第13話 魔界の風景
私は深く考えることはなく、ラクロワ中尉が差し出した装飾品を身に着けた。真珠が一つだけ光っている黒いチョーカーと動物の角がついているカチューシャだ。
何か人外の、魔物か何かにでも仮装しているかのような気分になる。共和国に、ラクロワ中尉に、いいように利用されている。しかし、私には抗う事などできない。宗教的思想において、共和国とは相容れないことはわかっている。しかし、それだけだ。自分自身の成り立ちすら記憶には無く、ジャネットはそれに関わるであろう情報を話そうとした瞬間に撃たれてしまった。余計な事をしてくれたと言いたい気持ちはあるのだが、イシュガルド兵長とアストン上等兵は私を救いに来てくれたのだ。今更、文句を言う事などできない。
「あの防護チョッキが効いたようだな」
「ああ、ライフルの光線を遮断した。あんたに言われて渋々身に着けたが、こんな装備があったなんて驚きだ」
中尉とイシュガルド兵長が話している。そうか。光線銃で撃たれて死んだと思っていた二人だったが、専用の防御装備があったんだ。
私は首を左右に振り、頭に乗っている角が落ちない事を確認した。
「ラクロワ中尉。どうするんですか?」
「ああ、すまない。その、神像の前に立ってくれるかな。そう、そこだ」
私は中尉が指さす場所、ロクセの前に立った。
「そのまま動かないでくれ」
「はい」
中尉は何をしたいのか。まさか、今からロクセを動かそうというのだろうか。私自身は何の準備もできていないのだが。
ラクロワ中尉は手に提げていた黒いアタッシュケースを開き、その中に仕込まれている機械に触っている。パチパチといくつかのスイッチを弾いてから一人で頷いていた。
「これでよし。では始めるよ。ちょっと痺れるかもしれないけど、少しの間、我慢してくれ」
「はい」
私はロクセを背に中尉と向かい合っている。中尉はしゃがんでアタッシュケースの中の機械に触っている。そして、首から下げていた赤いキーを取り出し、それを差し込んでカチャリと回した。
その瞬間、私は青白い雷光に包まれた。
眩い光に視野を覆われ何も見えない。
その光は次第に赤く暗い色彩へと変化した。そして私は、深い井戸の中へ落ちていくような感覚を味わった。それは数千メートル、いや、もっと長い距離を、何処までも落ちていくようなとてつもない落下だった。
「シルヴェーヌ。聞こえるかね。シルヴェーヌ」
中尉に呼ばれている。
私は目を開いて返事をした。
「はい……」
私は高い位置から中尉を見下ろしていた。これは違和感がある。
『私は、どうなったのでしょうか?』
「おお。成功したのか。ロクセの眼球に光が灯った」
一体、何が起こっているのか。中尉は私の声が聞こえていない。位置関係からすれば私自身の視界がロクセの視界になっていると考えるしかない。そして私が立っていた場所、中尉とロクセの間には誰もいない。
「シルヴェーヌ。君は今、ロクセと一体化している。君の肉体も意識もだ」
肉体も意識も一体化しているのか。先ほど、地の底まで落ちていくような感覚があったのだが、その過程でロクセと一体化したというのだろうか。
「体を動かせるかね」
私は礼拝堂の前側に座っている格好だ。腕、脚、指などを動かそうとしてみるのだが、ピクリとも動かない。
「声は出せるかな」
中尉の声はよく聞こえる。しかし、『はい』と返事をしたつもりなのだが声は出でいなかった。
「ふむ。意思の疎通は出来ないか。やはりAモードでは深度に無理がある。Bモードで試してみよう」
AモードとBモード。
何が違うのだろうか。深度とは何だ。
「シルヴェーヌ。少し精神的な圧迫があると思うが我慢してくれ。Bモードで再起動する」
ラクロワ中尉は首から下げていた青いキーを取り出し、スーツケースに収められた機械に差し込む。そしてカチャリと回した。
私の視界は先ほどと同じ青白い光に包まれた。その光は次第に赤く暗い色彩へと変化し、光の無い漆黒へと変化した。
何も見えない。
しかし、何かの、誰かの息遣いを感じた。
何人もの、大勢の人のうめき声と悲鳴、泣きむせぶ声。それらが一体となって私の周囲に渦巻いていた。
漆黒の闇と思っていたのだが、そうではなかった。目を凝らすと、大勢の人が血を流して蠢いている。手足が千切れている人、内臓が飛び出している人、目玉が飛び出している人。彼らは死体のようだったが死に至っていない。
『苦しい』
『誰がこんな目に遭わせた』
『殺せ』
『八つ裂きにしろ』
『皆殺しだ』
『呪ってやる』
怒りと苦悩、怨念と呪詛。
凄まじい負の感情が渦巻いている。
ここが地獄だと思った。
多分、初めて見る光景だ。しかし、この惨状を私は知っていた。
目の前に少女が立っていた。
髪の色は燃えるような赤。
瞳の色は溶けた鉄のようなオレンジ色。
南方の人種のような浅黒い肌。
黒いドレスをまとっていた彼女は、頭に二本の角が渦を巻くように生えていた。
悪魔。
心の奥底にその言葉が浮かんだ。
そして、彼女の容姿が私によく似ている事に気づいた。髪の色、瞳の色、肌の色は全く違うのだが、顔つきや体型はそっくりそのままだと言って差し支えなかった。貧相な胸元も含めて。
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