第8話


【大治郎】

「……マノカ……修復は後だ……

 ポロを連れて下がるぞ……」


暗闇に輝く鮮血をほうふつとさせる邪悪な光。


窓ガラスを透かして入ってくる月明かりが、闇から這い出してきた者の一部分を照らす。


巨大な鼻とのこぎりのような邪悪な牙……


【マノカ】

「こんなん、見た事あらへん……」


【大治郎】

「見た事ないだって!?」


【マノカ】

「セキュリティが……ウイルス化しとる……」


【大治郎】

「そんな……バカな……どうして?」


怪物級の雄たけびと足音に建物が揺れ、壁や天井のコンクリが粉を散らす。


ティラノサウルスが爆音をまき散らしながら、俺達へと向かってくる。


【大治郎】

「説明は後だ! 走れ!!」


とにかく逃げなければ……だが、このままだとサーバールームに逆戻りだ……どうする?


サーバーを破壊するか? いや、そんな事をしたら俺達まで巻き添えを食う……


【マノカ】

「あっ!」


ポロを抱えていたマノカがつまずいて転んでしまう。


ティラノサウルスが急接近し、今すぐにでも食らいつきそうな距離まで迫った。


【大治郎】

「あれを……やるしかない」


マノカと違って俺はプログラムに精通していない……上手くいくかはわからない……


が、迷ってる暇なんてない! やるしかない!!


脚力にエネルギーを集中させ、力強く地面を蹴る!!


【大治郎】

「――!!」


声にならない雄たけびを発しながら、一足飛びにマノカへと向かう。


が、途中で失速し床へと叩きつけられた。


【大治郎】

「マノカッ!」


助けに行こうとすぐさま立ち上がる。


が、マノカを食らおうとしているティラノサウルスは邪魔するなとばかりに、凶悪な咆哮を浴びせる。


【大治郎】

「がぁっ!」


爆風に吹き飛ぶ塵のごとく、俺の体が軽く宙を舞い、やがて床へ。


マノカからはさらに離れた位置に飛ばされてしまい……絶望が脳裏に駆け抜ける。


もう止める事は出来ないのか!?


【大治郎】

「マノカ!」


恐怖に身がすくんで立ち上がれないんだろう……いや、立ち上がれば、ヤツの口の中。


その時、俺の横を駆け抜けていった一匹の動物が、ティラノサウルスへ飛び掛かった


【マノカ】

「ペロ!」


【大治郎】

「ペロッ!!」


怠け者のクセして……出るときは二匹も一緒に連れ出してやるか……


隙をついてマノカの元へ駆け寄り、弱々しく震える手のひらを掴んだ。


【大治郎】

「立てるか?」


【マノカ】

「あ……アカンみたいや……」


【大治郎】

「だったら、こうする!」


マノカを抱きかかえるとティラノサウルスの足元に滑り込み、月明かりを頼りに廊下を走り抜ける。


【大治郎】

「おかしい……」


出口どころか、他の部屋への入り口も見当たらない。


【大治郎】

「どうなってる?」


【マノカ】

「やっぱ、アカンみたいやな……」


【大治郎】

「やっぱり? どういう事だ!?」


【マノカ】

「多分、現実の世界では今、

 オフラインでメンテナンスしとるんや……

 外から鍵をかわれてもうた……出られへん」


【大治郎】

「オフライン……なんでだ?」


【マノカ】

「ウチらが暴れた程度じゃこうならんはずや。

 たぶん、コイツが出ようとしたからや」


【大治郎】

「出ようとした?」


【マノカ】

「そや、ポロとペロの時点でおかしい思っとった。

 ヘンにアップグレードされとったし……」


【大治郎】

「ポロとペロもウイルス化していたって事か?

 でも、セキュリティじゃないのか!?」


【マノカ】

「取り込んで除去したはずのウイルスが、

 セキュリティに成り代わって、

 ここにある莫大な情報を取り込んだ」


【マノカ】

「そやかて、セキュリティは生きとるもんやから、

 出ようとしとったのを検知されて、

 ありえんくらいの負荷がサーバーにかかった」


【マノカ】

「サーバーのほとんどを複製したデータが、

 出ていこうとしとったところに、

 ウチらが居合わせたっちゅーわけや」


【大治郎】

「なにを言ってるのかまったくわからないが……

 だけど、なにか方法くらいあるだろ!?」


【マノカ】

「あらへん……だってウチ、プログラムやから……

 そもそも外出られへんし……

 どうしようもないわ……」


【マノカ】

「……おしまいや……って!

 ちゅっちゅっ……ちょっ! なにしてん――」


【大治郎】

「そんなに俺は頼りないか?」


【マノカ】

「……そうやないけど……」


【大治郎】

「じゃあ、ポロとペロはどうする?

 セキュリティなんて所詮、人間の作ったものだ……

 どうにかできる! いや、やるんだ!!」


弱々しく震えるマノカの手を取って強く握りしめる。


【大治郎】

「メイカーは殺そうとかそんな事考えてなかった!

 出た事はないのは当たり前だ」


【大治郎】

「完璧にプログラムしたつもりだったんだ。

 だからマノカを逃がしたんだ……

 逃げたんじゃない、そう仕向けた……わかるか?」


マノカは潤んだ瞳で首を横に振る。


【大治郎】

「何故ここにいる? 考えるんだ、その意味を!

 何故俺なんか呼んだんだ!?」


【マノカ】

「アホ! そんなん……好きやからに……

 決まっとるやん……」


震えた声で必死に自身の意思を伝えるマノカを強く抱きしめると、彼女もあたたかい体を寄せてきた。


【大治郎】

「じゃあそれが答えだ!

 信じてくれ。俺はそう信じるから……」


【大治郎】

「だから、俺を信じてくれ!

 出口は必ずある……

 俺は、マノカが自由になる姿を見たいんだ!!」


グッと歯を食いしばると強く瞼を閉じ、零れ落ちようとする雫を拭う。


【マノカ】

「……うん……ウチ、信じる!

 絶対に助かるんや……絶対に絶対……

 ウチ、大治郎のことめっちゃ好きやもん!!」


瞼に溜まっていた雫をもう一度拭うと、可愛らしい笑みを咲かせて俺の手を握る。


必ず、連れていく……言葉は交わさないまでも、結ばれた手のひらの小指を強く絡めて、約束を交わした。


【大治郎】

「ありがとう……さぁ、行こう!!」


ポロとペロはかなわない相手と知ってか、隙をついて逃げてきたようだ。しかし、連れられるようにしてティラノサウルスも現れる。


【大治郎】

「逃げるぞ!!」


【マノカ】

「その前に……これや!!」


マノカの身の丈から比較すると、大きすぎる程の派手なロケットランチャーが現れ、恐竜を目掛けて弾頭が発射される。


顔面に直撃した瞬間、周囲に赤色の液体が散乱する。


【大治郎】

「やったか……って、これは? イチゴジャム!?」


【マノカ】

「せや、とっておきやで?

 ほとんど足止めにしかならへんけど」


しかし、かなり体力を消耗したらしく、マノカはもうほとんど動けないほどに疲弊しきっていた。


お姫様抱っこして走り出すが、ジャムを破ってティラノサウルスが飛び出してくる。


【大治郎】

「もう効果が切れたのか!?」


【マノカ】

「アイツはタフやで効果なかったみたいやな」


【大治郎】

「ピーナツバターでも食わせてやれ!!」


無我夢中で走り続けるが、現実ではないとはいえさすがに疲れてくる。このままだと持久戦になって、今現在消耗している俺達は不利……いずれ食われてしまう。


【大治郎】

「なにか方法はないのか?」


【???】

「……しっかりしろ!!」


【大治郎】

「そうだ……俺がやらなきゃ……って?」


【マノカ】

「なんや独り言かいな?」


不思議そうな顔でマノカが俺を見つめている。


彼女かと思ったが全然違う……男の声だ。


誰かの呼ぶ声が廊下の先からしたように思えて、角を曲がり階段を上る。


ポロとペロも俺達の後をついて走る。


【???】

「トランス状態にあるようだね?」


【大治郎】

「もしかして……アイツらか?」


【マノカ】

「えっ? アイツらって!?」


【妃那】

「おーい先輩! 一緒に、現実に帰ろーう!!」


【大治郎】

「聞こえる……俺達を呼んでる! あそこだ!!」


長く続く廊下の先数100メートル向こうに、一つだけ扉が見える。


が、駆け出そうとしたその時、巨大なティラノサウルスが廊下の床をぶち抜いて顔を突き出し口を開ける。


間一髪で立ち止まり回避したものの、10メートルほど床が抜け落ちてしまい、身動きが取れなくなった。


【大治郎】

「野郎! この期に及んでデカくなりやがった!!」


【克行】

「早くしろ! 警備員が来るぞ!!」


【大治郎】

「わかってる! だが、どうすればいい……

 考えろ、考えろ……

 そうだ……マノカ、あれをくれないか?」


マノカは体力的に限界を迎えておりこれ以上、構築する事はできない。


しかし、俺だったらまだ一回くらいは使える。


【マノカ】

「わかった、あれやね……ちゅっ……ちゅるるっ……

れろっ……はぁはぁ……」


プログラムの情報を送ってくれれば後は簡単だ。


マノカがポロとペロを抱えた後で、脚部に全神経を集中し床を踏み砕く勢いで蹴る!


【大治郎】

「最後に……もう一回だけ、頼む!」


一足飛びに数100メートル先の扉目掛けて飛び上がる。


【大治郎】

「頼む、届いてくれ!

 届け、届け!! 届けぇぇぇぇぇ!!!!」


しかし、宙を舞っている最中、エネルギーが限界を迎えたらしい。


脚部に痺れが駆け抜けるとともに、速度が落ちていくのがわかった。


もっと、慣性力を……いや、足りない……


視線がゆっくりと下がり、脳裏に絶望が閃く……足元には俺達を食らおうとする凶悪な牙が……


ダメだ……届かない……届かないのか……


【マノカ】

「ちゅっ……」


熱い口づけを通してマノカのわずかなエネルギーが、俺の中へと流れ込んでくる……


行ける! これなら届く!!


残されていた最後の力と融合し、脚部で灼熱が迸る。


【大治郎】

「がぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


マノカの助けによって扉の前へと辿り着いた俺達……


あとはその先へと出るだけで、もう動かない脚を無理やり引きずるりながら、前へ前へと進んでいく……


【大治郎】

「帰るぞ! 今、帰るぞ!!」


五人の姿がそこにあるみたいに感じられ、扉のノブへと手を伸ばし、ついに掴んだ。


【初雪】

「眠い、から……早く……終わらせて」


【大治郎】

「ガキのお守りだったら、

 二枚目男にやってもらうといい……

 行くぞ、マノカ……」


【マノカ】

「うん……」


このノブをひねればその先は……



【大治郎】

「なんだこれ……」


目の前に広がるのは空。


上も下もなく、夜に染まったダークグレーの雲が漂っているばかり……


【マノカ】

「あっ、ポロ! アカンて!!」


びっくりしたらしくポロは飛び出して、空の中へと落ちていった……


【マノカ】

「ポロ……」


【大治郎】

「まさか!?」


振り返ると同時にヒュルリと鋭い風切り音が響き、マノカの体が引きずられていった。


【マノカ】

「きゃぁぁぁぁぁぁ!!」


【大治郎】

「マノカ! ぐがぁっ!!」


もう一度、音が響くと俺の全身に黒いツルが巻き付き、自由を奪った。


【大治郎】

「な、なんだこれ……」


首に絡みつく細く黒い線を辿ると、俺達を追い詰めたティラノサウルスが粘液を吐き出していた。


ネバネバと床に滴る穢れた液体は、奇妙にうごめきやがて人の形へと変わっていく。


【???】

「……フェ……ル……」


黒い人形がマノカの細い首を締め上げ、呪わしい声を発する。


【マノカ】

「うぅ……その名前……だ、誰や?」


【???】

「フェ……ネル……こっちへ、おいで……」


グチャグチャと異様な動きをするその姿。赤い瞳でマノカを睨みつけた。


【???】

「おいで……私の可愛い……フェンネル……」


【大治郎】

「フェンネル……どういう事だ? うぐぁ!!」


【???】

「私にも、形を与えておくれ……」


【マノカ】

「メイカー……なんか? なんでこんなとこに……」


【メイカー】

「私は、姿を……お前の姿を!!」


鋭い風切り音がマノカの細い首へとまとわりつく。


【マノカ】

「あっくっ! くぐぅぅぅんっ!!」


威勢よく飛び掛かるペロ。しかし、一瞬のうちに掴まれてしまう。


【大治郎】

「マノカ! がはぁっ!!」


手を伸ばすが届かず、メイカーのツルは俺を押しつぶさんばかりに縛り上げた。


【メイカー】

「だましたな!!」


【マノカ】

「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」


どす黒い人形が大きな口を開き、マノカから青白い輝きが吸い取られていく。


【大治郎】

「マノカ!」


まずい! このままじゃマノカが消えてしまう!!


【大治郎】

「――!」


対爆スーツを構築し、手榴弾やダイナマイト――とにかく考え付くだけの爆薬を装備し、このツルを!!


【大治郎】

「があぁぁぁぁぁぁぁ!!」


雄たけびと同時に壮絶な爆炎が炸裂し、黒い液体が四方八方へと飛び散る。


【メイカー】

「キサマ! ぐぬぅぅ!!」


人形の黒い頭部を力強く鷲掴みにしてやると、俺へと向けて鋭く睨みつけた。


【大治郎】

「なんのためにマノカを生んだんだ!?」


【メイカー】

「マ……ノ……カ? いいや、フェンネルだ!

 ぐがぁぁぁぁ!!」


メイカーを掴んだ手のひらが、にわかに金色を帯び、彼は身を焼かれるかのように身もだえした。


【大治郎】

「マノカだ! 逃がしたのはお前自身のはずだ!?」


【メイカー】

「そうだ……いや、違う!」


一瞬だけ、黒い影からメイカーの顔が現れる。


そうか……こいつは……


【大治郎】

「がぁぁぁぁぁぁ!!」


意識が消え入りそうなほどに全身全霊で、ウイルスに触れた手のひらに力を集中させる。


【???】

「メイカー……寂シイ……僕、ワカラナイ……

 触レタラ……少シダケ、ワカルカモ……」


【メイカー】

「フェンネル……そうだ……これでよかったんだ……

 そうだろう? ロックス……」


ふと、メイカーの気持ちが伝わってくるようだった。


その傍らでいつも支えた、卵型の白い初期型――オーロックスと表記された小型ロボット。


【メイカー】

「あぁ、フェンネル、いつか君は世界を変えるんだ。

 君が見る世界はきっと、素晴らしい……

 人には見えない世界を見る事が出来る……」


【メイカー】

「この書物に記されている文字をトレースすれば……

 ロックス……お前はとてもいい子だ……

 いつも俺の傍にいてくれる……」


【メイカー】

「娘に……娘に会いたい……もう一度でいい……

 私が……こんな……仕事さえ遅くならなければ……

 キョウ、キョウ! うわぁぁぁぁぁ!!」


【ロックス】

「ウギァァガァァァァ!! メイカー! メイカー!!」


【マノカ】

「あっ、あぁ……な、なんや……」


絡みついたツルがヒュルリと音を立てマノカを離す。


【マノカ】

「大治郎……メイカーはどうなっとるんや?」


【大治郎】

「いや、コイツは……メイカーじゃない……」


どうしてだろうか……人とより良く暮らすために、彼らは生み出された……


彼らは幸せにしたかった……幸せになりたかった……


ただ、それだけなのに……


残酷だ……


【ロックス】

「メイカーヲ、殺シタ!!」


【大治郎】

「マノカ危ない!!」


鋭く振られたムチが俺の首に絡みつき、黒い粘液がのこぎりの刃へと変わる。


【マノカ】

「大治郎!!」


【大治郎】

「……もう、いいんだ」


【ロックス】

「ナニヲ言ッテイル?」


【大治郎】

「お前は、マノカより多くの時間をメイカーと……

 メイカーも、お前と一緒にいたじゃないか?」


【ロックス】

「ニンゲン! オ前カラ殺ス!!」


ギリギリと首の皮膚を切り裂く激痛を堪えながら、声を振り絞った。


【大治郎】

「がぁ……いい加減、気が付け……

 どうして、人工知能はポンコツ揃いなんだ?」


【マノカ】

「大治郎! なに言うてんねん!!」


【大治郎】

「ほら、二人にも、見えるだろ……」


黒い影の向こう側に、微笑む顔……


【マノカ】

「メイカー……」


【ロックス】

「エッ……メイカー、ドウシテ……」


その本体である白い卵を抱きしめる姿。


【メイカー】

「ロックス、お前が俺のデータを取り込み、

 足りないところを修復した……

 お前が今の俺を作ったんだ……」


二人は、友だった……


【ロックス】

「メイカー、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ!」


【メイカー】

「いいんだロックス。寂しい思いをさせたな。

 だが、これからはお前と――」


ぐちゃっ、ごぎゅっ、ごぎっ!


メイカーのやさしい声を掻き消して、生々しい音が静寂に響いた。


【マノカ】

「そ、そんな……」


赤く染まった牙を動かしつつ、食後の感想を呟くがごとく生臭い息を吐きながら鼻の穴を広げた。


【マノカ】

「メイカー!!」



【大治郎】

「あ……あぁ……て、てめぇ!!」


怒りに身を任せて武器を構築しようと試みるが、全身から血が噴き出し意識が霞んだ。


【大治郎】

「……」


もう、動けない……のか……


そりゃそうだ……防護服と爆弾、それに自爆。


【マノカ】

「やっぱり……アカンのやな……」


【大治郎】

「マノカ……何を?」


【マノカ】

「意味があったんや……ウチが生まれた意味が……」


マノカの小さな体が不思議な光に包まれ、眩しさに目がくらんだ。


【大治郎】

「……何を言ってる?」


【マノカ】

「短い間やったけど、楽しかったで……

 大治郎の事、めっちゃ好きやお!

 ……さよならや!!」


吹きすさぶ風に吹き飛ばされそうになり、必死にこらえてマノカへと手を伸ばす。が、体が前へと進まない。


【大治郎】

「あぁ、いやだ。マノカ、やめろ! やめるんだ!!」


鋭い牙が食らいつこうとするその瞬間、マノカは微笑みながら振り返った……


【大治郎】

「ダメだ! やめてくれ!!」


情けない……立ち上がれない……止められない……


【マノカ】

「大丈夫や……きっとまた――」


ダメだって言ってるだろうが!!


【???】

「――!!」


一瞬、誰かの――いいや多くの声が聞こえた。


【大治郎】

「がぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」


最後の力を振り絞って叫びにならない大声を発する。


マノカが放つ光を振り払い、時が失われたかのようにすべてが止まる。


【ロックス】

「ありがとう……」


【メイカー】

「フェンネル……いいや、マノカを頼んだ……」


一目散にマノカへと駆け寄り抱き上げるが早いか、背を向けて飛び出そうとしたその時。


強烈な爆風に吹き飛ばされて空へと落ちていく。


【大治郎】

「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」


激しい風切り音が響く中に負け犬の遠吠えがごとく恐竜の咆哮がこだまする。


【マノカ】

「えっ! 大治郎!! なにしてんねん!?」


【大治郎】

「マノカの正直度はいくつだ?」


【マノカ】

「90%や……って、なんの話やねん!?」


【大治郎】

「これで、さよならはウソになった!

 ウソを吐いたら俺達と同じだ!!」


【マノカ】

「そんなん……こんな事したら、大治郎まで――」


【大治郎】

「俺だけ助かる必要がどこにあるんだ!?

 マノカだってそうだ。怒るし泣くし拗ねる……

 笑う事だって出来る!」


【大治郎】

「悲しみがある、苦しみがある……

 だけど、喜びもあるし楽しみもある!

 俺の事を好きって言ったし、愛してくれた!!」


【マノカ】

「大治郎……」


【大治郎】

「俺達の選んだその先は――

 この先は、どこかへ続いてるんだ!

 終わらない……絶対に、終わらせたりしない!!」


夜闇に黒々と染まった雲の中へと飛び込むと、視界が閉ざされ、凍えそうな寒さと非情なまでの冷たさをほこる水滴が頬をかすめる。


祈るかのごとく瞼を閉じると、マノカの細く暖かい指先が俺の手を包んだ。


心を静かにして神経を研ぎ澄ませると、風の音に混じってかすかな声が聞こえてきた。


【渉】

「……なんだこの猫?」


【律奏】

「サーバルキャット? のようだね……」


そうか……先に落ちて行ったポロが、スマートフォンに戻ったらしい。


【妃那】

「かーわいー!!」


【克行】

「ハニー、君が一番可愛いよ」


【初雪】

「サーバル、飼って、くれたら、認める……」


――聞こえた!!


目を見開いて暗闇の中でマノカを見つめる。


【大治郎】

「いる……いるんだ! マノカ、聞こえるか!?

 いるんだよ!!」


【マノカ】

「ウチにも聞こえる、聞こえるで!!」


やがて、分厚い雲を切り裂くように白い輝きが俺とマノカを包み込む。


結ばれた手を離さないようにギュっと強く握り、誓うかのごとく微笑みを交わす。


視界が光に包まれ、眩しさにすべてが消え去った。


風の音が止んで頬をかすめる冷たささえ失われ、周囲が静寂に包まれた。


【マノカ】

「そや……これで……ええんやな……」


これが、俺達の……世界だ……


【大治郎】

「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

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