第7話
【大治郎】
「なぁマノカ……」
【マノカ】
「どないしたん?」
【大治郎】
「愛してる……」
【マノカ】
「ウチも、好きやお?」
二人が再び愛を口にして確かめ合った後、マノカはわずかに神妙な面持ちになった。
【マノカ】
「そや……その前に……
言わなかんかった事があるんや……」
なにを言い出すのか怖くて、妙に真剣な声色に思わず耳を塞ぎたくなってしまう。
【マノカ】
「実はな、最初に言うたやろ?
大事なモノがあるって……もう一つあるんや」
【大治郎】
「……もう一つある!?」
躊躇いがちに俯くと、マノカはもじもじとしながら俺に背を向ける。
言うべきか、言わざるべきか迷っている様子だ。
【大治郎】
「ここまで来たんだ。今更何を言われても問題ない。
もし、俺の事が嫌いだと言っても離す気はないし、
無理やりにでも愛してもらう」
【マノカ】
「そやね……そやったわ……
大治郎がウチの事、好きでいてくれるんなら……
ちょっと安心したわ……」
なにかを蹴飛ばすかのように足をブラブラさせると、マノカは儚げな笑みをこぼした。
【マノカ】
「大事なモノがある言うたやろ?
あれ……大治郎の事やねん……」
【大治郎】
「はぁ……なんだ、そんな事か……
って、あの情報を見に来たんじゃないのか?」
【マノカ】
「ううん、ちゃうねん……大事なモノの二つ目や……
元々、大治郎とああしたかっただけやねんで……」
【大治郎】
「……何故わざわざ、こんなところに?」
【マノカ】
「ほら、大治郎ん家(ち)のパソコン……
壊してもうたやろ?
ここなら出来る思てな……」
【大治郎】
「じゃあ、さっきの……ただのついでだったのか!?」
本当に、生みの親について知りたかったから、ここに飛び込んだのだと思っていたが……違ったのか?
メイカーに関する情報を閲覧した時、マノカは激しい感情を瞳からこぼした……
それすら、ただのプログラムだったり計算だったというんだろうか?
しかし、俺はそうじゃないと信じ、マノカの口から答えが出るのを待っていると、躊躇いがちに頷いた。
【マノカ】
「ホンマや……大治郎と初めて会うてから、
だんだんわかるようになってきてな」
【マノカ】
「最初は、小説とかの情報を複製してばっかで、
ネットの動画とかで表情を作ったりしとった……」
後ろで手を組んだマノカは眩しい笑みを咲かせて、俺へと振り返った。
【マノカ】
「全部、ホンマや!
人間にとってウソやと思われるかもしれへんけど、
ホンマに……あるんやって……ここに……」
胸部に手を当てると夢を見るかのごとく、安らかに瞼を閉じた。あまりに神秘的な光景を目にして、ただ溜息をこぼす事しかできない。
【マノカ】
「ありがとうな……大治郎のおかげや……
だから――」
マノカが言おうとしたその時、部屋の電源が落ちて周囲が暗闇に包まれた。
【大治郎】
「な、なんだ!?」
しかし、すぐに補助電源に切り替わったのか、室内は赤い光に照らされ、マノカの姿も目の前にあった。
【大治郎】
「マノカ、無事だったか!!」
【マノカ】
「あぁ……あ、あぁアカン……やってもうた……」
膝をついて肩を抱きながら、ブツブツと独り言を口にして震えている。
【大治郎】
「そやかて、こんな程度で……終わったやん……」
怯えを含んだ声色を耳にすると、マノカの感情があまりに現実的で、俺の中にも恐怖が広がった。
そうだ、ここは現実なんかじゃない……補助電源?
バカを言うな!
もっと……ヤバイ状態だ!!
【大治郎】
「マノカ、これはいったい?」
【マノカ】
「堪忍な……堪忍やで……ホンマ……堪忍や……」
【大治郎】
「マノカ! マノカ!!
しっかりしろ、なにが起こってる?
俺にはわからない、君だけが頼りだ。教えてくれ」
【マノカ】
「……ウチらは……隔離、されたんや……」
【大治郎】
「隔離された?」
【マノカ】
「チューしただけでパソコン壊れてまったやろ?」
【大治郎】
「だが、俺達が行為に至ったのは数分も前だぞ?
すでに落ちていてもおかしくないんじゃないか!?」
それに、セキュリティが反応するまでずいぶん時間がかかったのは疑問でしかない。
【マノカ】
「そのはずや……そうやけど、ダウンした……
膨大な処理をした所為で複数のサーバーが……
……もう、逃げられへん……駆除が始まる……」
【大治郎】
「逃げられないだって?
さっきやったように開ければいいじゃないか!?」
【マノカ】
「これは、きっと、罠やったんや……
入る方法はメイカーがウチに組み込んでた……
そやかて……隔離されたら、出る方法は……」
【大治郎】
「罠? アイツは死んだんだろ!?」
【マノカ】
「確かに、自殺や……葬式から火葬場、
お骨が詰められるとこまでカメラで見とった」
【大治郎】
「じゃあ何故罠だと思うんだ!?」
【マノカ】
「……ウチ、開発途中で逃げたんや……
理由は、たぶんそれや……その所為で……
メイカーはウチの事……」
【マノカ】
「高度な人工知能やったら、
鍵持っとる場所に攻撃を仕掛ける……
メイカーならそう考えたはずや……」
【マノカ】
「まんまと、入ってまったってわけや……」
じゃあ、なんで自殺なんかしたんだ!?
ぬけぬけと戻ってくるのを待っていれば、世界最高峰の人工知能を作った男としての名声は手に入った……
マノカがここに来るのをプログラムしていたなら、首なんて括らずにすんだはずだ……
【大治郎】
「本当に……そうなのか?」
実は……名声なんていらなかったんじゃないか?
メイカーについて微塵も知らないが、少なくとも情熱を原動力に動く男だと思う。
富や名声に興味があれば、プロジェクトを蹴られた時点で上司にゴマ擦ってればよかった。
上のポジションに言ったらプロジェクト始動する事も出来る……
もっと名前を上げれば他の企業からのオファーが来るかもしれない……
引く手数多なメイカーが、死ぬ必要などあったのか!?
【大治郎】
「……逃がした……のか?」
マノカは、ここのシステムをベースに作られたんだ!
【マノカ】
「サイレンが3回鳴ったら……おしまいや……
駆除が始まる……」
【大治郎】
「やっぱり……だから、内部を知り尽くしている。
他のセキュリティプログラムよりも詳しく……
マノカ――」
俺の言葉を遮って、形容しがたい醜い音色の警告音が立て続けに二度。
本能的に嫌悪感がほとばしり、緊張で汗が噴き出た。
【マノカ】
「駆除が……始まる……」
一瞬の静寂を縫ってマノカが弱々しい声を零し、最後のアラームが鼓膜を叩いた。
背後の扉が勢いよく開き、ダチョウほどの大きさをした生物――
獰猛なる太古の存在、ヴェロキラプトルが鋭い爪で床を鳴らしながら飛び出してきた。
【大治郎】
「立て! 走るぞ!!」
マノカの手を引いたその瞬間、走り出そうとしている俺めがけて、ヴェロキラプトルが飛び掛かった。
【大治郎】
「は、速いっ!」
鋭い爪を防御しようと腕を上げるが、先端が眼球へと突き刺さる。
【マノカ】
「きゃぁぁぁぁぁ!!」
【大治郎】
「マノカ!!」
どういうわけか俺を突き抜け、恐竜はマノカに食らいつこうと唸りを上げていた。
【大治郎】
「こいつ! マノカを離せ!!」
引きはがそうと蹴飛ばすが、まるで幻覚でも見ているかのように、敵に触れられない。
【大治郎】
「何故だ? 現実からアクセスしてるからか!?」
ただただ、マノカが肉片になる瞬間を眺めているしかできないのか……
なにか方法はないのか! なにかないのか!!
……いや、あるぞ! とっておきの方法だ!!
獰猛な雄たけびを上げて食らいつこうとする恐竜の目の前に割り込み、マノカに情熱的な口づけを交わす。
【大治郎】
「マノカ!!」
【マノカ】
「ちゅっちゅるっ……ちゅぴぃっ……ぷはぁ……
えっ! こんな時になにしてん――」
唇を交えたその時、サーバールームが再び暗闇に閉ざされる。
恐竜のうなり声は消えて、周囲は静まり返った。
とりあえず第一フェーズは終了のようだ……
【大治郎】
「はぁ……さて、次のイリュージョンは?
恐竜を前にアレでも!?」
【マノカ】
「あ、アホ!
なんで扉が開いたとき、逃げへんかったねん!?」
【大治郎】
「マノカを置いて逃げられるわけないだろ?」
【マノカ】
「なんでや……ウチの事は心配せんでええねん……」
【大治郎】
「外部から侵入して情報を見たのは悪い行いだが、
殺される必要はない……必ず脱出するんだ……
そのあとは……温泉に行くんだろ?」
【マノカ】
「そんなん……うぅ……ははっ、ぐすっ……ふふっ」
【大治郎】
「泣くか笑うか、どっちかにしろ……
……さて、そろそろ次が来るな……
ライオンの時にみたいに武器を準備した方がいい」
【マノカ】
「そうや……ウチはセキュリティを知っとる……
倒せんわけないんや!
次に来るヤツは……」
体を構えると周囲に漂っていた空気が輝きながら、マノカの手のひらへと集まってくる。
【マノカ】
「これや!!」
涼し気な鉄の音が響くと同時に、華奢な体によく似合う細身で軽量な槍が生成される。
【マノカ】
「行くで!」
掛け声と同時に三度目のサイレンが響き、二匹の猫科動物が扉から駆け込んでくる。
が、ヴェロキラプトルと比較するに動きが素早く、目で追うのがやっとだ。
通路が直線ゆえに攻撃しやすいかと思えば、サーバーへ飛び上がったり、ここを熟知した戦術を取ってくる。
【マノカ】
「アカン、早すぎる」
【大治郎】
「知ってるんじゃなかったのか!?」
【マノカ】
「戦った事ないしアップグレードされとるんや!
――大治郎、後ろ!!」
【大治郎】
「ぐあっ!!」
マノカの声に反応して振り返ると、サーバルキャットの爪が俺の首筋に食い込み血液が吹き出した。
だが、致命傷ではないらしく、食らいつかれないように必死で抵抗する……
あれ……何故俺に攻撃できたんだ!?
【マノカ】
「大治郎、避けて!!」
ビュンッ! 風切り音がしたと思えば、サーバルキャットは瞬間移動の如く回避。
俺の顔の横にマノカの槍が突き刺さり、鈍く光を放っている。
【大治郎】
「うぉぉぉぉ!! 避けてってわざとやっただろ!?」
【マノカ】
「あっ、避けてやないわ、間違えた!
って、わざとやあらへん!!」
【大治郎】
「人工知能がパニック起こすな!!」
とはいえ、攻撃のおかげで食われずに済んだ……
マノカにトドメを刺されそうにはなったが……
そんな冗談を脳裏で唱えている間にも、敵は上下を利用した動きで撹乱し、仕掛けようと隙を伺っている。
【大治郎】
「とりあえず助かった。ありがとう……
しかし、二匹いるんだ俺の事はかまうな」
【マノカ】
「ぐあっ!! とか言うてたやん!?
なにが構うなやねん」
【大治郎】
「恐竜の時マノカもそうだったろ?
これでおあいこだ……
だけど、ちょっとした兆しがあった……」
【マノカ】
「なんやねんそれ?」
首をかしげるマノカの背後から、サーバルキャットが飛び掛かろうとする。
この一瞬、すべての動きがゆっくりになる……
【大治郎】
「来た!」
敵から攻撃を食らった時の感覚をベースに、宙を飛んだ経験を加え、矢の形状を想像。
射出するための構造をこの手に……!!
【大治郎】
「よし!」
手のひらに光が集中し、閃きを放つ。
回転式弾倉を搭載した重厚な見た目ながら、軽量で扱いやすいオートマチックボウガン!
【大治郎】
「そこだ!!」
刹那の間に宙を舞う相手へと狙いを定め、弾倉が三回に分けて稼働する。
三発撃ち込むとサーバルキャットは宙返りするかの如くグルリと回って撃ち落とされ、床へと倒れ込んだ。
【大治郎】
「さっき攻撃されたおかげで、出来る気がしたんだ」
しかし、マノカが言っていた通りだ。
余裕しゃくしゃくを装ってみるが、肉体的にも精神的にも異常な疲労感に襲われ、立ち眩みがする。
誰かが嘲笑っているような幻聴すらして、あるはずのない絶望感が脳裏に駆け巡った……
【大治郎】
「……確かにこれは、すごく疲れるな……
何度もやってたら頭がおかしくなりそうだ。
……マノカ、ぼーっとしてどうした?」
【マノカ】
「アカン……混じっとる……はよ脱出せな……」
【大治郎】
「混じっている?」
【マノカ】
「このままやと、大治郎はウチらと、
同じになってまうっちゅう事や!!」
【大治郎】
「同じに……プログラムになるって事か!?」
俺に打たれたサーバルキャットが立ち上がり、ふらふらと近づいてくる。しかし、実際の猫とは違って、瞳には邪悪な復讐心が溢れていた。
【大治郎】
「マノカ!」
【マノカ】
「いや、これは使えるかもしれへん……」
今にも噛みつこうとするサーバルキャットの頭を鷲掴みにすると、念力を込めるかのように声を上げた。
【マノカ】
「痛いの痛いの、とんでけー!!」
俺の矢など所詮は素人のそれ。
彼女が軽く触れるだけで砕け散り、サーバルキャットの傷は修復される。
さっきまでの凶暴な目つきとは打って変わって、気まぐれそうな瞳でこちらを見つめていた。
【大治郎】
「どうした? なにをした!?」
【マノカ】
「アップグレードされた分も含め、
解析してウチのペットにしたんや?
ポロ~よろしゅうなぁ~」
【大治郎】
「もう名前まで……さて、もう一匹は……」
サーバーの上に乗っかっているもう一匹は、暖かさが心地よかったんだろう……眠りに就いている。
【大治郎】
「こいつも連れていくか?」
【マノカ】
「うわぁ! もふもふってこういう事やねんなぁ~。
めっちゃ気持ちええやん!!」
満足げに両手で二匹を抱え頬ずりしている様は、見ていて緊張がほどける……
だが、マノカの笑顔に癒されている場合じゃない。
【大治郎】
「……さて、今度はダウンさせてないから、
ドアが開いてるみたいだが……」
【マノカ】
「ポロ、ペロ、いくで……」
裏口からサーバールームを脱出し廊下を進んで歩く。
しかし、どうしてか異常に広い。
【大治郎】
「このビル、ここまでデカかったか?」
進んでも進んでも出口へ辿り着けない。
【大治郎】
「しかし、だだっ広い廊下だな……
マンモスでも搬入するつもりなのか!?」
そんな冗談を飛ばしていると、大きな足音が俺達の向かっている方から轟いてくる。
超重量級である事を主張する低音を耳にすると、次に出てくるヤツの予想がついた。
【マノカ】
「あっ、ポロ! 勝手に行ったらアカンて!!」
あのクソ猫……落ち着きがなさすぎる……
と思うやいなや、悲鳴と共に暗闇の中からポロが吹っ飛ばされてこちらへ滑ってくる。
【マノカ】
「あぁ! ポロ!! 修復するで待っとってな……」
マノカがポロに駆け寄って抱き上げると一安心したが、暗闇に閃いた輝きに寒気がした。
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