第4話 裏サイド 死神Ⅳ
時は少し遡り四月十日午前十一時四十分。
「えー今日はちょっとした諸事情により休校になった。帰宅の準備が整い次第帰っていいぞ」
三限目が終わった時、担任が教壇に立ちそう言った。
生徒たちは学校が休校になった事に喜び少し騒がしくなった。
担任が教室を出ると生徒たちはさっさと帰りの準備を始めており、もう既に教室からいなくなっているものもいた。
生徒の中の一人、坂崎千咲は一人席を立ち帰ろうとしていた。
「千咲ちゃん、一緒に帰ろ~」
声が聞こえた後ろを見ると一人の女子生徒がいた。
髪をショートボブにしている。名前は
千咲の数少ない友人である。
奈波は千咲の隣まで追いつくと一緒に歩き始めた。
「もーひどいよ千咲ちゃん。親友である私を置いていくなんて!私そんな子に育てた覚えはありません!!」
「別に育てて貰ったことも無いのだけれど」
「いや、ただボケただけなんでマジレスしなくていいよ」
「そう」
「全く私の親友は(対応が)クールだなぁ」
千咲の返答にどこか調子を狂わされる奈波。
しかし大抵ボケたときはいつもこういうリアクションをされるのは奈波自身も知っているため余り気にしないことにしている。
奈波は話題を変えることにした。
別に滑った空気をなかったことにしたいわけではない。
「そういえば千咲ちゃん、今回もいいネタが入ってますぜぇ」
その言葉にピクリと反応する千咲。
ネタというのはネットなどに流れる噂話の事だ。
奈波はそうゆう話を集めるのを趣味としている。
とは言えネットの噂というものは殆ど眉唾物だ。
大抵は信憑性もないものやただの作り話がほとんどだが、そんな中にも本物が混じっていることもある。
それを千咲は知っているためたまに奈波からそんな噂話を聞いていた。
千咲自身、奈波を始めから情報収集の為近づいたわけではない。
彼女がそんな噂話に詳しいと知ったのは友人になってからかなり後の事だ。
それに千咲もあくまで親友との談笑として聞いている。
言う前に色々考えてしまい言葉が出なくなるタイプの人間である自分自身に親身になってくれる友人をそんな情報収集の道具みたいに扱いたくはなかったし奈波と話すこと自体も純粋に好きだった。
「そう、それで今回はどんなものがあるの?」
「えっとね~今一番有名なのは『東京に現れる死神』かな。東京二十三区内に死神みたいな恰好をした人が寿命になると目の前に現れてその人を殺すって言う噂が一番騒がれているかな。他にはねぇ」
その話を聞いてつい目を背ける千咲。
(疑いの余地もなく黒都ね)
そう話していうるちに下駄箱まで来ており千咲たちは靴を履き替え校門を出た。
「まあ、今回話がちゃんとしているのはこれくらいかな。最近はもっぱら死神で騒いでいたし」
「そう、中々面白かったわ」
奈波の話は『東京に現れる死神』以外は普通の都市伝説だった。
話し終わったと思ったその時だ。
「あっそういえばもう一つあったな」
思い出したかのように奈波はそう言った。
「何を思い出したの?」
「いや~でもこれ確実にデマだろうし」
「う~ん」と腕を組んで悩みながらうなっている。
「まあ、でも話のタネにはなるか。実はね最近ネットで騒がれている都市伝説がもう一つあるの」
「騒がれているもの?」
「うん、『キリングミスト』って言われているもの」
「キリングミスト・・・殺人霧?」
千咲が聞き返すと奈波が鞄の中からスマートフォンを取り出して、何かを検索し画面を千咲の方に向けた。
スマートフォンの画面には『さまざま都市伝説掲示板――キリングミストと連続殺人事件の関連考察』と簡単に題名がつけられており、様々なユーザーが意見を述べていた。
「これは?」
「私がいつも見てる都市伝説とか噂話を集めている人の掲示板。ねえ千咲ちゃんここ最近で起こった不可解な連続殺人事件ってニュースで見なかった?」
「もしかして、犯人も殺害方法もわからないと言われているやつかしら」
「そうそれ」
千咲はあまりテレビを見る方ではないのだがここ最近ニュース番組をつけると必ずと言っていいほど取り上げられていた。
被害者は既に犯行が始まった二週間で三人も出ており、被害者全員体が滑らかに切断されていた。現場の周りには同じように滑らかな傷跡が深々と残っていてそれを現場のニュースキャスターが取材をしていた。
明らかなその異常な切断跡は『大型の切断機器を使わなければ不可能だ』とニュースに出ていた専門家が言っているのを千咲は思い出した。
「実はね、三人目の被害者が殺された時間にその場所の近くで見たって人がここにコメントを投稿したの」
「見たって、犯人を?」
奈波は首を横に振り、話を続けた。
「犯人は見てないけど、その代わり叫び声と変な音と共に濃い霧を見たんだって」
「霧?」
「コメント主が言うには何んか不自然にそこだけ濃い霧が立ち込めていて、次の瞬間には叫び声と共に風を切るような音が聞こえて気味が悪くなって帰っちゃったそうなんだけど、ニュースになってここに投稿したんだってまあ流石にこれはデマでしょう」
「不自然な濃い霧ね・・・・・」
ぼそりとそう呟いて千咲は少し考えていた。
(ニュースを見た時、確証がなかったけれどやっぱり黒都に相談するべきね)
奈波は千咲の考え込んでいる顔を見て何故かニヤニヤしていた。
「どうしたの?」
「いや~真剣にそうに考えてるから、もしかしてあの事考えているのかな~って」
一瞬分からなかったが奈波は自分が黒都の事を考えていると勘違いしたらしい。
因みに黒都と一緒に住んでいることは奈波も知っている。
あくまで自分の保護者だということにしているが。
奈波は二人の関係を茶化しているとわかり、ほほが若干赤くなりながら弁明した。
「別に私は今、黒都の事を思い出しているわけじゃないわ」
「そうなんだーーでも私別に黒都さんの事とは言ってないんだけどな~」
「ッ!?」
ここで自分が墓穴を掘ったことに気が付いた。
自覚したためか千咲は自分の顔が熱くなるのを感じた。
奈波は千咲のその表情を見て更にニヤニヤしながら追撃を仕掛ける。
「いや~黒都さんも隅に置けませんなー。こんな美少女の千咲ちゃんに思われて、いつもは冷静な面差しなのにこんなに感情豊かにさせちゃって~。で、どこまでいったのかな~ほらほら~この奈波さんに言ってごらん。えっえっ」
ぐいぐい来る奈波に顔を背ける千咲。
「別に彼とはまだそんな関係じゃないわ」
もはや言い訳にすらなっていない言い訳を言ってしまう千咲。それを尻目に更に加速する奈波。
「にしても、千咲ちゃんにまだ手だしてないなんて凄いな。こんなスタイル群抜の美少女と一つ屋根の下に住んでいるのに、特に千咲ちゃんの乳袋を見て我慢できるなんて、理性は鋼でできているな。きっと」
「うんうん」と唸る奈波。
そしてセクハラまがいのいじりに千咲がもう羞恥心を超えてこめかみに青筋を立てているのをまだ知らない。
「もういっそ裸にリボン巻いて『私がプレゼント作戦』でもしたら崩れるんじゃあがっ痛い痛い痛い痛い痛いマジで痛いギブギブギブギブギブ!?」
言いかけた言葉は千咲のアイアンクローで物理的に止められた。
奈波は解除しようと千咲の右手を必死に叩く。
「いい加減にしなさい」
感情の表現が乏しい千咲にとっては珍しく怒りがこもった声だ。
冷静な眼差しと相まってかなり怖い。
その表情にすっかり怯えた表情なった奈波。
「すいません。調子乗りました」
「はあ」
溜息をつきながらアイアンクローの手を放す千咲。
奈波のノリがいい性格の為たまにこういう暴走があるのを失念していた事を反省した。
ふと腕時計が目に入った。
「もうこんな時間ね。それじゃ私はそろそろ行くわ」
「ふえ、千咲ちゃんどっか寄ってくの?」
「・・・・・・」
さっきの話題から今から行くところの目的地を言えば、からかわれるのは分かっていたが黙っていても奈波なら気が付くだろうと思い。諦めて言った。
「彼の大学、買い物の荷物を持つのを手伝って貰おうと思って・・・・・・・」
案の条ニヤニヤしてくる奈波。
千咲が手を開いて何か握りつぶすようなジェスチャーをすると咄嗟に真顔に戻り敬礼まで決めた。
「はあ、それじゃあまた明日」
「うん、じゃあね」
そう言っていつもの道とは違う道を進んだ。
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