第20話 鋼鉄人形の少女

 荒地の中に一人の少女が立ちすくんでいた。

 少女と言っていいのだろうか。


 体型は私と変わらないと思う。

 でも、彼女は服を着ていなくて、全身真っ黒で、でも肌は露出してなくて、何か鱗のようなものに覆われていた。そして彼女の頭には二本の角が、渦を巻いて生えている。


「こんにちは。私はロクセ・ファランクス。でも中の人はローゼです」

「リリアーヌ・アラセスタです」


 私は彼女と握手をした。私は何故か、彼女が鋼鉄人形の中核部分であると理解していた。理由はわからない。


「ええーっと。ロクセ・ファランクスは鋼鉄人形の名前で、ローゼが貴方の名前って事ですよね」

「はい。その通りです。私の事はローちゃんって呼んでね。貴方の事はリリちゃんって呼ぶわ」

「わ……わかった……ローちゃん……ね」


 何故か親し気に話しかけてくる。


「あなたも大変ね。貧乏くじを引いたって感じかな?」

「貧乏くじなのか大当たりなのかはわからない。私は王国の危機を救わなければいけないんだ」

「それは知ってる。あなたがここまで来たってのはそういう事。切羽詰まってる」

「なら私に協力して。王国を守って。そして、シルヴェーヌを守って」

「シルヴェーヌ……シルちゃんね。うーん。どうしよっかな」

「どうするって? 私とあなたの二人で鋼鉄人形を動かして戦えばいい。シルヴェーヌを巻き込みたくない」

「なるほど、あなたの気持ちはよくわかるわ。でもね、私は兵器なの。意思を持つ兵器。本来、私はドールマスターが二人で搭乗するように作られているの」

「そう聞いた。シルヴェーヌは既に操縦席に座ってる。でも、私はシルヴェーヌを戦わせたくないの」

「その気持ちはよくわかる。でもね。私は、鋼鉄人形ロクセは、ドールマスターが乗り込んで初めて動かすことができるの。でも、あなたたち二人はドールマスターじゃない。だから、別の方法で操作するのよ。それはね。私の体、鋼鉄人形を形成している霊体の中に人を組み込む事で完成する。それは私の心臓と目なの」

「既に聞いています。心臓と目」

「そう。心臓と目。あなたは心臓としてここに来た。鋼鉄人形の体に力を送る役目。でも、目は他の人、心臓とは違う人でなくてはいけない。心臓は何も見ることができないからね」


 確かにその通りだ。心臓が物を見るなんてない。


「心臓と目は、どちらの方がリスクが高いの?」

「うーん。そうだねえ」


 腕組みをして考え込むロクセだ。私と大して違わない体型の、黒い鱗に覆われた皮膚と、渦を巻く角を持つ少女。異形の姿なのだが何故か可愛らしい。


「心臓の方は高次元化して私と一体化するからね。戦闘が長引いたりした場合に霊力を使い果たして死んじゃうのが心臓の方。その場合、目は死なない。でもね、目の方は三次元存在のままだから、撃破された場合は目の方が先に死ぬ」

「撃破だと。鋼鉄人形は無敵ではないのか」

「まあ、雑魚相手なら無敵と言っていいよ。でもね。相手も鋼鉄人形だったら必ず勝てるという保証はない。戦えばどっちかが死ぬよ」


 そうだ。これは戦争なんだ。自分が絶対に勝つ戦いなんてあるわけない。なら、シルヴェーヌを死なせない為にはどうしたらいい。


「悩んでも仕方がないよ。こう考えたらどうかな。鋼鉄人形はね。搭乗者の霊力によって動く。鋼鉄人形の力は搭乗者の霊力に比例する」

「だったら、私が頑張ればいい」

「そう。その意気だね。上位のドールマスターが操る鋼鉄人形は、全ての物を穿ち切り裂き破壊する。時には光の速度をも超えてね」

「光……よりも速いの?」

「そうよ。だから無敵」


 何となくわかった気がする。搭乗者次第で無敵になれる鋼鉄人形を帝国が供与した理由が。私たちの意思の力で勝ち取ってこその勝利に意味があるからだ。


「だったら、シルヴェーヌを守るために、私は目一杯、力を振り絞ればいいのね」

「そうね。目から送られてくる情報、この敵を叩けという意思に従って私が動く。大丈夫。私たちならきっとやれるわ」

「もし、シルヴェーヌが躊躇したらどうなるの? あの子、優しいから目の前の敵を叩けないかもしれない」

「そっちの心配なの? うーん。その時はあなたが尻を叩くしかないよ。戦争ってね。負けた方は悲惨なんだ」

「その話は聞いたことがある」

「女は悲惨だよ。普通に凌辱されるからね。特に、身分のある女は見せしめに公開レイプされるから」


 さすがに息がつまった。そんなシチュエーションは、私にはちょっと想像できない。


「その後は殺されるか性奴隷だよ。身分が高い男が引き取ってくれれば儲けものだけどね」

「よく知ってるのね」

「まあね。私も元々人間だったし……ああ、こんな見た目だけど人間なんだよ。悪魔じゃない」

「そうなんだ」

「そう。ここに来て500年以上になるよ」

「そんなに?」

「うん。だから色々見て来たんだ。戦争の嫌な部分をね」

「辛かったんだね」

「わかる?」

「多分、わかるよ」

「リリちゃん、好き」


 黒い鱗の体をもつローゼが私に抱きついて来た。そして私の頬に軽く唇を寄せた。


「そろそろ起動するよ。目と心臓が繋がる」

「わかった。でも、私はどうすればいいの?」

「心を強く持って。シルちゃんに負けないでって声をかけて。敵を倒せって強く念じて」

「わかった」

「リリちゃんとシルちゃんの気持ちが続く限り、私は戦える。誰にも負けない」

「うん。もし辛くなったら、ローちゃんって呼んでもいい?」

「いいよ。私はここにいる。辛くなったら私を呼んで。ローちゃんって」


 ロクセの中の人は異形の人間だった。彼女と力を合わせればきっと何とかなる。私たちは勝てる。そう確信できた。


 そして周囲は真っ暗になった。次の瞬間、私は鋼鉄人形の操縦席に座っていた。前後に並ぶ座席の後ろ側に私。前の席にはシルヴェーヌが座っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る