第11話 聖遺物の神殿
用水路が古都の中心部を流れていたおかげで、ほとんど歩くことはなかった。自分は体をろくに鍛えていないと自覚していたので、これは助かる。
古都中心部は程よく整備されており、人の手が入っていることは間違いない。まだ夜明け前で周囲は薄暗いのだが、いくつかのかがり火が設置してあり、主要な通路は十分な明るさがあった。
「姫様。お疲れでしょうが、今から大切な場所へとご案内いたします」
レオナールが先導してくれた。私は彼の後をついて行く。私の後ろから銀色のライフルを抱えたトラントゥール少尉とラクロワ中尉が続く。
「ここは既に奪還されております。そもそも、神殿の地下に共和国の手の者を侵入させたのは我々の落ち度でした」
自動人形のレオナールが謝罪している。彼の責任ではないだろうに、どうしてこんなに真摯な態度なのだろうか。
「アラド自治州は100年前に消滅した。その遺志を継ぐとか何とか言ってる連中がこのロクセ中央神殿に巣食っているという情報が入ったんだ」
割って入ってきたのはラクロワ中尉だ。
「大金をかけて、こんなポンコツ人形を何体も再生してる事で尻尾を掴まれたんだよ。動いたのは憲兵ではなくて俺たち調査部隊だったがな」
「余計な事をしてくれたものだ」
今度はトラントゥール少尉がラクロワ中尉の言葉を遮った。しかし、ラクロワ中尉が反論する。
「余計じゃなかったね。お前たちが得体の知れない神サマを祭っているだけなら余計な事だったかもしれんが、祭っているモノがアレだったと知ってびっくり仰天したよ」
「これ以上、ロクセ神殿の本尊を冒とくする事は許さん」
「冒涜も何も、アレは血塗られた決戦兵器じゃないか。たった一機で戦車一個大隊に匹敵するという過剰戦力だ。だから共和国は平和的に管理しようとしていた。それなのに、貴様たちパルチザンが奪いに来た」
「何を勘違いしている。ロクセは元々パルティア王国の守護神なのだ。それを共和国が奪おうとするなら、抵抗するのは当然じゃないか」
「上手く行くと良いがな。お前たちがアレを稼働状態に持って行くには相当な時間と費用がかかる。俺たち調査部隊に任せておくのが妥当ではないのかな」
「信仰心のない者に触らせるわけにはいかない。ロクセは守護神なのだ」
「確かに、戦乱時には守護神となるだろうよ。敵を殺しまくる決戦兵器だからな」
少尉と中尉が言い争っているのだが、議論は何処までも平行線をたどっている。決着などつきそうにない。しかし、彼らの話を聞いて愕然としたのも事実だ。
そう。私は古い時代の聖遺物であると思っていた。神像とか絵画のようなもの、もしくは聖人の残した骨や衣類などだ。しかし、実際は兵器だった。この話を聞き、パルティアの歴史の中で語られていたあるストーリーを思い出した。
それは約1000年前、ヨキ大王の時代。パルティアの空と大地が悪魔の軍勢に覆われた。その、悪魔を撃ち払った英雄はロクセ。彼は神々しい光を放ち、悪魔の軍勢を焼き払ったと。
過去において何かの戦乱があり、一人の英雄が現れて王国を救ったというのは事実であろう。しかし、その英雄とは帝国からもたらされた決戦兵器であり、1000年前のヨキ大王はその兵器を本尊として信仰の対象とした。事実は脚色され、神話のような曖昧な物語となったのだ。
「ところでレオナールさん。貴方のような自動人形はメンテナンスが大変なのでしょう?」
「もちろんです。共和国内では破損部分の修理は不可能ですし、部品も帝国から仕入れる必要があります。共和国は帝国と国交断絶状態ですので、東方のグラファルド皇国を経由するようになります」
「割高なんだね」
「はい。それでも共和国で新規に生産されたアンドロイドとは比較にならない性能となっております」
私はレオナールの言葉に頷く。
彼は、その金属製の見た目以外は人間そっくりなのだから。動作も話し方も。中に人が入ってるんじゃないかって疑いたくなるくらいに。
「さあここがロクセ中央神殿です。地下の礼拝堂へと向かいましょう」
「はい」
石造りの神殿だ。地上三階建てと言ったところだろうか。まだ夜も明けていないというのに、十数名の人たちが出迎えてくれた。皆が片膝をついて姿勢を低くしている。
その中で一人だけ突っ立っている人物が話しかけて来た。小柄で色白。いかにも聖職者であるという服装、青色の僧衣をまとっている。
「ようこそおいで下さいました。私は僧職を務めておりますエルクと申します。さあこちらへ」
彼に誘われるまま、地下へと向かう幅の広い石造りの階段を降りていく。礼拝堂への扉開かれており、中へと入っていく。
地下とは言うものの、明り取りと換気用の窓はあるようで、完全に塞がれた空間ではない。
あの、帝国よりもたらされたという決戦兵器を安置し、その周囲りに土を盛り、更にその上に神殿を築いたのなら納得がいく。
礼拝堂の正面には巨大な神像が座っていた。神々しいというよりは物々しいといった印象がある。鎧を着た兵士とでも形容すべき姿をしていたからだ。そして、その神像の前に一人の老婆が椅子に座り瞑目していた。
彼女が老婆なのかどうか自信はない。ひょっとしたら人間ではないかもしれない。華奢な体躯に腰まである長い白髪で、直感的に老婆だと思ったのだが彼女の顔は異様だった。
右半分が皺の深い老人の肌。左半分は光沢のある金属製だったからだ。よく見ると、彼女の左腕も無骨な金属製だった。
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