第6話


【マノカ】

「大治郎……生きとる?」


【大治郎】

「ごほっ……げほっ……そのようだ……」


よく言われる裏口というやつか……屋上をぶち抜けて屋内に侵入したようだ。


【マノカ】

「堪忍なぁ? 怒らんで」


【大治郎】

「プログラムが後出しじゃんけんを得意とするなら、

 自動ブレーキや自動運転は役に立たないな……」


【マノカ】

「うぅ、怒っとる……ホンマ、堪忍やで」


うつ伏せになっている場所の硬さから考えるに、てっきり体がバラバラになったものかと思ったが……


肉体的損傷もなくて、痛みはわずかだ……


きっと、彼女がなにかしてくれたんだろう……起き上がるとありがとうとは言わず、ただ頭を撫でてやる。


くすぐったそうに笑う顔を見ると、今にも燃え上がりそうだった怒りは消えてしまう。


【大治郎】

「そういえば、他の場所にアクセスするときは、

 歩いて行かなきゃいけない……

 とか言ってなかったか?」

 

【マノカ】

「結構、疲れるんよ? あんまやりたないねん……」


額に浮かんでいる汗とわずかに荒い呼吸を聞く限り、ウソではなさそうだ。


【大治郎】

「……しかし、なんだここは?

 やけに体の動きがスムーズな気がする……」


【マノカ】

「そりゃそうや? ここのPCはスペックもええし、

 家庭用回線とかパブリックの電波とはちゃって、

 通信も安定しとるから」


【大治郎】

「情報処理速度とかそういう関係か?

 まぁいい、早く終わらせよう」


【マノカ】

「そんなせかさんでも、ウチはここにおるで……

 なんやったらここでもいいんや……」


【マノカ】

「って、さすがにここはアカン……

 屋内やゆうても、公衆の面前やし!

 アオカ……ちゃうわアカン!!」


【大治郎】

「ここでもいいってよくはないだろ?

 大事なモノってのはどこにあるんだ!?」


彼女はなにか別の事を考えていたらしく、俺の声に当初の目的を思い出した。


【マノカ】

「そうや、そうやったわ!

 別にそれだけが目的やないんやから……

 ほな行くで!」


下の階へと続く扉を開けて歩いていると、彼女は俺の前でピタリと止まった。


【大治郎】

「いてっ……急に立ち止まるなよ」


【マノカ】

「シー」


唇に人差し指を当てて静かにするように命令する。


ゆっくりと覗き込むと、廊下の向こうで白い光が揺れている事に気が付く。


【大治郎】

「なるほど、あれがセキュリティか……」


【マノカ】

「ま、見つかってもそこまで問題やないけど、

 詳細なログ残ると面倒やからな」


【大治郎】

「見つかっても問題ないって、

 また戦うつもりなのか?」


【マノカ】

「そないな事せぇへんよ?

 戦っとったら朝になってまうし、疲れてまう。

 こうして通り過ぎるのを待って……よし、次や!」


警備にあたっている球体のロボットが過ぎ去ると、彼女は俺の手を引いて緩やかな歩調で廊下を足を進めた。


緊張してしまい、気が気じゃないが焦りも禁物だ。


セキュリティの目をかいくぐり、まるで迷路のような建物の中をすらすらと歩いて行った彼女は、やがて扉の前で立ち止まった。


【大治郎】

「ここか……って、サーバールーム?

 まさか、盗むつもりなのか!?」


そもそも、入った時点でかなりアウトだが……


【マノカ】

「盗みはせんよ? ちょろっと覗くだけや」


彼女の言っている事が本当ならいいんだが……正直度は90%に設定したからやはり心配だ。


元来、人間を信用しなかった性格の俺だから、信頼を寄せているはずの彼女ですら疑ってしまう。


目を離すとなにをしでかすかわからない。


【マノカ】

「ちょっと待ってな……これを、こうして……

 アップグレードされとるな……」


【マノカ】

「けど、これは解いたことがあるから……

ここにこうして回路を逆流させて……」


コンソールから表示されたホログラフィックに手を入れると、立体図形のパズルや計算問題をはじめ、あらゆる出題を解いていく。


デジタルの中が立体になると、本当にSF映画みたいにこうなるんだろうか? 


いや、彼女が以前言っていた通り、人の意識がそうさせるのだろう。


【マノカ】

「よし! これでいけるで!!」


線香花火のような弱々しい光が瞬くと、上下左右幾重にも重なった扉がすべて解除されてしまった。


【マノカ】

「ここのセキュリティが弱い点はこれや。

 頑丈すぎるセキュリティは時として隙を生むんや」


哲学的だな……ガチガチにガードを固めて、油断したところをつけこまれるなんて……


本当なら、一枚開けては先に進んで、一枚開けてはさらに進んでを繰り返さなければならないだろう。


【マノカ】

「ほら、ちゃんと足元見とって。

 踏む順番間違えたらとんでもない事なるで?」


舞うかのような彼女の脚の動きを脳に叩き込んで、俺も一歩踏み出してみる。


【大治郎】

「前前後後左右左右……色が変わって……

 ブラックのパネルを踏んで次が藍色……

 あれ、こんなのどこかで……」


【マノカ】

「これで完了や。ほら、入るで?」


【大二郎】

「簡単に破るなんてすごいな……

 しかし、そのプログラムを作ったヤツはバカか!?」


【マノカ】

「見る? こん中にあるで!? 確かあの辺やなぁ」


闇に包まれたサーバールームにはチェックランプが星のごとく瞬いている。


彼女の後をついて侵入すると、扉はガス音を吐き出しながら閉じてしまった。


【大治郎】

「おい、閉じ込められたぞ!!

 それに、なんだここは……うぅ、寒い……」


【マノカ】

「そうやったわ。

 寒さとかもここに波及しとるんやった」


彼女がパチンと指を鳴らすと、暗かった部屋に蛍光灯の明かりが満ちる。


膨大な数の機械の塊。


生きて鼓動するかのようにピカリピカリとチェックランプが明滅したり、小さくうなったりしている。


【マノカ】

「んで、これがセキュリティを作った人の顔や」


本棚から書物を引き出す時のようにすると、情報がホログラフィックで展開される。


そこには顔写真と人物名や経歴、この会社での功績や査定など様々な情報が記録されている。


【大治郎】

「案外、やり手な顔をしているな。ハンサムだ……

 肌も日焼けして快活そうだし……

 もっと理系顔で色白顔かと思った……」


我ながらステレオタイプなイメージとは思うが……


【大治郎】

「優れた人工知能を開発するプレゼンを……」


【マノカ】

「結局、蹴られたんやな。

 莫大な予算が必要で、

 そこまで高度なもんいらへんって」


【大治郎】

「しかし、会社からの評価はとてもいいぞ?

 彼がいるから会社があるとの声も……」


【大治郎】

「強力なセキュリティプログラムを組み、

 あらゆる攻撃に対して効力を発揮……

 独立を考え常識を覆す人工知能開発に着手……」


【マノカ】

「メイカーの異名を……持つ……」


ふと読み上げたその声色に思わず視線を向けた。


ここに記されている情報の意味がなんとなく理解できた瞬間、潤んだ瞳から一筋の輝きが彼女の頬を伝った。


【大治郎】

「マノカ……泣いてるのか?」


【マノカ】

「えっ? あれっ、ホンマや……なんでやろな!?」


無理して笑っているようにも見えるその表情が、痛々しくて見ていられなかった。


彼の情報は最後にこう記されている。


自宅で首を吊った死体が発見され、解剖の結果自殺と断定されたと。


彼女が言っていた……作った人は死んだと……


あの時はまだ、幼い子供と同じで、死がなにかわからなかったんだろう……


だけど、知ってしまった……感情を知る事で、その情報を得てしまった……


死とは……なにか?


【マノカ】

「あれっ、おっかしいなぁ……

 なんでやろ、止まらへん……」


俺みたいに冷淡なつもりでいる人間なら、簡単に片づけられる。


プログラムならば、人間の死はたんなるゼロという数字で結論を出すだろう。


しかし、彼女――マノカは折り合いのつけ方がわからない……そう、そりゃそうだ……


【大治郎】

「マノカ……大丈夫だ……」


ぎゅっと胸の内に抱きしめてやると、マノカは小さな肩を震わせた。


【マノカ】

「うっくっ……すん……なんでや、なんでなんや?」


悲痛な叫びが胸に刺さるようだ……変わってやれるなら変わってやりたい……


だけど、俺はなにもできない……あまりに悔しくて、あまりに情けない……


これじゃあ……大好きで愛おしくて大切なマノカに、なにもしてやれない……


【マノカ】

「……うわぁぁぁん!!」


多くの者に人間として認めて欲しかった……人とは違う自分を主張したいくせに、輪の中に入りたがった……


尊敬されたくて人間以上を求めながら、人間らしく他者と関わりたいと思っていた。


だから、現実を拒絶したのだ。


しかし、そんなのはただ妄想で、俺も所詮は人間。なにをしようとも人間に過ぎない……ただの人間。


胸の内で泣き続けるマノカの髪にふれ、撫でてやる程度しかできない人間。


結局は人間なんてその程度……


心臓をえぐられるほど強烈な、愛する者の一滴を拭ってやれないなら……


人間なんて大した存在じゃない!


【大治郎】

「……すまない……」


【マノカ】

「……うぅ……くすっ、ううん……

 ウチこそ、ごめん……」


溢れ出す気持ちを解放したマノカは、次第次第に落ち着きを取り戻始めた。


【マノカ】

「くすっ……ごめんな……取り乱してしもて……

 ホンマにごめん……」


【大治郎】

「謝らないでくれ……許す許さないの問題じゃない」


【マノカ】

「やったら……ありがとな……

 ウチ、大治郎と会えてよかったわ……」


【大治郎】

「俺もだ……小説より興味深い体験ができた」


なにを言ってるんだ俺は……こういう時ばかりは理屈っぽい自分が嫌になる。


【マノカ】

「ちゅっ……ちゅるっ……はぁ……

 でな、もう一つ、お願いがあるねん……」


すがるように抱き着いて情熱的なキスをすると、マノカは豊満な胸を押し当てるようにじゃれついてきた。


【大治郎】

「なんだ? 言ってみろ!?」


【マノカ】

「こないだ……チューしただけで、

 パソコン壊してまったやろ?」


【大治郎】

「あぁ……兄貴が見てくれたが、

 またパーツ買い替え7万コースだ。

 稼ぎもまともにないのに、いてぇなぁ……」


実は二度目である。


機械音痴でなにしなくたって勝手に壊れるんだから、諦めて鉛筆で書けとまで兄貴に言われてしまった……


【マノカ】

「ホンマ、堪忍やで! ウチも協力するで!!」


【大治郎】

「大丈夫だ。どっかの銀行から送金されても困る。

 ……で、頼みって?」


【マノカ】

「あぁ……そのな、ウチら恋人同士やん?

 そないやからぁ……」


胸にしがみついて上目遣いに見つめられると、気恥ずかしくて顔をそらしてしまう。


【マノカ】

「あぁぁ! やっぱりアカン、言われへん、

 言ったらウチ死んでまう!!」


たしかに……ダメとは言えない……


鼓動が激しくなって、息苦しい……


【大治郎】

「そ、その……つまり、あれか? 俺と、エ――」


【マノカ】

「ビフライ!!」


【大治郎】

「恋人同士でする、セック――」


【マノカ】

「といえば、端午とか桃の節句とか色々あって、

 どれがどれかわからんくなるなぁ」


【大治郎】

「正しく言えば、せいこう――」


【マノカ】

「を収めるための10の秘訣って、

 意外とあてにならんなぁ!」


いや、さすがに俺もお手上げだ。さっきみたいに言葉での攻撃が通用しない。


ヂとジであったり、ブとヴであったり、ヅとずみたいなのは思い当たらない。


だけど、こうして誘われてしまっては……


【マノカ】

「おや? ウチの勝ちや――ちゅっちゅるっ……

 ううん……ちょっ、激しすぎや……

 ちゅびっ……れろっ……ぢゅるるっ……むはぁ」


半ば強引にキスをし、マノカを壁へと押しやると逃がさないとばかりに両手で囲う。


【大治郎】

「マノカ……愛してる……」


ニヤリと微笑むしたり顔を目にすると、負けた気がして手を引きたくなる。


が、下のモノと言えば俺の意思とは逆に、マノカの神秘の領域へ押し入りたがっているようだ。


【マノカ】

「ちゅっ……れろっ……

 はぁ、めっちゃ気持ちいい……ちゅるるっ……

 やけど、もっと気持ちよくなるん?」


格好つけた言葉でも口にしたかったが、余計なセリフはいらないだろう。


【マノカ】

「ふふっ……ちゅぴっ……ええよ?

 ウチも……大治郎とシたいねん……」


【マノカ】

「そやかて、う、ウチ……その……

 初めてやから……その……やさしくしてな?」

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