第9話 曲作り

ブレットだけど・・・」

コンコンと、扉の叩く音が聞こえた。

ジェイニーは暫く黙ってベッドに寝転んで居たがブレッドがずっとドアの外に居たので、渋々扉を開けた。

扉が開いた。

そこにはブレッドの姿があった。

「なんだよ・・・。」

ジェイニーが答える。

「中に入っていいかい?」

ブッレドが答える。

「・・・分かった・・・。」

ジェイニーが渋々ブレッドを中に入れる。

ブレッドはジェイニーの様子を伺いながら、部屋に入った。

彼は後ろ手でドアを閉めると、ジェイニーを見ながら立って居た。

ジェイニーは少し疲れたようにドサッと、白いベッドの上に腰を掛けた。

そして言った。

「何か用?」

「夕食の準備が出来たんだけど・・・食べるか?」

「いらない!」

ジェイニーが即座に言った。

「そうか・・・。」ブレッドが呟く。

暫く二人の間に沈黙が続いた。

その沈黙を破ったのは、ブレッドだった。

「さっきのパメラの言動だけど・・・。君を傷付けたのなら申し訳なかった。許してくれ・・・。」

ジェイニーは黙って、ブレッドの話を聞いて居た。

「でも僕はヴォイストレーニングをやった事は、謝らないよ。君の声域はそれ程音が崩れていた。あれでは、ニューヨークに行っても、一流のバンドには入れない。オーディションでは落ちるよ。」

ジェイニーはブレッドの放った言葉に腹が立ち、怒鳴り始めた。

「お前に何が分かるって言うんだ?俺は今まで、ロスアンゼルスのバンドでヴォーカリストを努めてて居たんだぞっ!!・・・そりゃあクリスは、ラブソングは一回も歌わせてくれなかったけれど・・・。それでも、俺はプロだっ!お前達にどうこう言われるつもりは無いっ!」

ジェイニーの言葉に、ブレッドは何かがピンッときたような顔をした。

「ラブソングを歌った事が無いだって?」

「ああそうだよ。悪いか。笑いたきゃ笑え・・・俺はそれが嫌で、クリスの元を離れたんだ!」

恥ずかしそうに、ブレッドから眼を反らすジェイニー。

しかし、その顔は真っ赤だった。

ブレッドは、ジェイニーのその様子を見て、パンッ!っと手をうった。

彼の行動に、ジェイニーはビックリした様にブレッドの方を向いた。

ブレッドは、先程とはうって変わって満面の笑顔になり、キラキラと瞳が輝いていた。

「ジェイニー!それだよ!僕達でラブソングを作るんだ!君が何故、ラブソングを歌わせてくれなかったのか、分からないけれど僕達でラブソングを作って、それを君が歌うんだよっ!」

「お・・・俺がっ!?」

ジェイニーが驚愕した。

今までクリスだって、そんな事は言わなかったのに・・・

こいつ何を考えて居るんだ?

それとも・・・

『ブレッドは何事も一生懸命だから、本気であなたを一流にしたいんじゃない?』

パメラの言葉が脳裏に聞こえた。

「そうと決まったら早速曲作りだ。まず、曲名を決めなきゃあ。何がいいかなあ?」

ブレッドが、そう言うが早いかジェイニーが泊っている客間の茶色の引き出しから、メモとボールペンを取り出した。


「さて、何がいいかな。『愛の季節』・・・う~ん違う・・・『いつも一緒』・・・これも何だか・・・。ジェイニーはどう思う?」

「ブレッド・・・。」

ジェイニーが徐に呟いた。

「何で・・・?何で俺の為に、こんなにまでしてくれるんだ?俺の事を、皆見捨てたのに・・・」

ジェイニーの言葉に、ブレッドが笑った

「だって、僕達もう友達だろ?だから当然の事をしているまでだよ。」

ブレッドは、平然と言った。

何てお節介な夫婦なんだろう・・・ジェイニーは呆れさを感じると共に心の中では、猛烈に感動していた。

心の中で、嬉しくて泣いていた。

しかし、それはブレッドに悟られてはいけない。

そう思った途端

『ぐうー・・・』

ジェイニーのお腹が鳴った。

その途端にブレッドは、考えるのを止めジェイニーの眼を見た。

「曲作りは後にしよう。まずは腹ごしらえだよね。」

そう言ってジェイニーにウィンクをすると、うな垂れて居る彼の肩を抱いて部屋を出た。


階下には、心配そうにパメラが待って居た。

ジェイニーはパメラの顔をまともに見る事が出来なかったが、パメラはニッコリ笑うと

「夕食が出来てるわよ。」

と、ユックリ言った。


その日の、『ウエストリバーフロントパーク』は、晴れていた。

市内を流れるデトロイト川は、川面がキラキラと光りに反射されておりブレッドとジェイニーはブレッドの郵便局の用事が終わった後、何となくその公園に寄った。

デトロイト川は、北アメリカにある五大湖水系の全長、約51㎞の川である。

デトロイトとはフランス語で『海峡』という意味を指し、その名の通り遠くにはカナダのウィンザー州を見る事が出来る絶好の街であった。


その公園の、巨大な川を見ながらジェイニーとブレッドは、ラブソングの歌詞と曲名を考えていた。

外に出るのを嫌がったジェイニーだったが、ブレッドは外に出ると気持ちも変わると話、渋々ながら出て来たのだ。

しかし、ブレッドの言った言葉は間違いではなかった。

9月のデトロイトは暑かったが、ダウンタウンとは違って、多くの人々が楽しそうにして居た。

暫くジェイニーは、黙って景色を楽しんで居たが徐にブレッドが言った。

「何か考えついた?」

「何が?」

「曲だよ曲!君と僕で作ろうとしているラブソングだよ!」

「ああ・・・。」ジェイニーが呟く。

ジェイニーは思った。

クリスは一切、曲作りには携わせてくれなかったから曲なんて作った事無いし・・・とんでもない事を引き受けてしまったと、彼は今更ながら心の中で溜息をついた。

「何がいいかなあ?『残り香』・・・と言う単語は出てきているんだけど・・・。」

「残り香?」ジェイニーが呟く

「うん。恋って、誰でもそれなりの思い出ってあると思うんだよね。その思い出を残り香と表現したんだ。」

「詩人だな。ブレッドは。」

ジェイニーが呟いた

「まあね。でも・・・その前が、なかなか浮かんでこない・・・。」

ブレッドが頭を抱え込むように話す。

「残り香ねえ・・・」


適当でいいんじゃねえの?

ジェイニーは思った。

思えば自分はとても適当な人生だった。

それでも何とかやってこれた。

俺の好きなKISSというロックバンドの音楽を聴きながら・・・

そう言えばKISSもデトロイトという名所がついた曲を書いていたな。

デトロイトロックシティの曲の歌詞。

その始まりはこうだ。


土曜の夜イラついてしょうがねえ

夜の9時、ラジオだけが俺を楽しませてくれる。

気分が良くなってきたぜ、俺の曲が流れてきたからな。

堂々と突き進んでやるぜ、俺の曲がやるべき事を伝えてくれる。

やるべき事とは

立ち上がれ

おいお前ら体を動かせ

座んな

座り込むんじゃねえよ

ロックに心を奪われろ、デトロイトはロックシティなんだからな


「デトロイトはロックシティ?」

ジェイニーが呟く。

「うん?」

ブレッドが答える。

「嫌、KISSってバンドの、デトロイトロックシティという曲を考えていたんだ。デトロイトへ来た時の、俺の心情と一緒だなってさ。」

「ふーん・・・デトロイトロックシティね・・・ジェイニーの心情・・・うん!?」

急に、ブレッドが、何かを閃いた。

「なあ・・・デトロイトロックシティの残り香ってのはどうだ?」

「はあ?」

ジェイニーが驚いた。

「デトロイトに来た、行きずりの男と、女性との恋物語を歌詞にしてみるってのはどう?」

「行きずりの男って・・・俺!?」

ジェイニーが驚く

「そう。なかなか面白いと思うよ。『デトロイトロックシティの残り香』かあ・・・」

ブレッドが、遠い眼をして呟いた。

ジェイニーは黙って居た。

ブレッド俺、恋なんてした事ないよ・・・。

と、ジェイニーは、ブレッドに突っかかりたかったが、やめた。

自分が、今まで生きて来て一度も女性に恋がしたことが無いことを悟られたら、それこそ物笑いの種だ。

この間ブレッドのことを、いい奴だと思ったジェイニーだったが、人を信用することを今まで出来なかった彼は、それ程気持ちが荒んでいた。

そんな訳で、この時にも気持ちとは反対のことを言った。

「面白そうじゃないか。まっ、俺にピッタリの曲ってところかな。」

「なっ?面白そうだろう?そうと決まれば、家に帰ってヴォイストレーニングと曲作りだ。」

ブレッドが笑いながら語りかけた。

その顔は、デトロイト川の水面と溶け合って美しかった。



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