第1話

小説を書く事……それは私にとって悪い夢のようだった……


最近になって私の中にどんな心境の変化があったのかは覚えていない。


ただ、小さい頃に見た憧れの続きを――現実という土に埋めて隠したはずだった理想を、もう一度、ただなんとなく掘り起こしたに過ぎないと考えている。


なんとなくというのはやはり説明不足であろう……


いかに学生といえども、友人関係や勉強での成績、さらには労働や金銭や進路といった、あらゆる現実に対して鬱積する気持ちが私を駆り立てるに至ったのだろう。


いわば、夢の探求……いわば、現実逃避……


しかし、あの日、私の心を焦がしたの姿といえば……


【大治郎】

「と、まぁこんな具合か……」


前のめりになっていた体を起こして、大きく伸びをする。時刻はもう十二時を回り、区切りのいいところで執筆を終えると、寝る前のルーティンとしてネット小説を開いた。


だからといって、他の人の作品を読むわけではない。モニター上に文字を表示させるだけ。


これにはまったく意味がないのに……何故、こんな事をしている? 


自分でもその理由はわかっていた……だけど、肯定する勇気がなかった。行動に移す事でなにかが変わってしまうような気がして……


だけど、せっかく仕上げた作品をこのままにしていたくないという心持ちも確実にあった。


フォルダを開き今まで書き上げた作品を数え、気に入っている小説を読み返すなどしてみると、なんとも言えないもどかしい気持ちが溢れる。


そして俺の考えは、やっぱりあるところにいきつく。


【大治郎】

「やっぱり、こういうのって、載せるべきなんだろうか?」


人の世の中にはつながりが不可欠だ。だから、メッセージのスタンプやゲームとか、学業や金銭、ニュースに至るまで……


ありとあらゆる情報を武器――道具とし、あるいは話題として他者とのコネクションを構築する。


もし、一人きりでいるのであれば、そんなものはすべて必要ない。しかし、やはり持っているからには使わざるを得ないというのが実際のところだ。


なにを言いたいか端的に述べるなら――


【大治郎】

「この作品を、読んでもらいたい……」


自分の書いた作品が他者に認知された時、遠く離れた人と自分の存在はリンクする。


読者からすれば、今まで俺なんて生きているかどうかすらわからない人物だったのに、作品を通してコンタクトを図る事で、初めて互いに認識し合える。


他者とつながるための武器として!!


【大治郎】

「よし! 決めた!!」


手始めにまずペンネームを考えようと思う。しかし、自分にネーミングセンスがないのはわかっているため、サイトを使って適当に選ぶことに。


適当にといっても、大雑把という意味ではなく、基準値を満たす程度の適当だ。


さて次に、ここは意外と重要な工程だ。例えば、国語の教科書に載っている文学作家の名前を使ったとしよう。作品が名前負けする可能性が絶大。


存命中の小説家の名前を使ったとすれば、社会を巻き込んでの問題が起こる。


じゃあ、オリジナルの場合はどうするか? 類似する名前がないかを調べる。他者と被るのは許されない。自分がいかに他と違うのかを主張する大事なポイント。


オリジナリティがあるかを試すシーンでもある。


ジェネレーターを使って、さらにひねりを加えたため、被るはずは――


【大治郎】

「なにっ!?」


冒険譚の勇者か、あるいは悪役かなにかか? そんな間抜けな声を上げてしまった。


こんなことがあり得るだろうか? いや、ジェネレーターを使ったなら、逆にそうなる事もあるのだろう……


しかし、まったく同じ小説サイトを利用しているだなんて……この人はいったいどんな作品を書いているんだろうか?


気になって覗いてみる……


【大治郎】

「えっ? なんだ……これ……」


……


…………


……


【渉】

「なるほど。ハッキングされた可能性か……」


【律奏】

「この場合はクラックではないのかね?」


【妃那】

「使い分けが面倒なんでハラッキングって事で」


【大治郎】

「ふざけてる場合か! こっちは真剣なんだぞ!!」


昨日は夜も眠れなかった……自尊心とかそういうのはどうでもいい……


が、とにかく精神的にズタボロで、藁をもつかむ思いで探偵部なるうさん臭い部活に相談を持ち掛けた。


部長の律奏、助手の渉、相方の妃那。それに、新しく加わったらしい、克行と初雪というカップル。


メンバーがそろい踏みする部室の中で、何度も繰り返されるやる気の感じられないおちゃらけた発言に、いよいよ嫌気がさしていた。


それに、カーテンが閉め切られ外の景色が見えない窮屈さと、空間に漂うお香の匂いに吐き気がしてくる。


【渉】

「と言われてもな……」


【大治郎】

「トレッキングだろうが、ハイキングだろうが、

 なんだっていい! こっちは情報が盗まれたんだ。

 それに、ペンネームまで真似された!!」


【渉】

「ふざけてるのはどっちなんだか……」


【克行】

「なぁ、ハニーどんな感じだい? 俺にだけ聞かせてくれ」


部室の奥で資料を整理していた克行は恋人である初雪に声をかけ、黒くうつろな瞳が俺を睨んだ。


まったく、不気味な女だ……目の下にはぼんやりと闇が湛えているし、表情も鬱蒼としている……


【妃那】

「あ? なんすか?」


【初雪】

「ごにょごにょ……」


しかし、克行の提案には応じる事なく、口の悪い事で有名な妃那に耳打ちする。


【妃那】

「やっぱりクロっすねぇ……モジャモジャーって!

 ウジャウジャーってヤベーらしいっすよ。

 このままだとオシマイっすね? どうします!?」


【大治郎】

「いや、お終いっすねって……だから相談してる。

 それに、クロってどういう事だ?」


出されたコーヒーに映る自分を凝視するが、液体が黒いだけで、怪しい気配をまとっている様子はない。


【渉】

「先輩、少し落ち着いたらどうだ?」


先輩と言いつつ、何故こいつはタメ口なんだろうか? いや、どうでもいい。


確かに一理ある。バカ集団を相手にここまで声を荒げるなんて大人げない……


気分を落ち着けようとカップに口をつけると、立ち上る香ばしい匂いに反して、サッパリした緑茶の味が口内に広がった。


【大治郎】

「なんだこれ? コーヒーじゃないのか?」


【妃那】

「コーヒーフレーバーのお茶っすよ!?」


【大治郎】

「いや、おとなしくコーヒー飲めよ? アレルギーなら仕方ないが」


【妃那】

「苦いのダメな人に失礼っすよ!!」


【大治郎】

「じゃあ、コーヒー諦めろ!!

ったく、なんなんだ? 真面目にやるつもりはあるのか!?」


【律奏】

「渉君、彼に説明してあげたまえ。

 いったい何が起こっているのかをね?」


【渉】

「手短に言おう。先輩なら理解できるはずだ。

 この世にはこの世ならざる力が満ちている……」


【渉】

「おとぎ話に出てくる魔法と呼ばれる力……

 それに似たものが災いを起こしている」


【律奏】

「しかし、魔法の力がなにを目的とし、

 どこから発生し、どのような現象を起こしているか?

 それを突き止めない限り、解決は不可能なのだよ」


【大治郎】

「全然手短じゃないな」


【律奏】

「しかし、ここからの話は長くなるが、

 今回の件と魔法が関係しているのかどうかは、

 わからないのだよ」


【律奏】

「別件で魔力が働いている場合もあるのだからね」


【大治郎】

「それで終わりか? 全然長くないじゃないか……」


【渉】

「もちろんの事、警察の手に負えるような事件に、

 協力はできない。殺人が起きて首を突っ込めるのは、

 刑事局長の弟さんぐらいだ」


【渉】

「探偵部はあくまで、

 趣味の範囲でできる事件の解決しか手出ししない」


たしかにそうだ……ズブの素人が刑事事件や交通事故の処理に手を出せば、事態はこじれるばかりだ。


場合によっては、捜査の邪魔をしたなどと言われて御用になるだろう。


【大治郎】

「しかし、風邪ひいて医者にいったら、

 ガンが見つかったみたいになってるじゃないか!」


【渉】

「妙にわかり辛いたとえをするな……」


【妃那】

「人生一度きり。楽しみましょうって事っすよ!

 とりあえず焼肉奢ってください」


【大治郎】

「しねぇよ! はぁ……

 やっぱり、相談した俺がバカだった……

 大人しく警察に行くよ」


人の話だけ聞いておちょくっておいて、挙句には魔法とかなんとか言い始める。


席を立って出ていこうとする俺の背後で、誰かが誰かに耳打ちするのが聞こえた。


【初雪】

「ごにょごにょ……」


【律奏】

「なるほど……彼自身も魔力を……」


【初雪】

「使える、わけでは、なさそう……」


【渉】

「最近はこの手の事件が増えてきているな……

 悪用しなければいいが……」


【克行】

「この手の事件とはハニーの事か?」


【妃那】

「とりあえず、フクロウを連れて、

 列車に乗せた方がいいっすかね?」


【大治郎】

「適当な事ばかりで真面目にやる気はないのか!」


室内に充満する匂いと彼らの態度に嫌気がさし、部屋から出ようとしたとき、引き留めるかのように部長がボソリとつぶやいた。


【妃那】

「スマートフォンがポータルとなっている……」


気になってポケットに手を当てるが、スマートフォンはいつもと変わりない。ハッタリだと思い部室の扉に手をかけた。


【律奏】

「実のところ……君は直面している事態に、

 ただならぬ好奇心を抱いている? 違うかね?」


脳裏に蘇る少女の姿……赤いワンピースと麦わら帽子。風になびく長い黒髪と、透き通った草原の香り……


【律奏】

「やはりそのようだね?」


【大治郎】

「どういう事だ?」


【律奏】

「いや、単なる仮説に過ぎないが、

 事件以外の部分について推理させてもらおう。

 君が私たちに語らなかった部分を推理したものだ」


【律奏】

「準備はいいかね? 嫌なら出ていった方がいいし、

 我々も調査はしない」


やたら得意げな口調に思わず興味を惹かれてしまう。


が、どうせさっきとおんなじペテンだから耳を貸す気はない。


しかし、俺の手は扉を開こうとするどころか、取っ手を離してしまう。


立ち止まったまま体はどちらへも動こうとはしない。


魔法があるならばこういう技の事をいうのだろうか?


なるほど、説き伏せられたようなこの状況はとても屈辱的で、捨て台詞の一つでも吐きたくなる。


【大治郎】

「じゃあ聞かせてもらうとしよう……お手並み拝見だ!

しかし、その前に俺の話を……」


【律奏】

「なんだね?」


キッと強く睨みつけられるが怯む事はなかった。


【大治郎】

「探偵部は、どうしても関わりたいと思っている。

 金銭を含む見返りを要求しないつもりでいる」


【律奏】

「ご名答……独りよがりになるのは、

 悲しい結果しか生まない。

 出来るだけ多くの人間と同調し協力し合う」


【律奏】

「現代社会において最善であると思わないかね?」


【大治郎】

「……いいだろう……始めてくれ」


釣れたと言わんばかりの微笑を浮かべると、全員の視線が俺と部長に集まった。まるで見世物にされた動物の気分だ。


【律奏】

「では、私の話をするとしよう!」


探偵部の部長が指を鳴らすと、傍らにいた渉がファイルを手にしながら前へ出た。


【渉】

「結論から言わせてもらうと、

 犯人の顔を直接見たいと思っている。そうだろ?」


【大治郎】

「お前が推理するのかよ……その通りだ……」


【渉】

「それはいったいどうしてか?

 想定している相手は女だ」


何故そんな事を言い当てられるんだ?


【大治郎】

「顔を突き合わせた相手が、

 むさくるしいオッサンよりはいいだろ?」


【律奏】

「だけど、その相手にきっと、現実のような性別はないよ」


【大治郎】

「それはどういう事だ?」


【妃那】

「さっき言った通りっすよ。

この世ならざる力、

この世ならざる者」


【大治郎】

「俺が相手にしているのはバケモノだと?

 どうしてそこまでわかる!?」


【律奏】

「あくまで、推理だからだ」


【克行】

「ハニー、見ていられないよ。君の手柄だろ?」


【初雪】

「いいの……私は、目立ちたくない」


なるほど、二枚目男にしがみついているこの女は、超能力者かなにかか?


……だとすれば、コイツら他の四人は、つくづくポンコツというわけだ。


【大治郎】

「で、どうしてくれるんだ?」


【渉】

「いい考えがある……部長、あれを使っても?」


【律奏】

「構わないよ」


渉が取り出したのは一台のスマートフォン。


【大治郎】

「これをどうするんだ?」


【渉】

「便利道具! その名もフライングフォーンだ!!

 端的に言う、読者を装ってオフ会を設定するんだ」


【大治郎】

「自分のがある。

 なぜ別のスマートフォンを使う必要があるんだ?」


【律奏】

「いや、自分のスマートフォンを使ってはならない」


【大治郎】

「どうしてだ? 誰のかわからないのを使うより安心だ」


【渉】

「誰のものかわからないから安心なんだ」


【大治郎】

「意味がわからない。ちゃんと説明してくれ」


【律奏】

「君のスマートフォンはパソコンのアカウントと、

 同期されている。その二つは当然、相手にとっても、

 君の物である事が判明している」


【渉】

「おびき出そうとしたところで、バレバレ。

 でも、このスマートフォンは誰のものかわからない。

 何者かが接触を図ろうとしているとしか思われない」


【大治郎】

「バケモノ相手にそこまでやるのか?」


【妃那】

「知能がバケモノっすよ?」


知能がバケモノだって? ヘンな言い方をするな。国語の成績はきっと1だだ。


【大治郎】

「なるほど……しかし、知能がバケモノなら、

 俺のスマートフォンを通して、

 会話を聞かれてるんじゃないか?」


【渉】

「よく確認してみろ」


言われた通り自分のスマートフォンを取り出して確認してみると、画面の左上には圏外と表示されている。


【大治郎】

「だとしても、なんらかの方法で聞くことは、

 できるんじゃないか?」


【妃那】

「現実世界に存在してないんで、大丈夫っすよ?」


【大治郎】

「は? まったく意味がわからない。

 存在してないってどういう事だよ?」


【渉】

「妃那が言うには、外界とは隔絶された、

 亜空間の中にいるらしい」


渉がチラリと目をやるその先には、悪臭とも言うべきお香が、妙な色の煙を漂わせている。


【大治郎】

「あのお香がなにかあるのか?」


【渉】

「この世ならざる力の一つだ。

 扉の向こうは、確実に廊下が存在しているのにな」


【初雪】

「閉じられている、時だけ、遭難したみたいに……」


【克行】

「ハニー愛してるよ」


【初雪】

「木の家に、帰って……」


【大治郎】

「お前たちは本当に付き合っているのか?

 まぁどうでもいいとして……

 作戦会議は、バケモノには漏れていないという事か」


【渉】

「相手の警戒レベルを下げたまま近づける。

 注意しておくが、じっくり時間をかける事だ。

 一発目からオフ会しましょうなどとは言わない事だ」


【律奏】

「なるべく、こっちが感づいたと思われてはならない。

 いつもと変わりない普通の状態を装うんだ」


普通を装うか……


定義がとても曖昧なであるがゆえ、簡単なように思えて実は難しい。


【大治郎】

「約束を取り付けたら、後はどうする?」


【律奏】

「また我々の所に来るといい。次の作戦を指示しよう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る