第21話 ロクセ・ファランクス出撃

「いよっ! シルヴェーヌちゃんお久しぶり」

「え? リリア姉さまですか?」

「そうです。リリちゃんです」

「今どこにいらっしゃるのですか?」

「シルヴェーヌちゃんの後ろに座っているよ。ほらほら」


 私は後ろからシルヴェーヌの頬をつついてみた。でも彼女の体は動かないし振り向きもしない。


「リリア姉さま。くすぐったいです」

「本当に? あなたの体、動いてないけど」

「ごめんなさい。私は今、ロクセの目になってるんです」

「そうだったね。私は高次元化して心臓になってるらしいんだけど……操縦席に座ってるし、シルちゃんも突けるし。どうなってんのかな?」

「わかりません。あ、天幕が外されました。今から出撃するようです」

「うーっし。やるぞお」

「はい。私はどうしたらいいのかな。そうだった。ロクセにどう動くのか念じるんだ」

「頑張れシルヴェーヌちゃん」

「はい」


 目の前に座っているシルヴェーヌはピクリとも動かない。更にその前方の画面には、外の景色が投影されている。これが恐らく、鋼鉄人形の目となったシルヴェーヌの視界なのだろう。


 ロクセのしょぼい格納庫は、三重になっている城壁の一番内側の城門の傍に設置されていた。一番外側の城壁周辺では既に戦闘が始まっているようで、あちこちから煙と炎が吹き上がっていた。

 

「さあシルヴェーヌ。やるよ」

「はい、リリア姉さま」


 シルヴェーヌがその気になってくれたようだ。その瞬間、正面の画面上に、敵ユニットの種類と数、距離と移動速度、予想脅威度など、様々な情報が表示され始めた。鋼鉄人形の目とは、単に映像を見るだけじゃなかった。戦う相手の数や強さまで、はっきりと見通す目なんだ。


「まるで神様の目ね。全部見えてる」

「はいそうです。ローちゃんはすごいんです」

「あ、ローちゃん。シルヴェーヌは何をしたらいいの」

「はい。モニター上の予想脅威度の高い敵を叩けと命令して下さい。赤いマーキングがされている目標です。シルちゃんの指示に従って私が攻撃します。尚、攻撃の際にリリちゃんの霊力が少しずつ消費されます。その様子は右上のグリーンのバーに表示されます。左側がシルちゃんの霊力バー。中央の円グラフが私、ローちゃんのダメージを表示しています」

「シルヴェーヌ。聞こえてる?」

「はい、聞こえています。ローちゃんって?」

「鋼鉄人形の中核を成す人格……かな? シルヴェーヌはローちゃんにあの敵をやっつけてって命令するのよ」

「わかりました。ローちゃん、よろしくお願いいたします」

「よろしくね、シルちゃん」


 現在、城壁の周囲には敵の歩兵部隊が展開し、断続的に迫撃砲での攻撃を加えている。その砲弾は、城壁を飛び越えて城内へ落下している。このエリアにあるのは殆どが民家なんだ。先ずはこの迫撃砲を潰さなければ。


「ローちゃん。先ずはあの、城壁外に散開している迫撃砲部隊を潰します。あそこまでジャンプできますか」

「了解」


 ロクセは身長が14メートルもある。そして、分厚い金属製の鎧をまとっているので相当な重量があるはずだ。そのロクセはふわりと浮き上がってから数キロメートルの距離を一気に跳躍した。この巨体を豆でも飛ばすように軽々と。


「すごい。飛んじゃった」

「ローちゃんに任せて。じゃあ武器を出すよ」


 ロクセは長い槍を抱えていた。概ね30メートルもある長い長い槍だ。その先端には銀色に輝く両刃の穂先が付いていた。


「やっちゃうよ」


 ローゼが叫ぶ。鋼鉄人形はその長い槍をブンブンと振り回し、迫撃砲が設置してある陣地を叩き潰していく。周囲の兵隊は我先にと逃げ出していた。


 点滅する赤いマーキングが24個表示された。距離は概ね2000メートルで、その脇には戦車との表示があった。今まで隠れていたんだ。


 動く鉄の箱。大砲を載せている機械兵器。その大砲で攻撃するなら、私たち王宮の城壁なんて簡単に吹き飛ばせるのにそうしなかった。それは多分、このロクセが出てくるのを待っていた。包囲して一気に叩く気だったんだ。


 ロクセを中心に半円形に並んだ戦車は一旦停止した。そしてその大砲が一斉に火を噴いた。


「防御して」

「任せて」


 シルヴェーヌの命令にローゼが応える。全ての砲弾はロクセの周囲で弾かれ爆発した。何か、透明な固い防壁がロクセの周囲に張り巡らされている。


 24両の戦車は再び大砲を斉射して来た。しかし、その砲弾はロクセには届かず、透明な防壁に全て弾かれた。


「あの戦車を攻撃します。一度に複数を攻撃できますか」

「任せといて。光弾を使います。ちょっと霊力を使うから、リリちゃんは意識をしっかり」


 そうだった。ロクセの攻撃力は私の霊力が担うんだ。私は下腹に力を入れ、ふんと踏ん張ってみた。

 ロクセの両肩が眩しく光り、24個の光弾が大空へと放たれた。それらは個々に意識があるかのように、一つ一つが別々の戦車を狙って飛行し命中した。24両の戦車は一瞬で全て破壊された。


「ローちゃん、凄いね」

「任せなさい。おっと、遠距離からの砲撃よ」


 ロクセの周囲に遠方からの砲弾が次々と着弾する。モニターには赤いマーキングが十数個、12000メートルの距離に自走砲と表示されていた。


「12000メートル先の敵、攻撃できますか」

「大丈夫よ。光弾で十分に届きます」

「じゃあ光弾で攻撃。アレはほっとくと城内を攻撃されます」

「了解ね」


 再びロクセの両肩が光った。十五個の光弾は大空に舞い上がり、そして12000メートルの距離を一気に飛翔した。


「全弾命中かな? ローちゃん凄いね」

「まあね。えへへ」


 あの、真っ黒な鱗に覆われた異形の少女ローゼが笑っている。姿は見えていないけど、そんな様子がはっきりとわかった。


「城門が開きました。竜騎兵隊が出撃します」


 その様子もはっきりと見えた。敵の歩兵隊も銃を構えて抵抗するのだが、もはや組織的な戦闘は不可能なようで、我が王国の竜騎兵に蹴散らされていた。


 また赤いマーキングが三つ浮かび上がる。重機関銃陣地と表示された。


「シルヴェーヌちゃん。二時の方向、重機関銃。竜騎兵隊を狙っている」

「わかりました。行け!」


 その重機関銃が射撃を始める前に、ロクセの長い槍がその陣地を叩いていた。敵兵は逃げ惑い、その敵に竜騎兵が襲い掛かる。


 竜騎兵とは、二足歩行する地竜に鎧を着せその背に騎兵が跨っている。我が王国で最も強いと言われている部隊だ。戦車部隊と重機関銃陣地をロクセが潰したので、竜騎兵隊は敵軍の歩兵部隊を易々と蹂躙したのだ。

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