第15話 シルヴェーヌの行方
沈痛な面持ちで書類を見つめている初老の紳士。彼の手は震え、一筋の涙がその頬を伝う。その様子を褐色の肌をもつ青年将校が見つめていた。
「カーン大尉。ラクロワ中尉から連絡はないのか」
「調査部隊とその護衛部隊が、深夜パルチザンの襲撃に遭ったとの報告を最後に部隊との連絡は途絶えております」
「アズダハーグのトラントゥール少尉はどうした。特殊部隊の精鋭が揃って連絡を絶つなど有り得んだろう。それに装甲車と戦闘車もつけていた。パルチザンの戦力が予想外だったかもしれないが、歩兵しかいないはずだ。何故、撃破されるんだ」
「ごもっともです。ボレリ少将」
「一体、どうなっているのだ」
「調査部隊はイブニス森林地帯へと入る直前にパルチザンの襲撃を受けました。負傷者と故障車両を残し、主力部隊はイブニス森林地帯へと進入しました。その後、連絡が途絶えた事から、森林地帯でもパルチザンの襲撃を受けたと思われます。夜が明けてから到着した救援部隊からの報告では、残された負傷者も襲撃され、全滅しております。戦車などの車両は使用されておらず、また、現場に残された足跡から帝国製の戦闘用自動人形が使用されたと思われます。しかし、生存者がいない為、詳細は不明。また、古都イブニス方面では大火災が発生。周囲の森林地帯にも延焼し、救助部隊も森林地帯へ進めない状況となっております。現在は航空機による偵察活動に注力し、イブニス周辺の状況把握に努めております」
「シルヴェーヌ。彼女はどうした?」
「わかりません。今のところ消息は不明。ご遺体は発見されておりません」
「彼女はイブニスへ向かったのだろう? あの大火災に巻き込まれたのではないのか」
「残念ながら詳細は不明です。調査部隊のラクロワ中尉、特殊部隊アズダハーグのトラントゥール少尉も消息不明です」
ボレリ少将が再び俯いて涙を流している。
「ああ。シルヴェーヌ。彼女を行かせるべきではなかった。彼女は1000年前の生き残りなのだ。ヨキ大王の第三王女シルヴェーヌ姫。こんな事で失うとは。彼女には戦など関係ない世界で優雅に暮らしてほしかった」
「心中お察しいたします」
「彼女は1000年前の、そのままの肉体と意識を保っていたのだ」
「そのお話は信じ難いのですが」
「私だって信じられん。しかし、事実だった。帝国が残した遺失兵器のコクピットに、当時そのままの王女が封印されていたのだ」
「はい」
「意識を取り戻した彼女は、どうして蘇生したのかと我々を激しく非難した。しかし、兵器に人が取り残されているならば救助するのが当然ではないのか? カーン大尉」
「おっしゃる通りです」
「彼女は現世での生存を望まず、自害しようとしたのだ。私は彼女を救うために洗脳術を施し記憶を奪った。私は間違っていたのか」
「いえ。賢明な判断であると存じます」
「多少強引だったかもしれん。しかし、僅かひと月であったが、私は彼女を実の娘のように慈しんだ。それなのに、このような事態に巻き込まれるとは……」
「ボレリ少将。それより先は」
「言わぬほうが良いと?」
「はい」
「いいや言わせてくれ。彼女を兵器として扱おうとした共和国軍参謀本部の連中め。あ奴らは人の心を持っておらん」
「それ以上は……何処に間者がいるかわかりませんぞ」
「ううう……シルヴェーヌ……私は……私は……」
初老であるにもかかわらず、若者のように泣き崩れるモーガン・ボレリだった。その様を見つめながら、レディオス・カーンは校長室を後にした。外で待機していた女性秘書官に指示を出す。
「本日の面会は全て断るように。少将の体調如何では早退するように勧めろ。いいな」
「わかりました」
中年の女性秘書官が敬礼をする。レディオスは彼女に頷いてから士官学校の教職員棟から外へ出た。
馬車の横で二人の人物がレディオスを待ち構えていた。
一人は黒服に身を包んだボレリ家のハウス・スチュワード、ブライアン・ブレイズ。もう一人はエプロンドレスをまとっている金属製の自動人形セシルだった。
「速やかに行動しろ。ロクセの確保が最優先だ。アレを暴走させれば共和国が滅びるぞ」
「了解しました。しかし、シルヴェーヌ姫は如何いたしますか? 場合によっては殺めても?」
「馬鹿者。そのような雑な方法は許さん」
「わかっております。一応、確認させていただきました」
「うむ。それとセシル様」
「はい」
「シルヴェーヌ姫の心を落ち着けるにはあなたの力が必要です。頼みましたよ」
「承知しております」
黒服の
「ところでバリスタ大佐。まさかと思いますが、現地まで走れと?」
「他の選択肢はない。どの乗り物も、飛行機でさえも君たちの脚には勝てん」
「人使いの荒いお方だ」
「人形使いも荒いですこと」
「セシル様。下手な洒落は控えてください。それとBB。私はレディオス・カーン大尉だ。間違えるな」
「失礼しましたカーン大尉」
馬車の影で、BBとセシルは黄金色のオーラを身にまとい、そして消えた。幾つものつむじ風が舞い、そして幾多の木の葉を巻き上げた。
その様を確認したレディオスは馬車の御者席に陣取っている人物に声をかけた。
「やれやれ、1000年経過してから揉め事が起きるとは運が悪い。いや、何か起こらねばあの二人の魂は救えぬ。揉め事も歓迎すべき……ですかな?」
「そうであると考えましょう。馬車を出しますので、大尉は後ろにお乗りください」
「そうはいきませんよ。さあ、貴方が馬車へお乗りください。ネーゼ様」
「御者の席は譲ってくれませんの」
「はい。譲りません」
渋々と、ネーゼと呼ばれた女性は御車席から降りた。まだ少女と言ってもよい若い女性であり、彼女のふくよかな胸元は御者用の上着を内側から押し上げていた。
「ところでネーゼ様。彼女に任せて大丈夫でしょうか」
「問題ありません。自動人形のセシル……彼女は素晴らしい癒しの力を持っています」
「そうなのですね」
「ええ。でも、彼女だけでは手に余るかもしれない。その時は私もお手伝いしますよ。止めても無駄ですからね」
「承知しております。では、馬車を出します」
「よろしくどうぞ」
レディオスが鞭を振るうと馬車は悠々と走り出し、共和国士官学校を後にしたのである。
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