第12話 精霊の歌姫

「シルヴェーヌ姫。よく来てくれました」


 顔が半分金属製の女性が声をかけてきた。彼女の声は艶があって若い女性のようだった。


「シルヴェーヌです。あなたは?」

「私の名はジャネット・ロジェ。かつてパルティアの歌姫と呼ばれていた者です」

「パルティアの歌姫ですか?」

「ええそうです。1000年前のヨキ大王の時代より、私はパルティアに仕えています」


 1000年前? その途方もない年数に私は絶句してしまった。彼女はあの、悪魔の軍勢を焼き払ったという伝説の当事者なのだろうか。


「驚いていますね。無理もありません。私自身もこのような長きに渡り生き続けるなど思っていませんでした」

「どうしてそのような……長寿なのでしょうか? 私たちは平均80歳程度。長寿と言われているアルマ帝国の方でも平均180歳程度だと聞いております」

「そうね。この宇宙にはもっと長寿の人々もいるらしいけど、私たちの周りではアルマ帝国が最長寿の国です」

「はい」

「私は体を機械化する事で、1000年も生きながらえています」

「機械化ですか?」

「ええ。この顔を見ればおわかりでしょう」


 確かに、体を機械化していることは一目瞭然だ。しかし、それで本当に寿命が伸ばせるものなのか疑問は残る。


「こちらへ」


 椅子に座っていた彼女、ジャネットは立ち上がって後ろを向く。そして数歩ほど前に出た。


「この神像がロクセです。貴方もお聞きになったでしょう。このロクセは膨大な力を発揮できる決戦兵器であると」

「はい、戦車一個大隊に匹敵する戦闘力があると聞いております」

「そう。1000年前の兵器なのに、現代においてもそのような過剰な戦力であると評価されています。ところが、このロクセは……実はアルマ帝国の鋼鉄人形なのです」

「鋼鉄人形?」

「はい。帝国の決戦兵器です。鋼鉄人形はドールマスターでしか動かせないのです」

「ドールマスターですか?」

「そう。ドールマスターとは、自らの霊力を駆使して鋼鉄人形を操る聖なる戦士です。帝国にのみ存在する霊力使いであり、極めて希少です」

「それなら、このロクセは動かせないのでは?」

「ええ。本来ならばそうなのです。しかし、パルティアの精霊術を使う事により、ロクセと意思の疎通を図ることができました。精霊の歌でロクセを操ることができるのです」

「なるほど。貴方がロクセの操縦者となるわけですね」

「はい。私は精霊の歌を通じて、この鋼鉄人形ロクセと意思を通じ合うことができます。私は精霊の歌姫。必要とあらば、ロクセは幾多の敵を殲滅してくれるでしょう」


 話が見えて来た。

 古代パルティアは、祖国を救った英雄である鋼鉄人形ロクセを信仰の対象とした。ロクセ自身をそのまま本尊として安置し、その周囲に神殿を建造したのだ。そして、このロクセを稼働させるためには帝国のドールマスターが必須なのだが、古来より伝わるパルティアの精霊術で代用できる。その精霊術を行使する者が精霊の歌姫であると。


「ジャネットさん。貴方が精霊の歌姫であり、ロクセを操縦する者なのですね」

「はいそうです。でも、シルヴェーヌさんも私と同じ力をお持ちなのですよ」

「そうだったんですね」

「ええ」


 やはりそうだったのか。何かある、核心的な何かがあると思っていた。私があの、決戦兵器である鋼鉄人形ロクセを動かすことができるのなら、共和国軍で厚遇されていた事に、そして、私が父と呼んだあの人、モーガン・ボレリが私を貴族の子女のように扱っていた事にも納得がいく。私が精霊術の使い手なら、是非とも自陣営に確保しておきたいのは当然だ。


 ならばなぜ、私は共和国の父、あの無神論者で宗教を徹底的に嫌うモーガンの所にいたのか。


「私は何故か、共和国軍の方々から度の過ぎた厚遇をされていた事に疑問を持っていました。今の話が本当なら十分に納得できます」


 私の言葉にジャネットは何度も頷いている。そして再び語り始めた。


「では何故、貴方が共和国側にいたのか、その辺りの事情をお話ししましょう」


 顔の半分が銀色に輝く金属製のジャネット。皺だらけの肌と金属の顔は何故か柔和な印象しかない。


 そして私は、正面から彼女の目を見つめる。突然、彼女の胸に赤い光線が突き刺さり、鮮血がほとばしった。そして私の近くに立っていたトラントゥール少尉も赤い光線に貫かれて倒れてしまった。


 後方にある両開きの大きな扉から、二人の兵士が銀色のライフル……光線銃……を構えていた。


 そして、次の瞬間にはその二人の兵士に向かって突進していたレオナールの体が、光線で貫かれ、何か所も穴が開いてしまった。


「姫様……申し訳……」


 短い言葉を残して、彼は沈黙した。

 そうだ。通常の銃弾を受け付けない金属製の体を持つ自動人形に対しては、高熱の光線を放つあのライフルが有効なんだ。


「こいつはいいね。発光するのは目立つけど、発砲音はしねえ。外でやり合っても中の奴は気づかなかったしな」

「オッサン。無駄話はそこまでだ。裏切り者に止めをさしてさっさと逃げるぞ」

「ああ、そうだな」

 

 オッサンと呼ばれた方、アストン上等兵は倒れていたトラントゥール少尉の胸と頭を撃ち抜き、周囲に鮮血がまき散らされた。


「イシュガルド兵長、アストン上等兵。よく来てくれた。助かったよ」


 ラクロワ中尉が立ち上がって握手を求めるのだが、アストン上等兵もイシュガルド兵長も応えようとしなかった。


「俺たちの意見を聞いて戻ってりゃこんな事にはならなかったんだよ」

「そうだ。まさか、味方の中に敵が紛れ込んでいたとは思わなかったけどな」

「姫様、逃げるぞ」


 私はアストン上等兵に手を握られた。


「ちょっと待って。彼らを埋葬しなくては」

「早く逃げねえと、パルチザンの連中が押し寄せてきますぜ」

「そうだ。姫様の気持ちはわかるが、今はそんな事をしている場合じゃない」


 アストン上等兵とイシュガルド兵長が私を急かすのだが、ラクロワ中尉が彼らを制した。


「ちょっと待ってくれ。試したい事があるんだ。シルヴェーヌ。これを身に着けてくれないか」


 彼が差し出した物、小さな真珠が一つだけ輝いている黒のチョーカーと、螺旋状に渦を巻いている動物の角がついているカチューシャだった。

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