最弱怪人でゴメンなさい!

おもちさん

第1話 霧の魔人

ーーおい、新型の様子はどうだ?


ーー全然ダメだ。SR値は最大検出350。攻撃的な特殊能力ナシ。これは廃棄した方が良さそうだな。



フォグルはその会話を液体越しに聞いた。

更にその向こうはガラスで隔たれており、言葉は不明瞭でくぐもっていたが、ひとつだけ明確に感じたものがある。


……自分の何かが落胆させてしまったのだ、と。


実験室の一角には大きなガラス管が幾つも並べられており、フォグルはそのうちの1つに押し込められている。

中は薄緑の液体で満たされているが、呼吸器の用意があるので溺れる心配はない。

もっとも今は、水死とは違う形で命を奪われようとしているが。


廃棄ーー。

軽々しく放たれた言葉は処刑と同義である。

フォグルは長い年月と莫大な資金を費やして産み出されたにも関わらず、陽の目を見ること無く殺処分されようとしている。

囚われの身からすれば絶体絶命の危機なのだが……。


そうか。僕は失敗作なのか。


まるで他人事のように決断を受け入れた。

悲観や恐怖といった色をおくびにも出さずに。


確かにフォグルの容貌を見る限り、とても傑作などとは呼べないそうにない。

細く均整の取れた体つきは美しくもあるが、ひどく貧相である。

期待されたユニークな必殺技も何一つ保有していない。

一応見所はあるのだが、総合的に考えれば『廃棄妥当』案件なのである。

白衣で身を固めた冷徹なる研究者たちは、そのように結論付けた。



ーー上には事後報告するとしよう。さっさと解体してしまうか。


ーーそうだな。コイツは生かしておくだけ無駄でしかない。



2人のうち1人がガラス管の方へと迫る。

フォグルは動物の観察でもするように、『処刑人』の動きを事細かに眺めた。

死を目前にしても他人事のままである。

余りにも無機質な視線は白衣の男に驚きを与え、そして体を退けぞらせた。



ーーなんだコイツ。気味が悪いな。



研究員は顔をしかめつつ手を止めた。

しかし結論は覆る事無く、処刑の準備が着々と進められる。

誤作動防止用の蓋が開けられて真っ赤なボタンが露になる。

それは非常時に使用されるものであり、中の生物を死に至らしめる造りとなっている。

これは強力な戦闘力を持つ『怪人』を確実に仕留めるための仕掛けなのだ。

そして今まさに、死神の鎌が振り下ろされようとしたのだが……。



ーー諸君、経過はどうかね?


ーーこ、これは総統閣下!



新たな男の登場により、寸でのところで処刑は中断された。

室内の研究員たちは総員起立し、大袈裟な敬礼で体を硬直させた。

ながら作業の許される状況では無くなったのである。



ーーそろそろ外に出してやろうと思っていたところだ。戦力値は?


ーーSR値は350弱。攻撃的な特殊能力もありません。


ーーふむ、なるほどなぁ。


ーー恐れながら申し上げますと、今回は失敗かと思われます。



総統と呼ばれた男がガラス管へ向かってゆっくりと歩み寄る。

フォグルの目には30代とおぼしき長髪の男が写った。

漆黒のマントで身を包んでいるために体格までは分からない。

中身は華奢だろうと、何となく察しだけをつけた。



ーーふむふむ。この『霧の魔人』は特別製だ。保育器では覚醒させる事は難しいのやもしれん。


ーー力及ばず、申し訳ございません。


ーー責めているのではない。流石の私も予想だにしなかった事だ。



黒マントの男が慣れた手つきで機器を操作した。

すると、けたたましい警告音と共に、フォグルを包んでいた液体が排水された。

しばらくするとガラス管もスライドするようにして床下まで下がる。


自由だ。

処刑から一転、地に降り立つ自由を授かったのだ。

遂には口元の呼吸器さえも外され、フォグルを繋ぎ止めるものの全てが無くなった。



「あの、僕は……」



初めて外界で発した声は掠れていた。

他にも四肢は倦怠感を覚えたように重たく、立っているのがやっとという様子である。

その立ち振舞いを情けなく思う者もいたが、総統はそれとは違う感想を抱いた。



「おめでとう、フォグル。君は史上初の、ゼロから産まれた怪人なのだよ!」



彼はそう言うと、新たな生命の肩を抱きすくめる事で歓迎の意を示した。

フォグルにとって初めてと言って良いぬくもりである。


『なぜ僕は、抱き留められているのだろう……』


彼には感情を司る器官が未発達であった。

そのために窮地を脱したことも、こうして歓迎されていることについても、心を動かす事は無かった。


画期的な製法により誕生した、最弱の怪人フォグル。

九死に一生の危機を乗り越えて産まれた彼は、これより激動の人生を歩むこととなる。

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