第31話 鋼鉄人形の中へ

 森林の火災は次第に鎮火しつつあった。まだまだ炎が上がっている場所もあったが、火勢が弱まり熾火となって白煙が上がっている場所も多かった。純白のゼクローザスは鎮火している焼け跡を歩行していた。私はゼクローザスの操縦席に座っている。獅子の獣人ブラッド少佐の膝の上だ。


「もうすぐ古都イブニスです。偵察部隊の情報から、この先、旧都の外れにロクセ・ファランクスが擱座かくざしていることが判明しています」

「そうなんですね。既に擱座していると。もう、動けないのでしょうか」

「その点は不明です。しかし、ロクセはこの周辺を焼き尽くしたため、既にエネルギーを消費し稼働状態にはないと思われます。今のところ、我々帝国軍を含め、どの陣営とも接触はしていません」

「それはよかった」


 そうだ。他の陣営に確保される前に、私が何とかしなくてはいけない。しかし、アルマ帝国がこの件で真っ先に動いていた事には驚いた。ロクセは帝国から供与された兵器だが、だからと言って、この件で帝国に責任があるとは思えない。


「ブラッド少佐。質問してもよろしいでしょうか?」

「構いませんよ。ちなみに、私の彼女いない歴は48年ですね。あ、そうそう、帝国の人間は獣人も含めて成長が遅く長寿です。パルティアと比較するなら、成長するのに概ね倍の日数がかかります」

「それは……パルティアの人であるなら、24歳になると?」

「そうですね。私も軍事を司るラメルの伯爵家に生まれまして、幼いころから格闘術や銃火器の扱い、そして鋼鉄人形の扱いなどを厳しく仕込まれましてね。遊ぶ間もなく色恋沙汰にうつつを抜かす余裕もなく現在に至っております」

「私の青春時代もそのような感じでした。パルティアの宗教的な修行に明け暮れていましたね」

「私たちは気が合うのかもしれませんね。あっと失礼。質問とは?」

「それは、帝国が貴方を派遣した理由です。皇帝陛下直属なのでしょう? そんな貴重な戦力を、しかも迅速に派遣されたのです。その理由がわからりません」

「そうでしたか。千年前のパルティア戦争の時ですね。皇帝陛下……先々代のアルフ帝ですが、当時は星間連合協定に基づきパルティアへの軍事支援を最小のものとしました。攻め入った方、キリジリア公国があのような大規模な戦力の投入をするという情報が無かったのもその理由なのですが」

「空母が三隻、大戦艦まで王都へと攻め入って来ました」

「そう。そもそも、そのような大型の戦闘艦を地上に降ろす事など、星間連合法違反なのです。相手が違法行為をするなど思ってもみなかった。この、帝国の甘い認識があの悲劇を生んだ。それは全て自身の責であると、アルフ帝は認識されていたのです」

「そうだったのですね」

「はい。現皇帝であるミザール様は、パルティア王国を何が何でも支援して差し上げろと仰せでした。しかし、そのパルティアは100年前、革命により滅ぼされてしまった」

「共産主義革命ですね。全ての人を平等にというスローガンの元、凄惨な暴力行為が容認されました」

「他国からの侵略行為であるならば帝国は介入できたのですが、内乱でしたので」

「傍観するしかなかったと」

「その通りです。古都イブニスに残されたロクセ・ファランクスに関しても、シュバル共和国において処理するとの事でした」

「解体すると」

「そうです。閉じ込められているシルヴェーヌ姫とリリアーヌ姫の救助も含め、共和国側が責任をもって進める事となっておりました」

「しかし、共和国軍の急進派がロクセを戦力化しようとした」

「そうです。その点に関しても帝国からは抗議しておりましたが聞き入れてもらえなかったのです。今回、ロクセが暴走した事で帝国が介入できる事態となったのです」

「なかなか難しいわね」

「ええ。そろそろ、旧イブニス市街が見えてまいります」


 市街といっても建物など残っていない。唯一維持されていたロクセ中央神殿も燃え落ちてしまっている。石造りの城壁や城門の跡もあるが、殆どは崩れ落ちており、基礎の部分しか残っていない。


 その城門跡にロクセ・ファランクスを見つけた。崩れた城壁に背を預け、両脚を投げ出している格好だ。既に停止していた。


「ブラッド少佐。下に降ります。扉を開けて」

「了解。私も行った方が?」

「そうですね。一緒に来てください。ブレイズ大尉!」


 空中を疾駆する戦車で先行していたブレイズはロクセの足元で待機していた。


「はい」

「今からロクセの中へと向かいます。貴方も、ブラッド少佐と共に来てくださいね」

「え? 何とおっしゃいましたか?」

「今からロクセの中へと入るからついて来い、と言いました。何か不都合でも?」

「いえ、整備部隊もいないのに中へ入るなど不可能なのでは?」

「そんな事はありませんよ。私は何度か中核部分へ入った事がありますし、その中の少女ローゼと会話したこともあります。さあ、行きますよ。ブラッド少佐も」


 私はブラッド少佐とブレイズ大尉の手を引き、鋼鉄人形へと歩んでいく。しかし、ブラッド少佐もブレイズ大尉も、私のやろうとしている事が理解できないらしい。やや呆けた表情をしている。ブラッド少佐が質問して来た。


「ところで姫様。これからどうされるのですか?」

「先ほども言いましたが、ロクセの中核部分へ行きます」

「そんな事が可能なのですか? 私はこれでもドールマスターなのですが、中核部分と言うような異次元世界へと踏み入った事などないのです」

「でしょうね。鋼鉄人形の中核には何がしかの意識体が設定されているのです。帝国の技術者は何か色々な機械を使ってその意識体と接続すのですが、私は素のまま行くことができます」


 当惑している二人の手を引き、私は鋼鉄人形へと近づく。


「お二人は私の肩に片手を乗せてください」

「はい」

「わかりました」


 二人の手が肩に触れた事を確認し、私はロクセの脚に触れた。私たちは眩い光に包まれ、次の瞬間には荒野の中に立っていた。


 この、荒んだ風景。

 これがロクセの中核部分だ。


 平らな岩の上に一人の少女が横たわっていた。


 鱗に覆われた真っ黒な肌と真っ黒な髪。渦を巻いた二本の角。華奢な体つき。


 この子がシルヴェーヌとリリアーヌとローゼ。三人の娘が一体になっているんだ。


 私は彼女を抱きしめた。途端に涙が溢れて来た。この涙は当分の間、止まりそうになかった。

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