第3話 沸き上がる疑問
戦闘員117号。
彼はフォグルにとって暫定的な教育係であり、気さくで人情味のある先輩だ。
相談事は親身になって最後まで聞き、辛抱強く成長を待ち、そして褒めてくれる。
まさに理想の同僚と言っていい。
口頭による対話が不可能である事だけを除けば……であるが。
そんな彼とのコミュニケーションについて、知り合った当初は難航したものだが、時を経るにつれ慣れというものが生じだした。
「僕に戦闘服の支給はあるのですか? 未だに届いていませんが」
「イーー!」
「無いようですね。では、ひとまずは部屋に置いてあったジャージを借りることにします」
言葉の壁などもはや無粋。
フォグルは疑問を明確にし、『ハイ・イイエ』形式に持ち込むことで、数々の不明点を消化していった。
そして今現在もヨレヨレの赤ジャージを着る権利を得る事に成功したのだ。
胸に『2ー1 神宮司』と大きく描かれた名札が何とも味わい深い。
そのようにして過ごすこと数日。
フォグルは難しい環境にありながらも、拠点内のルールを概ね把握するまでに至った。
食事は定刻に一日三回。
ただし初日にあったように、戦闘員は散々な食事にしかありつけない。
朝食を食べ終われば訓練だ。
課せられるメニューはSR値で分けられており、大筋として怪人は個人技の向上、戦闘員は集団戦の訓練や体力作りを命じられる。
昼食、それが終われば勤労だ。
組織の資金繰りが劣悪であるため、戦闘員は総出で手工業に従事する。
最近はニャンコの陶器が売れ筋だ。
よって、製作物はもっぱら猫の置物となる。
その間に怪人たちは何をするというのか。
時々外の世界で強盗や略奪を働くこともあるが、ヒーローとの衝突を避けたいが為、滅多に働く事はない。
その手隙時間を利用してトレーニングに勤しむ者も居るが、あくまでも自主的なものである。
酒瓶を抱いて寝入る者さえ居るというのが現状だ。
夕食を手早く済ませたなら風呂である。
もちろん下層の人間など後回しで、上位の怪人から順に入る。
フォグルたちが浴びる頃には、湯船は毛や脂で汚れきっており、更にはぬるくなっているのが常だ。
末端戦闘員はやたら人数が多いため、一人当たりに許された時間は3分。
だから足を伸ばしてゆったり……などと言う浸かり方はご法度である。
狭い洗い場で身を寄せ合いつつ汚れを落とすのだ。
手早く石鹸で泡立て、乱雑に塗りたくったなら頭から湯を被る。
そうやって概ねの泡を流し終えた瞬間に急ぎ退室する。
これが彼らに許された唯一の入浴作法なのである。
これにて1日がようやく終わるかと言えば、そうとは限らない。
夜は夜で警備の任務がある。
こればかりは日替わりの仕事なので、頻繁に回ってくることはない。
その代わり、役目を任された夜は3時間程度しか眠る事は叶わない。
一方で怪人たちはというと、当然のように高いびき、バッチリ9時間の睡眠を確約されている。
これが拠点におけるルール、そして最下層民の位置付けなのである。
フォグルは納得がいかない。
諸々のルールがどうにも非合理的だと感じたからだ。
そういった疑問は全て、頼れる先輩に投げかけられるのが常である。
「117号さん。なぜ怪人格だけ優遇されているのですか?」
「イーッ イーッ」
「あぁ、すみません。質問の仕方が悪かったですね。それでは聞き方を変えますが……」
「コラそこ! 無駄話をするんじゃない!」
フォグルの言葉は教官である『蛇女』の怒声に遮られた。
今は訓練の真っ只中。
練兵場で延々と走り込みを命じられている最中なのである。
霧怪人のフォグルは比較的質量が軽く、どれ程走ったところで息を切らす事はない。
だが彼の頼るべき同僚たちは別だ。
呼吸に難のある装いで走らされている為に、誰もが酸欠の一歩手前にまで追い詰められている。
フォグルはその様子を冷静に眺めつつ、再び疑問を抱いた。
「非合理だ。なぜこうも非合理的なのか」
その問いに答えるものは誰も居ない。
代わりに蛇女の『サボるな!』という怒声が返ってくるばかりであった。
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