第2話


それから数日もの間、俺は小説の執筆と作者との連絡を欠かさなかった。


作品を仕上げるたびに盗作は続いたが、続ける必要があった。理由は二つ。


一つは、執筆をやめると相手が怪しがるからだ。いくら別のスマートフォンから接触を試みているからって、警戒されたらオフ会を取り付けるどころではなくなる。


これは、ポンコツの一人が言っていた普通を装うの範囲内である。


次は普通の範囲を脱しているから、前者とバランスを取るのが難しい。


もう一つはコンタクトを図るため。新しい作品が掲載されなければ、それに伴った感想を伝えられない。


古い作品を何度もレビューするのは、ストーカー的な意味で警戒心を与えてしまう。


本当は敵意があっても、好意的であるというアピールをしなければならない。


盗作は確かに苦痛の極みだ。世の中にはドッペルゲンガーという不思議な現象が確認されている。


自分ではない誰かが自分の私生活をしっちゃかめっちゃかにしていく、あるいは自分を死に追いやるという恐怖的で悪意に満ちた存在だ。


お前の代わりはいくらだっている。お前はこの世に必要ない……


作品を盗まれる側からするとそんな気分だ……


盗む側は、自分に才能がないと諦めたり、努力が足りないから、憧れを妬んだり、あやかりたいと嫉んだり、一番のファンだとして独占したがるのだろう。


お前には才能がない、努力したって無駄だ、ファンの中でも一番下だ……


つまり、お前にはいくらだって代わりがいるんだ!!


それを言われて確信に変わった時、アイデンティティが崩壊してしまうから、盗むんじゃないかと思う。


自分が嫌がる事を、作者に対してやっている……


幸か不幸か、俺にそんなファンはいない……これがこの数日間で理解した事。


盗作されているのに相手はそれにあたらない。相手からはなんら悪意が感じられないのである。法律や社会が間違っているという確信犯を行っているわけではない。


素晴らしい作品ですねとコメントすると、本当に素晴らしい作品ですと返信が来る。


最初のうちはおちょくっているのかと思っていたが、相手は作品自身を褒めはするものの、作者自身が褒められてもなんら返事をしないのである。


おかしな人だ……普通、天才だと言われたら、お褒めにあずかり光栄だとか、もったいないお言葉とか返してくるはずなのに……


しかし、この作品は情緒あふれる美しさの定義に沿っているとかコメントするだけ。


加えて、自分が嫉妬されるほど優れているなどとも思わない。作品に対しては自信を持っているが、それに伴って俺が素晴らしいというのは思い上がりも甚だしい。


幸か不幸か、俺にはそんなファンはいない……これを二度言う。


悪意がない事を知って興ざめしてしまったのかもしれない。文章を通してコミュニケーションを図るたび、次第に怒りや憤りは冷めていった。


日を重ねるごとに作者は何者なのか? という興味だけが色濃く強くなっていった……


警察に相談するべきではないという探偵部の読みは、期せずして当たったわけだ。


不安と怒りに苛まれたゆえに虚勢をはった苦さが口に広がる。負けは認めるが屈辱的な事に変わりはない……


そうして俺は、今日もまたパソコンに向かっている。


一文一文走らせるたびに、誰か知らない女性の姿を頭に過らせながら……


どんな人なんだろうか? 


どんな言葉で喋るんだろうか?


知るたびに気になる事が増えてくるこの頃……


【大治郎】

「なるほど……ようやくか……」


仕掛けずとも作者は俺との接触を要求してきた。


しかし、文章の後ろの方には数字の羅列が並んでいるのみでさっぱりだ。解読をお願いするべく探偵部の渉へとメッセージを送ると、さっそく電話が。


【大治郎】

「もしもし……」


【渉】

「もしもし俺だけど、ちょっと事故っちゃってさ」


【律奏】

「はよぉ100万よこさんかい! いてこますぞゴラァ!!」


【大治郎】

「宝くじが当たったら分けてやるから待っててくれ」


【律奏】

「このようにして、怒りはなにも生まない。

 怒って強くなるのはマンガの主人公くらいである……」


【律奏】

「冷静にものを見ると、

 世の中はあまりに面白すぎるではないかね?」


確かにその通りかもしれない。相手が女の子だろうとオッサンだろうとなんだろうと、こうなったわけを知りたいし、どうやったのかのも気になる。


大体、赤の他人だったとすれば何故俺の作品だけを狙うのか? 訊きたい事、言いたい事は山ほど。


【渉】

「最近はずいぶんと余裕が出てきたじゃないか?」


【大治郎】

「ストーカーとか、嫌がらせが恐かったが、

 実際はなにもないからな。お前の所の部員に、

 もうすぐ死ぬみたいにも言われたし」


【妃那】

「あぁ、それっすか? 死にはしないっすよ。

 キンタマが破裂する程度で」


【大治郎】

「それはほとんど死んでるんじゃないのか?

 まぁいい……それで、さっきの数字、

 なにかわかるか!?」


【律奏】

「これは、座標と……なにかヒントのようだね。

 君の家に一番近い駅のようだ……」


【大治郎】

「俺の家がわかるのか!?」


【渉】

「探偵だからな?」


【大治郎】

「作者よりもお前らに注意するべきだったか……

まぁいい。時間は?」


【妃那】

「それがわかったら苦労しないっすよ……

 3611491340144811」


彼女が3という数字を一番最初に読み上げたからかもしれない。俺は、ある小説に登場させた事のあるシーンを思い出した。


【大治郎】

「いや……暗号の意味はわからないが、たぶん午後3時だ……」


【渉】

「何故そう思う?」


【大治郎】

「作者の好きな作品に登場する重要な時間だ」


【律奏】

「なるほど、二つの入力方式を混合して作られた、

 暗号のようだね。君にだけわかりやすくしてる辺り、やはり頭がいい」


【大治郎】

「それで、次はどうする?」


【渉】

「相手の要求通り、明日の3時にそこへ。俺達も同行する」

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