第5話 決戦観戦

週に1度だけ、午後の勤労タイムが中断される日がある。

と言っても自由時間などではない。

幹部怪人から末端戦闘員に至るまでが、とある大部屋へと集められるのだ。

巨大なモニターと向き合うようにして大量の椅子が並ぶ。

最前列はもちろん怪人衆であり、以降は年功序列で戦闘員が席に着く。


フォグルは先輩とともに最後列に座ろうとしたのだが、前方より待ったの声がかかる。



「何をしている! 貴様はこっちだ!」



上官の蛇女が荒く手招きする。

呼びつけられたとあっては断る訳にもいかず、フォグルは最前列の端に座ることとなった。

ろくに説明の無いままに連れて来られた彼は、当然の疑問を口にする。



「これから何が始まるのです?」


「モニターを見ていれば分かる」



そう冷たく言い放ちつつも、片手でサキイカの袋を突き出した。

フォグルは感謝の意を述べつつ一本だけ抜き取った。


……飲食可なのか。どうやら会議の類いでは無いらしい。


にわかに酒臭くなる様子を見て、いよいよフォグルは理解不能となる。

手ぶらの者もイーイーと歓談を始める始末。

もはや考えるだけ無駄だと悟り、無心でサキイカを噛み締めた。



「おっ、そろそろ始まるぞ」


「てめぇら静かにしやがれ!」



荒い叱責が飛ぶと、誰もが口をつぐんでモニターに向き直った。

フォグルも倣って正面を注視する。

しばらく待つと勇壮な音楽とともに、画面一杯に『単発戦隊 デリンジャーⅢ』と表示された。

その瞬間に室内は歓声に揺れた。


画面は切り替わり、映し出されるは駅のホーム。

不審な男の他に人影は無い。

彼は『怪人 ポッチリ』である。

身内の晴れ舞台とあって、モニターにはあらんばかりの声援が投げ掛けられた。



ーーウキョッキョッキョ! 今日もボタンをポッチリ押してやるでポッチ!



怪人は粘性のある声を発しながら、指先で『非常停止ボタン』に触れた。

そして何の躊躇(ちゅうちょ)もなく押される。

その瞬間にホーム内は警報や警告灯により騒然となり、利用客たちが右往左往に慌てだす。

控えていた駅員たちがホームに飛び出すと、異変の元凶が知らしめられる事となった。



ーー怪人だ、怪人が出たぞ!


ーーみんなで捕まえろ!



駅員たちは勇気を示して突撃する。

だが、相手も怪人である。

ポッチリの二本足には、競走馬のモノがそのままに移植されているのだ。

予算の都合上、上半身は『怠惰な中年男』そのものであるが、脚力は凄まじい。

鈍足な人間程度には捕まえる事など不可能なのである。


それからもポッチリの悪行は続く。

主要各線の非常停止ボタンは余すこと無く押し尽くされ、あらゆる電車がストップした。

よりによって朝のラッシュ時に。

車内に取り残された乗客たちからは多数の『具合の悪いお客様』が生み出された。



「いいぞ! その調子だァ!」


「やっちまえやっちまえ! 人間どもを皆殺しにしてやれ!」



モニター越しに仲間の怪人たちが熱い声援を送る。

これまでに飲まされ続けた煮え湯が、彼らを熱狂に走らせるのだ。

それにしても『皆殺し』とはどういう事か。

この騒ぎで死人が出ようはずもないのだが。



ーーウキョキョ! 次はローカル線のボタンも押してやるポッチ!



凶悪なる魔の手が次の獲物を求めてさ迷いだした、その時だ。

我が物顔でウロつくポッチリの行く手を遮る者が現れた。



ーーそこまでだ、怪人め!


ーーウキョ!? 貴様らは……ッ!



凶行を制しようと立ちふさがったのは3人。

みながデザインに統一感のある装いで、唯一の差は色違いであることくらいだ。



ーー悪を許さぬ熱き炎、レッド!


ーー悪事を見透かす冷静な、ブルー!


ーー悪に傷ついた世界を癒す、ピンク!


ーー3人揃って、単発戦隊! デリンジャースリーッ!



向かって左にブルー。

彼は両ひじを抱えるようにして立ち、体の向きを正面からやや外した。

顔も若干上に向けており、まるでシャワーでも浴びているかのようだ。

右手はピンク。

彼女は両手を左右対称に柔らかく掲げる。

さながら蝶の羽ばたきを模しているように。

そして正面に立つ男はレッド。

開いた両手を天に向かってまっすぐ伸ばしている。

熱く燃え盛る炎を彷彿とさせるポーズだ。


お決まりのポーズが披露されると、モニター前の聴衆は一斉にブーイングで応じた。

現場にそれらの声が届くことはないのだが、罵声のひとつも放たねば、心の平衡を保てないのである。



ーー観念しろ、怪人め!


ーーウキョ! 観念するのは貴様らの方だポチよ!



徒手空拳でレッドが挑みかかる。

2度3度と繰り出される拳は怪人の鋭い足技によって防がれた。

更にはがら空きとなった背中を蹴りつけられ、レッドはその場に転がされてしまう。



ーーグァッ!


ーーレッド!



ブルーとピンクが助けに向かうが、ポッチリの方が一手早く動いた。

無防備に駆け寄ろうとした2人の前で、攻撃体勢に入ったのである。



ーーウキョキョ! 遅すぎるポッチ!


ーーやめて! 顔だけはやめて!



ブルーは反射的に両手で顔を覆い尽くした。

それにより無防備となった腹に痛烈な蹴りが入る。

流れでピンクも巻き添えにしつつ、勢いよく吹き飛ばされた。

3人揃ってひとところに転がされてしまう。



ーーウキョーッキョッキョ! 貴様らの命運もこれまでだぁポッチ!



圧倒的な戦闘力を示し、ポッチリは早くも勝利を宣言した。

これには遠くで見守る怪人たちも大歓声をあげた。

中には気の早い祝杯をあげるものさえ出る始末だ。



ーークソッ。みんな、勇気の心を揃えるぞ!


ーーうん!


ーーわかったわ!



3人が慣れた手つきで天に向かって手を伸ばす。

するとどうだろう。

それぞれの手のひらに小型の拳銃が備わったではないか。

弾層無し、単発式のデリンジャーである。

おあつらえ向きに、キャラクタカラーに寄り添うようにして3色。

その銃口は的確に怪人へと向けられた。



ーー食らえ! 正義の弾丸、ギルティバレット!



3発の弾丸がそれぞれ赤蒼桃色の炎を帯びつつ怪人へと迫る。

毎度繰り出されてきた必殺技である。



ーーウキョキョ! 無駄だポッチ! オレ様の足は防御も優秀なんだポッチ!


ーーオレたちの狙いは、足なんかじゃない!


ーーウキョ!?



放たれた弾丸の軌道は高い。

そのまま進路を変えること無く、ポッチリの上半身に集中した。


この怪人の上半分はポヨポヨしたおじさんそのものである。

もちろん銃撃に耐える事など不可能だ。

いとも簡単に貫かれ、それが致命傷となった。

有り体に言えば『予算の穴』を突かれたのである。



ーーウキョキョオ!



断末魔の叫びをあげ、ポッチリは爆発四散した。

そして幹線道路のアスファルトを黒く焦がし、2度と浮き世に現れる事はなかった。



ーーオレたちがいる限り、地球の平和を乱れさせない!



登場時と変わらぬポーズ。

そのシーンを最後に、モニターの電源は切られた。

室内の戦勝ムードは一転、お通夜のごとく静まり返ってしまっている。



「ふざ、ふざっけんなぁ!」


「勝てたろ! 絶対に勝てた戦だったろうがぁ!」


「ポッチリを返せよ、外道野郎ーーッ!」



辺りが怒声と涙で染まる。

そして食料庫から巨大な酒樽が運び込まれ、酒盛りが始まった。

この時ばかりは末端にも十分な酒が振る舞われ、宴は夜半過ぎまで続いたのである。

フォグルはその様子をいつものように眺め、それからポツリと漏らす。


『その酒代を軍事費に回せば良かったのでは』と。

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