第18話 リリアーヌの決意

 目を開いた私の眼前にはシルヴェーヌがいた。泣きはらしていたようで、彼女の目元は真っ赤になって腫れている。彼女に何があったのだろうか?


「姉さま。リリア姉さま。死んじゃったのかと思ったんだから」


 意味不明な事を言っている。そして私の胸に顔を埋めて再び泣き始めた。一体何があったのか……って、思い出した。三角形の戦闘機が爆弾を落としたんだ。私たちのすぐ近くに。私とシルヴェーヌは帝国から来た二人の獣人に庇われた。多分それで助かった。


「あ、思い出した。シルヴェーヌちゃん。貴方は大丈夫だったの?」

「ええ。私は何ともありませんでした。帝国のお方に庇っていただいたので」

「そうか。そうだったね。帝国のお二方は?」

「お元気ですよ。ロジェ様も、アンナとグレイスも無事でした。でも、講堂には爆弾が落ちてバラバラになって、せっかくグレイス達が用意してくれたランチも吹っ飛んじゃったし、池にも爆弾が落ちてお魚はみんな死んじゃいました」

「そえは残念だったな。うん、残念だ。シルヴェーヌを池に落として……」

「え?」

「いや何でもない。冗談。ところであの戦闘機はどうした? 5~6機いたようだが」

「王宮上空には7機いたそうです。ロジェ様が精霊の歌を詠唱され、全て落とされました。そのうちの2機は壊れてなくて、再使用できるみたいです」

「そうなんだ。飛ばせると良いな。だがしかし、我が王国の者があんな戦闘機を扱えるとは思えないなあ」

「私もそう思います。あんな機械が空を飛ぶって、そもそも信じられないし」


 まったくだ。あんな機械兵器を使用されたなら、それは一方的な殺戮にしかならないだろう。しかし、そんな機械兵器を落してしまう精霊の歌も大概なのだが。


「リリアーヌ様、お気づきになられましたか? 体調は如何ですか?」


 声をかけてきたのは兎女だった。シルヴェーヌとの会話に夢中になっていたので気づかなかったのだが、いつの間にかアルマ帝国の獣人二人がベッドの脇に立っていた。


「多分、大丈夫」


 私はベッドから降りて立ち上がる。体のどこにも痛みは無いし、頭がふらついたり目まいがしたりすることも無かった。


「あの、庇ってくださってありがとうございます。えーっと」

「ケヴィン・バーナードです。咄嗟の事で失礼いたしました。ここに深くお詫び申し上げます」


 私を押し倒した事を謝っているんだ。意外と律儀。嫁入り前の王女を押し倒したとはいえ、あの状況なら誰も文句を言わないだろう。


「いえ、お気になさらずに。貴方のおかげで怪我をせずに済みました」


 シルヴェーヌも兎女……ベルタ・フランツにお礼を言っていた。狼男のバーナードが話しかけてくる。


「さて、リリアーヌ姫。一刻の猶予もございません。あのような、航空機での奇襲や多数の戦車などで攻め込まれますと、パルティア王国の戦力では防ぐことができません。先ほどはロジェ様の精霊の歌で撃退できましたが、その、精霊の歌の使い手は数えるほどしかいないらしいですね。それに、一日に何度も使える技でもないと」

「わかっています。ですが、少しお話しておきたい事があります」


 私は狼男のバーナードを伴い、部屋の外へと出た。そして小声で彼に話しかける。


「現在、王国が危機的状況にある事。私たちが帝国の鋼鉄人形を操らなければ王国が滅びてしまうかもしれない事は理解しています。しかし私は、あの内向的で気弱で誰にでも優しい妹に、戦争の真似事、いや、本物の戦争をさせるわけにはいかないのです。面倒事は全て私が引き受けます。ですからどうか、シルヴェーヌには何もさせないで」


 私の言葉に頷いているバーナードだが、それでも彼は私の意見を肯定しなかった。


「リリアーヌ姫のお気持ちは理解いたします。此度、我々が持ち込んだロクセは複座型となっております」

「それは、二人で操縦するって事なの?」

「そうでございます。お二人でないと、ロクセを動かすことはできません」

「どうにかならないの?」

「なりません。鋼鉄人形は人の霊力で動くのです。それは言い換えるなら、命を削って操縦すると言ってもいい。仮に一人で操縦できたとしても、生命に対するリスクが高まりますので、とてもお勧めできません」

「リスクって? どんなリスクなの? それ全部、私が背負うから!」


 少し声を荒げてしまった。命を削って操縦するのなら、下手すれば死んじゃうって事だ。そんなリスクをシルヴェーヌに背負わせるわけにはいかない。狼男のバーナードは眉間に皺をよせつつも、私の言葉に頷いていた。


「ベルタ。ちょっと」


 兎女を呼んだ。そして小声で何か話している。彼女は頷きつつ私を見つめた。そして一歩近寄ってから話しかけて来た。


「リリアーヌ姫。実は、試してみたい操作方法があるのです」

「はい」

「その操作方法が上手く機能すれば、生命に対するリスクは貴方一人で負うようになります。シルヴェーヌ姫の方は殆どリスクを負うことはありません」

「ならそうしてください。どんな痛みでも耐えて見せます」


 私は兎女を一心に見つめた。彼女は微笑みながら頷いている。


「具体的な事は後程、鋼鉄人形の調整時にお話しましょう」

「はい」

「大丈夫です。痛い事、苦しい事など何もありませんよ」


 妙に明るく話しかけてくる兎女だ。この、乗り気の彼女と怪訝な表情をしている狼男の差は大きい。何かが引っ掛かる。

 しかし、この話は渡りに船だ。シルヴェーヌを危険な目に遭わせたくない。その為なら何だってやる。


 私の、この決意が揺らぐことなど絶対にない。

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