かしこ
神宮司タヅナ
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