第7話 街へ行ってみないか

昼食を終え、腹も膨れた午後。

いや、相変わらず最底辺の食事を賄われるフォグルにとって満腹感とは縁とおいのだが、ともかく午後の話である。

ひと気の無い修練場にて組手に励む2人が居る。

仕掛けるのは蛇女。

対する受け手はフォグルであり、お馴染み「霧化」の能力を発揮してあらゆる攻撃をかわした。



「相変わらず、やりにくい相手だ……!」



蛇女の鋭い爪は空を切るばかりだ。

首にみぞおち、横腹に眉間など、あらゆる急所を攻めるも無駄である。

まるで朝靄と戯れるようにしか成らない。


フォグルは着実に間合いを詰めて行く。

彼に得意武器など無く丸腰であるので、攻撃手段は拳打しかない。

右手に渾身の力を集め、相手の顔を目掛けて真っ直ぐと突く。



「……参りました」



結果、降参したのはフォグルの方であった。

彼の首元で鋭利な爪先が鈍く輝いている。



「貴様の能力は万能の様でいて、致命的な欠点を抱えているな。攻撃に移ると霧化が出来なくなる」



蛇女の指摘は的を射ている。

フォグルは意識的に霧化しているのであり、自動に能力が発動している訳ではない。

今明かされた様に攻撃などの別動作へ移ると、件(くだん)の防御法を維持できなくなる。

事実、先ほども蛇女がその気になればフォグルを殺める事さえ可能だった。


更に言えば不意打ちにも弱い。

突然に物陰から狙撃でもされようものなら、いとも容易く撃ち抜かれてしまう。

つまりは未熟なのである。

攻撃力は皆無、防御法にも穴があるとくれば、廃棄扱いにされるのも無理からぬ事かもしれない。



「どうにも育てにくい男だ。武器も必殺技もない。あるのはちょっと便利な能力のみ。これをどう伸ばせというのか」


「すみません。ご迷惑をおかけします」


「あ、いや、見所はあるぞ! あるには、あるのだが……どうしよう」



珍しく殊勝な態度を見て蛇女は口ごもってしまう。

貧相な背中が一層小さく見え、思わず後ろから抱きしめたくなる程に、彼女の胸は激しく締め付けられる。


強くなる見込みの無い男。

その人物を救ってやるにはどうすべきなのか。

苦しむ彼にどんな手を差し伸べればーー。


思考は果てし無く迷走し、自身の願望や取り繕いを巻き込んで猛然と暴走してしまう。



「私の情夫になれば良い。怪人の伴侶とあれば、以降は同待遇で過ごす事が出来るぞ」


「僕は強くなる為の相談をしています。なぜそのような結論に至ったのですか?」


「あれ本当だ、どうしてこうなった! いまのは……綺麗サッパリ忘れろ!」


「第一答が情夫とは、あなたは一体どのような意図を持ってして……」


「蒸し返すな! 忘れろと言ったろう!」



ヤケクソ気味な爪撃をフォグルは霧化で対処した。

精彩を欠いた蛇女の動きでさえ、彼にとっては守りに徹するのがやっとである。


ーー強くなりたい。


無感動な心に僅かばかりの向上心が宿った。

これまでにどのような扱いを受けても動じなかった男が、である。


その変化を見越したかのようなタイミングで、修練場に一人の男が現れた。

いち早く気付いた蛇女は瞬間的に跪き、フォグルも急ぎそれに倣う。



「総統閣下、むさ苦しい場に如何なる御用でしょうか」


「すまない。彼の経過を知りたくて顔を出したのだ。邪魔をしてしまっただろうか」


「いえ、邪魔などと……」


「フォグル。こちらへ来たまえ」


「わかりました」



総統はフォグルを側に呼び寄せると、彼の顔を見た。

着目したのは瞳であり、目まぐるしく角度を変えて観察を繰り返した。

そして、フォグルの肩を優しく叩いく。

もちろん霧化されるなどという事にはならない。



「少し、心が宿ったようだな。その調子だ」


「その調子……ですか」


「フォグル。君は特別性だ。霧と人の中間という、不確かで不安定な存在だ。地球上初となるタイプの生命体だと言っても良い」


「それは承知しています」


「君の強さは筋力に依存するものでは無いのだよ。ゆえにトレーニングに大きな意味などない」


「では、僕はどのようにして強くなれば良いのでしょうか?」


「感情、いや意思の強さが君のSR値に影響を与える。なんでも良い。憤怒、情愛、怨恨に蔑視。何か強い感情があれば、たちまちに強くなるだろう」


「強い感情……ですか」



フォグルはそこで蛇女を見てしまった。

何の気無しという所作なのだが、相手はそう捉えてはくれない。

「情愛」というフレーズに反応した彼女は、心を桃色一色に染め上げてしまった。

そこへすかさず、想い人から視線が飛んできたのである。

今宵、彼女が寝付くのは遅い時間となりそうだ。



「フォグル。外の世界に出たまえ。そこで実際に物事に触れ、世の中を知れば確固たる意思が宿るようになる。さすれば大いに成長する事だろう」


「外の世界……ですか」


「閣下、畏れながら申し上げます。この者は極めて未熟。当面はこの私めが同行し、任務を滞りなく遂行出来るよう導きたく思います!」


「ふむ、確かに一理ある。キミも忙しいだろうが、頼めるか?」


「この身に代えましても!」


「ではメル、後は任せた。明日にでも始めるといい。必要な資金や衣服などは夜までに届けさせよう」


「必ずやご期待に沿えてみせます!」



気合十分の声に満足したのか、総統は優しげな笑みを残して立ち去った。

この結果に蛇女は上気し、遠足前夜の子供のようになる。



「フォグル。清楚なのと妖艶なの、どっちが良い?」


「それは何の話ですか?」


「私の格好についてだ。明日からしばらく、その、共に街を出歩くのだぞ。要望くらい聞いておくべきだろうが」


「目立たなければ、何でも良いのでは? 街に溶け込む必要があるので……」


「クッ! 貴様に聞いた私が愚かであったわ!」



肩を怒らせて蛇女が立ち去った。

その背中を見送りつつ、フォグルは改めて痛感した。

『あの人の考える事が未だに分からない。未熟者と言われても当然だろう』と。

余談だが、蛇女のコーディネートは中々定まらず、夜更けとなっても終わらなかった。



「うぅん。これも違うな。この色味で、もっとタイトなものを持ってこい」


「イーー」



一人ファッションショーが繰り広げられること3時間。

輸送担当である戦闘員も、蛇女の気が済むまでみっちりと付き合わされることとなるのである。

こうして彼女は長い夜を過ごした。

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