第10話 愛と糧

その日の夜の事

ジェイニーは、珍しく午前2時に起きてしまった。

水を飲みたくなったのだ。

困った。

水は一階にしか無い。

ジェイニーは上半身裸で寝る事が多いのだが、その上にTシャツを着てドアを開けた。

真っ暗な家の中を、ジェイニーは注意深く手すりに掴まりながら降りて行った。

暑い日だった。

キッチンに入って灯りをつける。

冷蔵庫の扉を開けて、ミネラルウォーターを取り出す。

それを口に付けて飲んでいると

何か物音がする・・・。

それは、ブレッドとパメラの寝室の方からだった。

近づいてはいけない・・・そう思いながらも、彼は二人の寝室に向かって吸い込まれる様に足を近づけた。

暗い屋敷に、パメラの甘い声が響き渡る

「あ・・・はあ・・・」

もしかして・・・している・・・?

何度も、自分も同じ事をしていたのに何故か・・・興奮する・・・。

更に、部屋に近づくと

少し扉が開いている。

彼は好奇心で、その中を覗いた。

そこには、ブレッドとパメラが愛し合ってる姿があった。

二人は長いキスの後ブレッドがパメラを四つん這いにして、そして挿入する。

パメラのあられもない姿が、月明かりに写し出された。

白いうなじに、パメラの金髪が垂れ下がっていた。

ひたすら喜びの声を出して、ブレッドの名前を叫び続ける彼女。

ブレッド愛している。

愛しているわ・・・。

腰をくねらせて、ブレッドの男のモノを受け入れ続けるパメラ。

その顔は、声は、喜びに満ちていた。

暗闇なのに、二人が何をやっているのか大体分かった。

ジェイニーは、自分がしたい欲求でいっぱいになっていた。

艶やかなパメラの喜びに満ちた顔、それは昼間ジェイニーに意見をしてきたパメラの顔とは似ても似つかなかった。

ジェイニーはその場を離れた。

そして、ミネラルウォーターの瓶を持って上に上がると、久しぶりに自分もオナニーをしてしまった。

夢の中に居る様だった。

ジェイニーが勃起している自分のモノを擦る度に、パメラのあられもない姿が目に浮かぶ・・・

ああ・・・イキそうだ・・

白い液体がジェイニーの息子から飛び出した。

ハアハア言いながらジェイニーは痙攣した。

こんなに感じたのは初めてだった・・・。


その為、朝になってジェイニーはパメラの顔をまともに見れなかった。

朝食の時、ニッコリとパメラが笑顔で迎えてくれた時、ジェイニーの心臓は張り裂けんばかりになっていた。

心臓がドキドキする。

何だこれは・・・?

この感情は何だ?

ブレッドに聞く訳にもいかないし、俺どうしちまったんだ?



ジェイニーは、練習にも熱が入らなかった。

ヴォイストレーニングは受けていたが時折、深い溜息をつく始末。

それを見たブレッドは、心配そうにジェイニーの顔を覗き込み。

「どうした?ジェイニー?」

そう言えば、こいつがパメラを喜ばせていたんだよな。

そう思うと酷く黒いドロドロとしたものが、彼の心を襲った。

「別に・・・」

ジェイニーが素っ気なく答える

その後にまた、深く溜息をつく。

ブレッドは心配そうに、話掛けた。

「ジェイニー。何かおかしいよ。昨日何かあったのかい?」

お前とパメラがやってるところを偶然見てしまったなんて、口が裂けても言えるかっ!!・・・しかし、あの時のパメラはとても綺麗だった。

ジェイニーは黙ってしまった。

しかしやっぱり溜息をつく。

すると突然ブレッドが、即興で歌を歌い始めた。


BABY こんな気持ちは初めてだ

溜息ばかりついてしまう

BABY 君の顔が姿が・・・頭に焼き付いて離れない・・・


ブレッドが歌い終わると、ジェイニーに向かって「今の君の気持ちは、こんな感じ?」と、話したのだ。

「ブレッド・・・お前・・・どうして俺の気持ちを・・・!!」

ジェイニーが驚いた。

「男ってものは単純だからね、決まって溜息をつく時は仕事か恋か家族の事さ。君、今、恋しているだろう?」

「恋!?」

ジェイニーがビックリした様に話す。

「ジェイニー。その気持ちだよ。これが恋をするという事さ。今の君ならラブソングが歌えるんじゃないか?」

ラブソングが歌える・・・。本当かよ・・・。

「試しに一曲、歌ってみようか?誰の曲が好き?」

「KISS。KISSの『ベス』って曲が好きかな」

「OK。ベスね。じゃあ一曲歌ってみよう。3,2,1はい。」

ブレッドがピアノを弾き始めた。ジェイニーはパメラの姿を浮かべながら、歌い始めた


ベス 電話はお前なんだよね

でも俺 今すぐ帰れないんだ

バンドメンバーと一緒に 演ってるとこ

なかなかいい音が キマらないんだよ


あと何時間かしたら

きっとお前の待つ家に帰る

メンバーが 俺を呼んでるんだ

ああベス 俺どうしたらいい?

ベス俺 どうしたらいいんだい?


とても寂しいって お前は言う

俺達の家も

安らげる場所じゃないんだって

俺は いつも何処かに行ってるし

お前は いつも独りぼっちだって


でも あと何時間かしたらきっとすぐに 家に帰れるさ


バンドメンバーが 俺を呼んでる

ベス 俺どうしたらいい?

ベス 俺どうしたらいいんだい?


ベス お前の孤独な思い分かってる

大丈夫だって 願ってるよ

だって俺は まだ奴らと

音を合わせなきゃいけないんだ

一晩中・・・


あれ・・・?

音が曲と呼応している?

高い声も簡単に出るし、練習の成果か?

歌えば歌う程、パメラの笑顔が思い浮かぶ。

ジェイニーは精一杯、情感を込めて歌った。

最後の歌詞に差し掛かり声を長く延ばして歌い切ると、ブレッドから初めて拍手を受けた。

「良かったよ。ジェイニー!これでオーデションもOKだね!」

「ブレッド・・・俺・・・。」

「この調子だよジェイニー。これで、ヴォイストレーニングを続けていけば、オーディションでも勝てるよ!」

「オーディション・・・」

そうだった。

俺には目的があった。

ニューヨークに行って、一流のバンドに入りスターになる夢があった。

ここに居ると、あまりにも楽しかったので忘れてしまっていた。

しかも、ここに居られるのは車が直った時と、デトロイトロックシティの残り香を書き終えた時までだ。

時間が無い。

パメラのことは忘れなければならない。

心の中で、ジェイニーは思った。

しかし、ブレッドはこう言った。

「君が誰に恋しているか分からないけれど、その気持ち忘れちゃ駄目だよ。相手を恋うる痛い気持ち、安らぐ気持ち、楽しい気持ち、悲しい気持ち・・・それがいつか、君の全ての糧になる日が来る。」

「俺の・・・糧?」

「そうだよ。その時、君はいつか一流のアーティストになって居るよ。」

ブレッドは、予言するように言ってニッコリ笑った。

ジェイニーは、この日のブレッドの言葉を、この先何度も噛みしめる事になる。








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