第二章 パルティア王国の三王女

第16話 迫りくる危機

「きゃああああ!」


 シルヴェーヌが悲鳴を上げる。私が差し出したザリガニがそんなに怖かったのだろうか。笑ってしまう。


「ふふふ。成功、成功。良きかな良きかな」


 今日のドッキリも成功した。ここは後宮の中にある庭の一つ。池を囲んで木々が豊富に植えられており、昆虫や水棲の小動物がたくさんいる場所だ。

 この庭は重宝している。ここに来れば、私の可愛いシルヴェーヌに悪戯できちゃうから。金色の髪と青い瞳と、雪のような真っ白な肌を持つ私の妹。可愛い可愛いシルヴェーヌはちょっぴり怖がりで、昆虫なんかを近づけると可愛い悲鳴を上げるんだ。今日はたまたま、通路を歩いているザリガニを見つけてしまった。これ、やるしかないじゃない。


「リリア姉さま。少しは私の気持ちも考えて欲しいです。ザリガニとか気持ち悪いし怖いんです」

「ええ? そうかなあ? シルヴェーヌちゃんが怖がりなだけだと思うよ。だって、噛みついたりしないから」

「でも、その大きなハサミでえ……」

「これかな?」


 私はザリガニの大きなハサミを指先でつんつんと突く。すると、ザリガニはそのハサミで私の指をガチっと挟んだ。


「い、痛て! ゴルアアア!」


 私は思わずザリガニを放り投げた。それは乾いた音をたて、池の畔の茂みの中へと落下した。しかし、私の指を挟んだハサミは私の指にくっついたままだ。


「リリア姉さま。痛かったですか」

「大丈夫だよ。ほら、何とも無い」


 私はザリガニの大きなハサミをつまんで池に放り投げる。それに色とりどりの鯉が群がっていく。ふむ。こんな固いものでもあいつらは食うのか。池の魚は毒見用との事だが、こういう風に獰猛なのも面白い。この魚を使って何をしてやろうかと考える。もちろん、シルヴェーヌに悪戯するためだ。


 色々策を巡らせていると使用人が呼びに来た。私に付いているアンナとシルヴェーヌに付いているグレイスだ。


「そろそろお戻りください」

「ロジェ様が講義を再開されます」


 律儀に一礼しながら宣う二人だ。私は「わかったよ」と返事をし、シルヴェーヌを連れて講堂へと向かった。


 庭の中にある小さな講堂。机と椅子が備えてあり、十数名くらい収容できる。しかし、講義を受けるのは私とシルヴェーヌの二人だけだ。


 私たちの講師を務めるのはジャネット・ロジェ。このおばあさんは精霊教会の重鎮らしい。小柄で枝のように細い手足。殆ど白髪だし顔も皺だらけだ。でも矍鑠かくしゃくとしていて、透き通るような声は若々しくて非常に美しい。


「では二人共、席につきなさい」


 私たちは静かに席に着く。そして彼女の講義が始まった。


 私たちの国、パルティア王国には数千年の歴史がある。その歴史を支えているのが精霊教会だという。つまり、このおばあさんが所属している教会が王国を支えて来たのだと強調したいらしい。


「パルティアの始祖であるザリア王は、精霊の御魂を宿す方でした。その縁により、パルティアは代々、大精霊様のご加護をいただく国であり、そしてこの大いなる大地、惑星アラミスにおいて最も栄えた国であったのです。パルティアでは代々、国王が自ら精霊と対話をし助言を受けてまつりごとを行ってきました。この宗教と政治の一致こそがパルティアをの繁栄を支えてきたのです。この政祭一致の尊い統治を受け継いで来たのが貴方たちパルティアの王家、アラセスタなのです」


 アラセスタ王家……始祖ザリア王より連なる家系。小さい頃から嫌というほど聞かされてきた歴史だ。私たちは精霊と神を同一視している。王になるためには、その精霊と対話ができる事が必須条件となる。


「貴方たちの姉であるセシリアーナ王女は、次期国王となるために北方のサレザラ峡谷で修行されております。万一、王女様が亡くなられた場合、その代わりを務める者を育成しなければいけません」


 それが私たち姉妹って事らしい。


 王家に生まれた女子は、大抵が政略の道具にされ有力貴族や有力な他国へと嫁がされる。しかし、現国王には女児しか生まれなかった。もちろん、形式上の王位継承順位は設けられている。第一位がセシル姉さま。二位が私で三位がシルヴェーヌになる。第四位以降には、いとこの男子が何人かいるのだけど、彼らは精霊と話すことができない唐変木らしい。


「いいですか? あなた方お二人は、精霊とお話ができる貴重な血筋を持っているのです。そして、女性であるという事は、精霊の歌を扱えるのです」


 これも、何度も聞いて来た言葉だ。


 精霊の歌。

 

 精霊に祈りを捧げるための歌。しかし、同時に、精霊の力を物理的な力へと変換する能力でもあるというのだ。


 誰にでもできる事ではない。故に、この能力を持つ者は精霊の歌姫と呼ばれ、王国では特に重宝される存在となる。


 王国の歴史を紐解けばわかる事だが、建国以来、数千年の時が流れた。この間、平和な時ばかりではなかった。王国が近隣国を併呑した事もあったし、逆に、王国領土に攻め込まれて抵抗した事もあった。その、王国の危機に対して活躍したのが精霊の歌姫なのだ。


「王国周辺の数カ所で軍事的衝突が発生しています。現状は小競り合い程度ですが、あの国が本格的に参戦してきた場合、王国の通常戦力では対処できません」


 あの国。宇宙の邪悪な勢力と手を組んでいると言われている国、キリジリア公国だ。猿人型の宇宙人が数多く侵入してきており、宇宙由来の新型兵器を数多く取り揃えている。弓よりも遠くへ弾を飛ばす銃。そして剣も槍も通さない鉄板に覆われた戦車。そして、人が飛べない高さから爆弾を落とす航空機。


 我が王国は剣と槍と弓。そして騎馬と騎竜を扱う肉弾戦が中心だ。我が国には存在しない兵器とは到底戦えない。つまり、対抗策は精霊の歌姫だけ。そんな話なのだ。

 

 つまりジャネット・ロジェは、私たち姉妹を精霊の歌姫に仕立てて剣や槍では歯が立たない敵を殲滅させようとしている。そんな無慈悲で残酷な事をで無慈悲な行為を私たちに強制しようとしている。しかし、あの機械兵器から王国を守るためには誰かが精霊の歌姫として立たねばならない。


 誰かが?

 いや、私の心は決まっている。


 シルヴェーヌやセシリアーナ姉さまに地獄を見せるわけにはいかない。穢れるのは私一人で十分だ。


 そんな思いを込め、私はジャネット・ロジェを睨みつけていた。

 


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