第19話 霊体との接続
ドーンと遠方で爆発音が響いている。
あろうことか、異星の機械兵器を用いたキリジリア公国軍が、国都イブニスへと迫っているらしい。彼らは戦車や大砲を使って我が王国を攻め込み、王都を包囲しようとしているのだ。
我が王国軍の陣容は、剣と槍を持つ重装兵と弓兵、そして騎兵と竜騎兵が中心だ。その王国軍は、機械兵器を相手にして大きな損害を被り敗走を続けている。僅かな、ほんの数名しかいない精霊の歌姫が王都の守りについた事で、何とか侵攻を食い止めているらしい。
私とシルヴェーヌは今、例の鋼鉄人形の為に急造された格納庫に来ている。身に着けているのは濃いグリーンの、色気も何もない戦闘服だ。王女という立場上、こんな粗末な服を着た事はなかった。
格納庫と言っても木材の枠組みに天幕を張っただけの粗末なもので、灰色の布は風にはためきバタバタと音をたてている。
今、私の目の前には鈍色(にびいろ)の鎧をまとっている鋼鉄人形が起立していた。重装歩兵をそのまま大きくしたような姿をしている。その前で、数名の技術者が何かの機械を操作していた。彼らは獣人ではなく、私たちと同じ人間だった。
「私はレオン・グリークと申します」
「リリアーヌ・アラセスタです」
「シルヴェーヌ・アラセスタです」
挨拶してきた彼は、恐らく一番地位の高い人物だ。何か煌びやかな装飾が施してある丈の長い上着を着ている。帝国の貴族なのだろうか。他の人は作業用の白衣だ。私は彼と握手をした。
「早速ですが、リリアーヌ姫にコントロールユニットを接続させていただきます。そうする事で、この鋼鉄人形ロクセの出力系が姫様と一体化いたします」
「わかりました。お願いします」
私は金属製のベッドに寝かせられた。そして頭部にひも状の、何か機械の端末をくっつけられた。それは両手両足にも、胸やお腹にも、体中に、何十本も。
「では参ります。今からリリアーヌ様を高次元化しロクセの心臓と一体化いたします」
レオン・グリークの言っている言葉が理解できない。自分がどうなるのか不安感が増す。しかし、王国防衛の為だ。四の五の言っている場合じゃない。
「よろしいですね」
「どうぞ」
私は迷うことなく同意した。
レオンの指示で、機械類が動き始めた。ブーンと低く唸る音が周囲に響く。そして私は眩しい光に包まれる。
レオンが計器を睨みながらカウントダウンを始めた。
「3……2……1……やれ」
私を包んでいる光は更に強くなり激しく瞬いた。その後、周囲は真っ暗になった。どうなったんだ。上手くいったのか?
あたりを見まわした。しかし、何も見えない。漆黒の闇が広がるばかりだ。暗闇の中だが、鋼鉄人形の周囲にいた人達の会話が聞こえた。
『リリアーヌ姫は三次元空間から消失。高次元化を確認しました』
『接続を開始します』
『霊力子反応炉とのシンクロ率……上昇中。80パーセント……90パーセント……100パーセント。リリアーヌ姫と反応炉の一体化を確認しました』
『よろしい』
『霊力子反応炉の出力上昇中。規定値到達まであと5分』
『あの。姉さまは消えてしまいました。リリア姉さまはどうなったのですか?』
『落ち着いてください。シルヴェーヌ姫。今、リリアーヌ姫の肉体は高次元化され、鋼鉄人形の反応炉、即ち心臓と一体化されたのです』
『え? 心臓と一体化ってどういうことですか? 元に戻れるの?』
『問題ありません。戦闘が終われば元の姿へ戻る事が出来ます。シルヴェーヌ姫には鋼鉄人形の目となっていただきます。シルヴェーヌ姫が目に、リリアーヌ姫が心臓になられる事で、鋼鉄人形は無限の力を発揮できるのです』
『そうなのですね。では王国を守るため、私は鋼鉄人形の目になります』
『ありがとうございます。ではこちらへ』
シルヴェーヌも決心したようだ。彼女を巻き込みたくはなかったが仕方がない。王国が滅んでしまっては元も子もないからだ。
『シルヴェーヌ姫。こちらのリフトにお乗りください』
『私はどうなるのですか?』
『鋼鉄人形の操縦席に座っていただきます。そのまま姫様の意識とロクセの目を接続いたします』
『私がロクセの目になるのですね』
『はい、そうです』
『姫様。こちらにお座りください。そうです。シートベルトを締めさせていただきます。そしてこちらのヘルメットを装着いたします』
『わかりました』
恐らく鋼鉄人形の胸の部分に操縦席が設置されているんだ。シルヴェーヌはそこに座っている。
『では、鋼鉄人形と接続します』
『はい』
『どうですか? 今、シルヴェーヌ姫の視界は鋼鉄人形の視界と一致していると思いますが』
『はい。私は高い位置からあなた方を見下ろしています。これがロクセの視界なのですね』
『そうなります。ところで、リリアーヌ姫と会話は出来ますか』
『姉さまと話せるの?』
『可能となるはずですが……どうした? ベルタ』
『まだ、霊力子反応炉は臨界に達していません』
『そうだったな。もう少しお待ちください。あと少しでリリアーヌ姫とお話しできます』
『わかりました』
そうか。シルヴェーヌと話ができるのか。その事を聞いて少し安心した。何も見えていないのはやはり不安だったからだ。
『ところでグリーク准将。私も戦うぞ』
『いや、それは越権行為になるから止めておけ』
『そうはいかんな。私が戦うなら、二人の姫君は戦わずに済むかもしれない。年端もゆかぬ乙女を戦場に出すなど、ドールマスターのする事ではない』
『騎士道精神か。だがな。余計な事をすると戦後処理を有利に進められなくなる』
『戦後処理のために姫君を犠牲にするのか?』
『貴様の気持ちはわかる。しかしな、バーナード大尉。姫君に戦ってもらう事こそが、パルティア王国を救うための最良の方策だ。帝国の介入を最小限に抑え、戦後処理を有利に進めるために必要なのだよ』
『有利に進めるためだと?』
『ああ、そうだ。今回の危機に乗じて、親帝国の国家をこの地に建国するのだ』
『それは侵略ではないのか』
『いや違う。侵略者からこの惑星を守るためだ』
『我らが先に楔を打ち、他の勢力が介入し辛い状況を作ると?』
『そういう事だ。今まで帝国が干渉しなかったが故、あの猿どもがキリジリア公国に入り込んでしまった。そしてパルティア王国が侵略されようとしている』
『その通り……だな』
『達観しろ、バーナード大尉。我々の行動がこの地の平和を築くのだ』
『それはわかった。しかし、私は出撃するぞ』
『貴様が戦えば、帝国に有利な戦後処理が進められない』
『貴公の政治力で何とかすればいい。それに、お二人の姫君が生還されれば、パルティアの再建も容易いのではないか』
『その点では同意する。損害を抑えればそれだけ再建は容易だ。しかし、貴様の出撃に関して我々技術部隊は関与しない。一切の責任は貴様個人に帰するぞ』
『それでいい』
事情はよくわからないのだが、あの、狼男のバーナード大尉が私と共に戦ってくれるらしい。これには頼もしさを感じた。
『霊力子反応炉、出力臨界点へ』
『よし、ロクセを起動しろ』
『了解』
突然、ゴウゴウと地鳴りのような音が響き始めた。そして、真っ暗だった私の視界は突然明るくなった。周囲の状況が見渡せるかと思ったが、そんな事はなかった。私は何故か、砂漠のような荒地に一人で立っていた。
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