第7話 ジョシュア爺さん

ジェイニーの赤のポルシェは、無残な姿を晒していた。

その光景をジェイニーと、ガソリンスタンドの店主のジョシュアレドモンドは、その無残なポルシェをガソリンスタンドの倉庫の中で、まじまじと見つめていた。

やがて、ジョシュアが口に出した。

「全額ブレッドから金はもらっている。このポルシェ何とかなるとは思うんだが・・・。」

「本当に直るんだな?」

「当り前さ、この界隈では名の知れたジョシュアが直すんだからな。1か月もすればまず直るわ。」

ジェイニーはフンと鼻を鳴らすと、それから愛おしそうにポルシェに向かって話しかけた。

「ごめんな・・・また、元に戻してやるからな・・・。」

ジョシュアはそんなジェイニーの姿を見て煙草に火をつけ、ユックリ煙をくゆらせる、そして一言

「あんた、本当にあの車の事、愛しているんだな・・・。」

と話した。

ジョシュアは、蝶ネクタイを纏ったような髭をした茶色の髪の小柄な男だった。

瞳はダークブラウン。

ダブダブのジーンズが、また彼らしさを醸し出していて味のある人間味を表している。

「ブレッドの家は慣れたか?」

「まあね。ブレッドもパメラもよくしてくれるし、でも、まさかこんなところで足止め食らうとは思わなかったな。」

「こんな所とはなんだ、確かにデトロイトは治安は悪くなってしまったがな、・・・昔は自動車産業も盛んで、ミシガン州では、最も大きい都市だったんだぞ。まあ、だいぶ人口は減ったがな。」

そう言うと、ジョシュアは、ジェイニーに缶ビールを投げた。

それを受け取るジェイニー。

「しかし、デトロイトは音楽の街でもある。

ここから、世界に飛び立っていったミュージシャンは最も多かった。

今や、そのミュージシャン達はアメリカ、世界にわたって活躍している!

ああ、わが青春のデトロイト!ああ!わが祖国よ!」

「爺さん。デトロイトなんて、KISSの曲の『デトロイトロックシティ』位しか俺は知らなかったぜ。まあ。怪我も治ってきたし。車が直ってきたらお暇しなきゃなあ・・・」

「もうちょっと、ユックリしていけばいいのに・・・なんで先を急ぐんだ?」

「俺は、ニューヨークに行ってスーパースターになるんだ。バカにしていた連中を見返す為にね。」

「スーパースターって・・・あんたミュージシャンか?」

ジョシュアが驚く。

「そうよ!まっ、売れないミュージシャンだがな。」

ジェイニーが呟く。

「そうか、売れないミュージシャンか・・・そんな思いを巡らして、みんなニューヨークに行って挫折して帰ってきてしまう。あんたもそうならなきゃいいがな。」

ジョシュアの言葉を聞いたジェイニーは、先ほどの落ち着いた表情はどこへやら、近くにあったビール缶を思いっきり蹴った。

ビール缶はドラム缶に当たり、けたたましい音がスタンドの倉庫に鳴り響いた。

「俺は絶対逃げ帰らない!俺をバカにしたクリスよりも有名になってニューヨークに行って、暴れまわってやるんだっ!」

大きく言葉をまくし立てた後、

それからジェイニーは、歩いて帰ってしまった。

ジョシュアはその光景を見ながらあっけにとられていたが、2本目の煙草に火をつけるとフーッとくゆらせながら

「ガキが!」

と一言言った。


 家に帰ったジェイニーは、ブレッドの家の前に停まっている黒塗りの高級車を見つけた。

誰か客か?

そのまま、白いドアを開けて玄関の中に入っていくと普段は開けられている、リビングの扉が占められていた。

奥を見ると、パメラがキッチンで深刻な顔をして立っていた。

その顔は険しく、唇を噛みしめていた。

「パメラ・・・」ジェイニーが呼びかける。

その声に反応したのか、パメラがハッとする。

「あ・・・おかえりなさい。ジェイニー。ジョシュアさんのところはどうだった?」

「どうもこうもあのくそ爺!・・・まあいいや、ブレッドに客か?」

「ああ、そうなの。1か月に1回位は来る人よ。」

パメラは平然と言ってのけたが、ひどく疲れているように思えた。

ジェイニーは、そんなパメラを見て、少し色っぽさを感じた。

細く白いうなじに、かすかな光が目に宿り、ブイネックの白いブラウスが裸体に感じてしまうほどに、思わずかたずをのんで見入ってしまうほどの美しさだった。

しかし、その思いは一瞬にして消された。

リビングの扉が開いたからだ。

中から出てきたのは30代くらいの男だった。

目には黒いサングラスをかけており、全身のスーツが黒。

ネクタイも黒だった。

唯一、髪はジェイニーと同じ金髪だったが短髪で、革の黒いバッグを持ち、この屋敷には似つかわしくない感じだった。

男は応接間から出ると

「それでは、1か月後。またよろしく頼みますよ。」

と言い残し、屋敷を去った。

男が帰った後、ジェイニーがリビングを除くとブレッドが普段見せないような険しい顔をし、考え事をしていた。

黒いソファーに座りっぱなしで、こちらの方を見ないブレッドは、まるで別人のようだった。

「ブレッド・・・」

ジェイニーが話しかける。

すると、先ほどまで険しい顔をして顎に手を当てて考え事をしていたブレッドの瞳が、パッと明るくなった。

「ジェイニー帰ってきたんだね!ジョシュアさんのところはどうだった?」

あまりの変わりように、一瞬うろたえるジェイニー。

「ブレッド、お前こそ大丈夫か・・・?」

ブレッドは首を傾げたが、またもとに戻って満面の笑みをたたえた。

「大丈夫だよ!ほら!この通り!」

そう言うと立ち上がり、両手を広げた。

何だ、この男は、二重人格か!?

「車はバラバラだった。ジョシュア爺さんが直すから大丈夫だと言ってた。」

ジェイニーが話す。

「そっかあ。それはよかった。じゃあ直るまで、ここに居られるってことだね。」

「ま・・・まあね・・・。」

ジェイニーが呟く。

「そうとなったら、曲を作ろう。」

ブレッドが言うが早いか、側にあったアコースティックギターを取り出した。

「ちょっと待てよ!」

ジェイニーが止める。

すると、ブレッドがキョトンとした顔をして彼を見た。

「お前ギター弾けるって言ってたよな。どの程度のものか見せてくれよ。そうしたら、俺も・・・曲を作ることを考えるよ。」

ジェイニーの言葉に、ブレッドはギターをポロンと鳴らして、ポカンとした顔をしたが

すぐさま「分かった。」と言うと、ギターを持って、曲を奏で始めた。

DEEP PURPLE『スモーク オン ザ ウオーター』

アコースティックで弾くと、また、何とも言えない哀愁を感じる。

旨い!ギターのリフの取り方といい、間の開け方といい、プロのミュージシャンを感じる。

何者だこいつ・・・

先ほどの胡散臭い男といい、この家には何かがある。

ブレッドのギターを聞きながら、ジェイニーは思いを巡らしていた。






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