第2話 最下層の待遇

「着いてこい」という総統の後を、フォグルは躊躇う事無く追いかけた。

彼にしてみれば研究室はおろか、ガラス管の外に出ることなど初めての経験である。

しかし、未知なる外の世界を恐ろしく思う事は無く、潔く命令に従った。


殺風景な一面灰色の通路を、埃まみれの白色電灯を道しるべに進む。

響く足音は2人分。

総統はフォグルだけを連れ歩きながら、いくつかの質問を重ねていった。



「我らは悪の秘密結社の一員であり、ヒーローどもと戦いに明け暮れる毎日を送っている。そこについては分かっているか?」


「はい。知ってます」


「目標は日本を、ゆくゆくは世界征服することにある。それも分かっているのか?」


「はい。それも知ってます」


「うむうむ。基礎教育は済んでいるようだな。施設外に出しても良いかどうか、後でチェックしてみよう」



総統は満足げに深く頷く。

その好反応を前にしても、フォグルは顔色ひとつ変えない。

やった事と言えば、相手の動作を観察したくらいだ。


それからもしばらくは歩き通しだ。

行けども行けども通路に窓はなく、辺りの閉塞感は強い。

それもそのはず。

この施設は、埼玉西部の山岳地帯にて極秘裏に造られたものだからだ。

存在自体を隠すため、入り口以外は全て地中に埋まっているのである。


そんな代わり映えしない通路でさえ、フォグルにとっては新鮮味に溢れていた。

先行して植え付けられた知識に対して、実体験による整合性が取れるからだ。

ちらつく電灯に飛び回る羽虫。

ジメッと澱んだ空気でさえ学びに役立つ。

まるでパズルのピースを埋めていくような作業を、彼は『面白い』と思った。



「この先は研究所ではなく拠点となる。今後は君もそこで暮らすのだ」



総統は一際大きな扉を前にすると、備え付けのコンソール画面を手早く操作した。

細かな電子音と共に、灰色の扉が中央から別たれ、重々しくスライドして開く。



「見たまえ。ここが我らの秘密基地だ」



辺りは吹き抜けとなっており、最上階の通路からは眼下の様子がハッキリと見えた。

地上入り口からは長い降り階段があり、それは大きなエントランスに直結する。

エントランスからは数えきれない程に道が延ばされており、その先には作業場や修練場等の各種施設に繋がる。

概ねがコンクリートで造られているため飾り気は無いものの、地下施設とは思えない雄大の美が備わっていた。



「さて、私はこれでも忙しい身でね。これにて失礼するよ。もうじき夕食だ。4番通路の奥へ行くと良い。そこが食堂になっている」


「はい。分かりました」


「後に人を遣わすが、当面は周囲の者に教えてもらいたまえ。それではまた会おう。君の活躍に期待している」



総統は足早に去っていった。

カンカンカンと、忙しない音をたてながら。

フォグルの右手は虚空を掴み、静かに下ろされる。


……今、何かを言わなければいけない気がする。


微かな衝動が胸を揺さぶった。

それでも口から言葉が飛び出す事はなく、ただ小さくなる背中を見送るばかりである。


それからフォグルは食堂へと向かった。

行く宛など他に無く、空腹も手伝ったので、話の通り『4』と描かれた扉を抜けて歩いていく。

すれ違う者たちの全てが知らない顔だ。

相手からしても見慣れぬ新顔であるため、誰もが不審そうな目を向けては歩き去っていく。


……僕は、歓迎されていないようだ。


好奇や敵意の目線をいくつも浴びてから、向かいの扉を抜けた。

すると、眼前には活気に満ちた食堂が広がった。

敷居でブースのように区切られ、テーブルが所狭しと並べられている。

手前から奥へ向かうほどに内装が豪華になる様が、序列の存在を匂わせる。

中は多くの構成員で賑わいをみせ、さながらお祭り騒ぎのようである。


その様子をつぶさに観察していると、鋭い怒声がフォグルに飛んだ。

入り口付近に待機していたスタッフによるものである。



「ちょっとアンタ、そんな所で立ち止まらないでよ! 後ろがつかえてんだよ!」


「すみません。僕は初めて来たもので」


「なんだよ新人か。んで、どっちなの?」


「どっち、とは?」


「戦闘員か、それとも怪人なのか! どっちなんだと聞いてんの!」


「すみません。どうやら怪人のようですが、確信がありせん」


「わーった。わーったから、もう黙ってろ!」



コック帽の男は乱雑に腰元を探り、黒ブチ眼鏡を取りだして装着した。

すかさず柄の部分を叩いて静止。

すると、『ピピポッ』という電子音が小気味良く鳴った。



「怪人なんて言うから調べてみりゃお前、SR315かよ! 戦闘員じゃねぇか!」


「SRとは何ですか?」


「戦力値! 500未満はみんな戦闘員扱いなの! 分かったらA列に並べ!」



それ以上の質問は許されず、蹴飛ばされるようにして追いやられた。

フォグルはこの時『コックに質問を重ねてはならない』と、無表情に学んだ。


誘導されたA列では長蛇の列が作られている。

その一方でB列には待ち時間が発生していない。

あとからやってきた虎男や象男が、フォグルたちを追い抜いては窓口で豪勢な料理を受け取っていく。

最も目立つのは巨大な一枚肉だ。

料理が供出されるたびに醤油ガーリックの香りが辺りに漂い、それが空腹な戦闘員たちの胃袋を刺していく。

その間も列は遅々として進まない。

待機時間の長さ、異様な時間の浪費にはフォグルも不思議に思う。



「すいません。ちょっとお尋ねしたい事があります」



前を並ぶ男に声をかけると、男が肩越しに振り返った。

その容貌を一言で表せば不審者そのもの。

頭から爪先まで全身が黒ずくめだ。

さらに顔すらも覆い隠されているので感情の判別が極めて難しい。

その点については、フォグルとはお互い様であるのだが。



「イーー?」


「いつもこのようにして待たされるのですか?」



黒ずくめの男はコクコクと素早く頷き、顔を列の先端の方へと戻した。

いくら眺めた所で待ち時間は変わらないにも関わらずだ。

チマチマ、チマチマと刻みながら歩む事しばし。

ようやく窓口に辿り着き、手にしたものは焼きメザシ1尾に麦飯1膳。

これが与えられる全てである。


フォグルは己の目を疑う。

明らかに栄養素どころか、摂取エネルギーに不足する献立であったからだ。

それでも粛々と受け取っては去る先人たちの姿を見ると、何も言うこと無く席へと向かった。

『コックに質問をしてはならない』という学びが早くも活かされた瞬間である。


初対面の人たちと肩を並べて食事を摂る。

本来であれば気を遣う事だろう。

だが不思議な連帯感が芽生えたからか、先輩の戦闘員たちはフォグルを暖かく迎え入れた。

箸を取ってやったり、ナプキンや水を用意してやったり何かと甲斐甲斐しい。

だから自然と頼み事も話された。



「僕は今日が初めてなんです」


「イーー?」


「だから、この秘密基地のことを色々教えて貰えませんか?」



そのお願いには誰一人断る事無く、素早い相づちによって肯定された。

彼らは表情こそ見せないが、気の良い連中なのである。


霧の魔人フォグル。

彼の暮らしはこのようにして、最低ランクの待遇にて始められるのだった。


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