第9話 ローカル・ウェディング

「それで、キミたちは何故無断で外泊をしたのかね?」



作戦会議室にて、フォグルとメルは叱責中である。

総統直々のお叱りとあって、メルは今にも土下座しかねない気配だ。



「ま、誠に申し訳ございません! 私がついて居ながらこのような体たらくを!」


「私が欲しいのは謝罪じゃない。原因は何かと聞いているのだがね」


「ハハッ! フォグルの実地訓練は上々でありましたが、突如としてヒーローに邪魔されてしまいまして!」


「……ふむ。続けて」


「どうにかやり過ごしましたが、迂闊に動く事叶わずに待機。安全の確認が取れた頃には帰還する術を失ってございます!」



早い話が、イチャイチャしてたら終電を逃したのである。

まるで交際をひた隠す大学生のお嬢さんのような言い分に、総統もあまり良い顔をしなかった。



「フォグル。昨晩の彼女はどうだった?」


「漫画喫茶という施設に泊まったのですが、『久々の外泊ヒャッホウ!』と、何か吹っ切れた様子でした」


「お、おまえ! それをバラすな!」


「そして恋愛系の蔵書をまとめて手に取り、注文したカレーと唐揚げセットを平らげながら、ワンシリーズ8冊を読了しました」


「まったく……見当通りだな」



当時の状況を把握した総統は、コンコンと道理を説いた。

帰還の遅さに皆が心配していた事。

そしてコックが用意した食事が無駄になってしまった事。

もしも夜中に戻った時の為に、見張り当番に余計な手間を増やしてしまった事。

それらを丁寧に、一言一句落とし込むようにして説いたのだ。


ひとしきり話が終わると退室を許された。

方や、この世の終わりを迎えたような顔。

方や、普段と変わらぬ顔。

不釣り合いな2人が肩を並べて通路を歩いていく。

歩みはさながら、ゾンビにでもなったかのように鈍い。



「まったく、バカ正直に話すヤツがあるか……」


「問いには正確に答えるべきです」


「クッ! もう漫画喫茶には連れていってやらんからな!」


「そうですか。昨晩は『次に来たときも腕枕して欲しいな』と言ってましたが、あの約束も反故に……」


「ここでその話をするんじゃないッ!」



一方的な痴話喧嘩が始まる。

普段はあまり人が通らないため、メルも気が緩んだのだ。

だが、この時は間が悪く、向かいからやってきた人物に目撃されてしまう。

彼女が最も会いたくない、その人に。



「あれ、あれあれぇ? メルちゃんじゃなぃ」


「うげっ! 貴様はケティ!」



跳ねるようなイントネーションで話しかけてきたのは、子猫女のケティである。



「ウゲッだなんて、酷いなぁ。もっと仲良くしてくれても良いじゃない?」


「よくもまぁヌケヌケと……。そんな事よりも特殊任務はどうした!」


「任務? もっちろん大成功だよぉ。みんなアタシの事カワイイカワイイって夢中だったもんね」



ケティに与えられた任務とは『婚活パーティをジャックせよ』というものであった。

端的に言えば、参加者に紛れ込んで男性陣を虜にする、というものだ。

狙いはイベントのブチ壊しである。

本人の口から報告されたように、全員から猫可愛がりされる事で、任務を危なげなく完遂したのだった。



「ところでぇ、お隣のイケメンさんはどなた?」


「……コイツは候補生のフォグルだ」


「あーーっ! あなたが噂のフォグルちゃん! 思ってたよりずっとずぅっと格好良いんだねぇ!」



ケティは歓喜の声をあげると、素早くフォグルに飛び付いた。

精練された動きにより、彼女は標的の胸元にピタリと寄り添う。

頭を相手の肩にもたれかけ、全身も存分に密着させていく。

そしてポワッポワの肉球を巧みに操り、扇情。

それは控えめに言えば、誘惑である。



「ねぇメルちゃん。この子ちょうだい?」


「ダメに決まっているだろ! コイツは私の正式な部下なのだぞ!」


「これから総統の所にいくもん。そこでお願いするもん」


「そんな勝手が通るわけ……」



ここでメルの顔が青くなる。

それもそのはず、彼女は失態を犯したばかりだ。

そこへ戦果を引っ提げた者が、指導の代役を求めたらどうなるか。

彼女にとって望まない結果が待っている事だろう。


一方でケティは締めの段階に入った。

ご自慢の大ぶりな乳房をゆっくりと、そして確かな手応えを感じながら押し付けていく。

大抵の男は、過去にメルと恋仲になりかけた男たちは、全てがここで陥落したのだ。


ーー男なんて本当チョロいよね。


心の内で新たな白星を積み重ねられた。

後に残すは、決定的な言葉を引き出すのみだ。



「フォグルちゃんもさぁ、アタシの方が良いでしょう? メルちゃんなんかよりも、ね?」


「いえ。僕は引き続きメルさんを希望します」


「なぁッ!?」


「ええっ!?」


「どど、どうしてよぉ? もしかして脅されてるの? 力づくで支配されてるの? それならアタシが守ってあげる……」


「いえ。彼女は優秀な指導者であり、上官です。他に適任者が居るとは思えません」


「フォグル……!」



予想だにしない返答に、ケティは2歩、3歩と後ずさりした。

白星が黒く塗り替えられた瞬間である。

そして「覚えてろよぉー!」と悪党の端くれに相応しい言葉を残し、その場を立ち去った。


この結果に涙したのはメルである。

飛び上がるほど嬉しい言葉を、これ以上ないタイミングで良い放ってくれたのだから、感激しない方が難しい。

ケティに代わり、今度は彼女が抱きつく事となる。



「フォグル! 本当に、本当にお前ってヤツは!」


「時間を無駄にしました。早く修練場へ向かいましょう」


「必ず。必ずやお前を幸せにしてやるからな!」


「いえ、強くしてください」



ささやかな反論などメルの耳には届かない。

彼女は透明なウェディングドレスを身に纏っているのだから。

ちらつく白色灯が、2人の未来を程よい明るさで照らし続けた。


ちなみにケティは往生際の悪いことに、報告がてらフォグルの身請けを申し出た。

結果はその場で即却下。

総統の目から見ても、フォグルとメルの組み合わせは興味深く写っているのである。


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