第30話 獅子の獣人と純白の騎士

「諜報部のブライアン・ブレイズ大尉だ。責任者は誰か?」

「私だ。帝国軍第一機甲師団、サワ大尉だ」


 ブレイズ大尉とサワ大尉が握手を交わす。そこへもう一人の士官が近寄ってきた。えんじ色の軍服を着ているが、獅子の頭を持つ獣人だ。彼は身長が2メートル半もあるとんでもない大男だった。


「皇帝警護親衛隊のレグルス・ブラッド少佐だ。諜報部がこんな所で何をしている?」

「それはこちらのセリフだ。何故、貴様がここにいる。親衛隊が出張ってきているとは何事だ?」


 ブレイズとブラッド。この二人は旧知の中であるらしい。


「俺が出てくる理由はただ一つ。皇帝陛下の勅命って事だ」

「陛下の勅命だと?」

「当たり前だ。陛下が恣意的に動かせる部隊は黒剣と親衛隊だけなんだぞ……ってまさか、お前……黒剣だったのか」

「ブラッド。口が軽いぞ」

「すまんな」


 そんな二人の会話に私も加わる事にした。


「楽しそうですわね。私もお話に加えて下さるかしら」

「おおお。君は……キャトル型か? 胸元が貧相だな。もっとこう」


 レグルスは豊かな胸元が好きだとアピールしている。下品な男だ。しかし、親衛隊だというならあれでも信頼の篤いドールマスターなのだろう。


「言葉を慎め、レグルス。この方は……」

「お? 例のあの方でございましたか。これは大変失礼いたしました」


 身長が二メートル半もある大男がぺこりと頭を下げた。小柄な私に傅いているようで少し滑稽だった。


「レグルス少佐。戦車隊はそろそろ哨戒に出るぞ」

「ああ。任せる。俺のバックアップは不要だ」

「そうはいかん。二両つけておくからな。勝手な行動は慎めよ」


 サワ大尉が車両に乗り込んだ。そして、四両の平べったい形状の戦車はふわりと浮き上がってゆっくりと進んでいく。アレが帝国の主力戦車クナールだ。車輪も無限軌道キャタピラもついていない。共和国の車両と全然違う姿に驚いてしまうのだが、この帝国の戦車と共和国の戦車の戦闘になったとしたら、共和国軍は全く歯が立たないだろう。


「さて、俺も行くか」

「何をしに行く気だ?」

「もちろん、古の鋼鉄人形ロクセ・ファランクスを拝みに行く。必要あらば破壊せにゃならん」

「それは許されんぞ」

「何故だ? あの機体が暴走すればシュバル共和国は灰になるぞ」

「待って。あの鋼鉄人形には私の妹が乗っているの」

「あ?」


 獅子の獣人ブラッド少佐はしゃがみ込んで私の顔を見つめる。


「何だ。そう言う事か。陛下も人が悪い」

「貴様、意味がわかっているのか?」

「もちろんだ。千年前のいきさつには不明な点が多いが……」


 しゃがんだままのブラッドが私の両手を握る。それは非常に大きくて暖かい手だった。


「全てを私に任せて欲しい」

「あら。大きく出てこられましたね。なるほど、なるほど」

「姫様? 何か……企んで?」

「企むなんて人聞きの悪いことを。千年前も、私はシルヴェーヌの説得に失敗したのですが」

「はい」

「此度は〝恋〟をテ-マに説得してみようかと」

「恋でございますか。私には縁遠い事でございますが、まさか?」

「うふふ。そのまさかですよ。少佐にはシルヴェーヌと恋仲になっていただこうかしら?」

「え?」


 しゃがんでいたレグルスの巨体が硬直した。その様子をみてブレイズ大尉は口を押え、クスクスと笑っている。


「シルヴェーヌの他にもう一人、妹がいますの。名はリリアーヌ。ブレイズ大尉には彼女のお相手をお願いいたします」

「そ、そのような事は聞いておりませぬが」

「たった今、決定しました。お二方、まだご結婚はされていませんね」

「そうでございますが、いや、しかし、そのような事は命じられておりませぬし」


 グズグズと返事を渋っているブレイズの額をレグルスが小突いた。


「痛いぞ」

「諦めろ。この唐変木め」

「貴様に言われたくはないわ」


 じゃれ合っている二人の士官を見つめる。さて、この二人が妹たちの御眼鏡に適うのかどうか、興味は尽きない。


「では、ブラッド少佐。現地まで案内していただけますか?」

「お任せください。こちらへ」


 少佐の向かう方向には、純白の鋼鉄人形が起立していた。アレが親衛隊の専用機。しかし、あの白い塗装は目立ちすぎるし、黄金色のレリーフも施してある。この機体は戦闘用ではなく式典用なのではなかろうか。しかし、これは好都合かもしれない。


「ブラッド少佐。この機体は?」

「現行型の鋼鉄人形でございます。霊力子反応炉は従来の物よりも高出力化され、また高次元型霊力子蓄積体を併設しておりますので、千年前の機体と違って戦闘が長引く事により、ドールマスターが命を落とす事はなくなりました」

「新型なのですね」

「そうです」


 そうか。こんな機体が千年前にあるならば、リリアーヌや鋼鉄人形の中核にいた少女ローゼのような悲劇は起きなかったのかもしれない。


 私はブラッド少佐と共にリフトに乗り、純白のゼクローザスへと乗り込んだのだが、座席は一つしかなかった。


「私が先に乗り込みます。姫様は私の後に」

「どこに座るのですか」

「私の膝の上でございますが……何かご不満でも?」

「いえ、何でもありません。ロクセは複座型であったので、この機体もそうだと勝手に思い込んでおりました。ブレイズ大尉は?」

「戦車に乗っております。あの戦車は空中を移動できますから」


 ブラッド少佐が指をさす方向に、森の木々よりも高く浮き上がった戦車クナールが見えた。そして、すうーっと前進していく。もう一両の戦車は先ほどの駐屯地に残っているらしい。


 シルヴェーヌとリリアーヌ。彼女達は恋愛とは無縁の人生を送ってきたのだ。それならばこの先は、彼女達の自由にしてやりたい。素敵な殿方と結ばれる幸せな人生を送らせてあげたい。私は切に、そう願っていた。

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