第14話 シルヴェーヌとリリアーヌ

「私はリリア。あなたの姉よ」

「私の姉? お姉さまなのですか?」

「そうよ」


 いきなりそんな風に言われても、どう反応していいのかわからない。姉どころか、父や母の記憶すらないのだから。


「あら、ダンマリかしら?」


 彼女は数歩ほど歩を進め、私の正面に立つ。


「ねえ、シルヴェーヌちゃん。私、色々ムカつく事が多くてね。貴方もでしょ?」

「さあ?」

「とぼけなくてもイイわよ。貴方は過去の記憶を消された。そして今、共和国に利用されている」

「そうかも……」

「だからさ。私と一緒になろうよ。私たち姉妹が一緒になれば、世界最強なのよ。生意気な共和国の連中も、貴方を担いでパルティア復興を掲げるパルチザンも、どちらも私たちの自由を奪う悪者。だからね。私たちでやっつけちゃおうよ」


 リリアは私の両手を握り、熱心に訴えかけてくる。


「私が利用されているのは理解しています。だからと言って、暴力を振るうのは感心しません。私は静かに暮らしたいと願っています」

「静かに暮らすの? 精霊の歌を歌いながら?」

「多分、そうです」

「なるほどね。でも、それでいいの?」


 いいの?

 リリアの言葉が胸に突き刺さる。


 私は記憶を奪われている。恐らく、共和国が私を利用するために。

 何だかわからないが、これは人の尊厳を踏みにじるやり方だと思う。


「もういちど聞くわね。今のままでいいの?」

「よくない。いいわけない」

「でしょ。だったら私と一緒になろ? 絶対に損はさせないから」


 また一歩、彼女が近づいてくる。

 そして私の両手を握った。彼女の、オレンジ色に輝く瞳に吸い込まれそうになる。


「まだ踏ん切りがつかないの? 貴方が一番知りたい事を私は知っている」

「そうなの? それは私の過去の事?」

「そうね」

「だったらそれを教えてよ」


 怪しく笑いながら、リリアが私を抱きしめた。そして耳元でそっと呟く。


「だめよ。そもそも、あなたは私の話を信じない。だから、私が共有しているあなたの記憶、いえ、私たちの記憶を見せてあげる。その為には私たちが一緒になる必要があるの」


 血生臭い風がびゅうっと吹きすさぶ。

 そして、怨念のようなうめき声が一段と大きくなった。


『痛い。苦しい』

『助けて』

『殺してくれ。何故、死ぬことができないんだ』

『恨んでやる。呪ってやる』


 幾つもの怨嗟のうねりが周囲に渦を巻く。赤く、黒く、青く、黒い。そんな毒々しい色の想念が見えているようだ。


 こんな、地獄のような場所で私は何をしているのだろうか。そうだった。ラクロワ中尉の指示に従い、ロクセを起動する手伝いをした。そして何故か、私とロクセが一体化していた。しかし、最初に行ったAモードでは不完全だったようで、私の意思でロクセを動かすことができなかった。そして、中尉がBモードへと切り替えたら私がここにいたという訳だ。


 地獄のような風景。

 悪魔のような外見の少女、私の姉と名乗っている少女、リリア。


 私がこのおぞましい風景を受け入れる事。そしてリリアと一緒になる事。それがラクロワ中尉が言っていたBモードなのだろう。


 信仰の対象となっていたロクセだが、元々は帝国の決戦兵器である鋼鉄人形なのだ。その本質は殺戮と破壊であり他の何物でもない。ならば、私が地獄そのものになるという事なのだろう。


 そして、リリアの言った言葉が私の胸で輝いている事に気づく。

 

『貴方が一番知りたい事を私は知っている』

『私たちの記憶を見せてあげる』


 そうだ。

 私の記憶。私の過去。

 本当の自分を取り戻す為には避けて通れない。


「わかったわ。あなたの言う通りにします」

「そう言うと思ってた。だいすきよ、シルヴェーヌ」


 そう言って微笑んだ彼女の笑顔は輝いていた。リリアは私の頬に両手を当てた。そして、彼女の唇が私の唇にそっと触れた。その瞬間、私の周囲には七色の閃光が弾けた。七色……だが虹のように美しい光ではない。むしろ毒々しい、禍々しい光が混ざり合い、黒く変色していく。


 その、黒い光が私の中を満たしていった。

 それは、憤怒と苦悩と怨嗟が主体の圧倒的な黒い想念だった。


 私の心は動揺し始めた。

 そして、激しい怒りの感情が吹き上がってくる。


「どうして私の記憶を奪った」

「私を再び戦争の道具として使うのか? 再び殺せというのか。何万人も」

「痛い。心が痛い」

「私が踏みにじった魂たちが叫んでいる」


『痛い』

『苦しい』

『助けて』


 涙が溢れている。

 何も見えない。


 悲しいのか、悔しいのか。

 私にはわからない。


 薄々感づいていた。

 私自身が鬼神であったと。

 幾千人、幾万人の命を奪う鬼神とは私の事だったのだと。


『上手く行ったわ。目を開いて』


 リリアの声だ。

 私は目を開いた。


 私は先ほどと同じ位置にいた。

 そう、ロクセと一体化していた。そのままだった。私の姿はなく、目の前の低い位置にラクロワ中尉がいた。


 こいつだ。

 共和国の為に、私をいいように利用した。


 この神殿も気に入らない。

 私と、リリア姉さまを犠牲にして稼働させたロクセを神として崇め奉ったのだ。そのせいで、私は何万人殺したのか。


「成功したのか? シルヴェーヌ。私の声が聞こえるか? 返事は出来るか?」

「聞こえる。私を目覚めさせてはならぬと言い伝えておいたはずだ」

「それは1000年前の伝説だろ? このロクセを調査した際、この機体のコクピットに一人の少女が封印されていたんだ。1000年もの間、体が朽ちたりせずに生命を維持しているのには驚いたよ。君は生きていた。だから我々は救助したんだ」

「余計な事を」

「余計な事じゃない。このロクセを使用可能な状態に戻すことができれば、我が国は安全保障上優位な立場となる。諸外国との交渉において、格段有利な条件を提示できるんだ」

「私には関係ない。そして私だけでなく、リリア姉さまも目覚めさせたな」

「第二王女のリリアーヌ姫の事か? 彼女は何処にもいなかったぞ。コクピットは複座だったが、封印されていたのは君一人。第三王女のシルヴェーヌ姫ただ一人だ」

「姉さまの魂はロクセ本体に封印されていたのだ。共和国のヘボ技術者には、この魂の存在すら念頭にないのか? 鋼鉄人形は人の魂を中核に据える事で稼働していたのだ。知らなかったでは済まされないぞ」


 中尉と会話ができている。しかし、彼は無神論者であり、かつ、無霊魂主義者でもあった。人の魂で決戦兵器を稼働させているなど信じられないのだろう。顔面は蒼白で大量の汗を流し、手足は細かく震えていた。


「魂を弄んだ罪を死んで償え」


 ロクセの全身が光り始め、それは灼熱の炎となって周囲に吹き出した。中尉はあっという間に炎に包まれた。その後ろに立っていた二名の兵士、イシュガルド兵長とアストン上等兵も同じく、人型の炎と化していた。

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