第10話 古都イブニス

 古都イブニス。数千年続いたと言われる古パルティア王国の首都。


 その古パルティア王国も、近代化を進める王族により新王朝へと変貌を遂げた。信仰を宗とする自然と高次元崇拝の大国は滅び、新王朝は現実路線へと舵を切った。科学技術の進歩と自然崇拝の調和を図ったのだ。

 その過程で、自然崇拝の聖地とされた古都イブニスは放棄され、森林の中へと埋もれてしまった。しかし、僅かな人々が聖地を守って暮らしていた。新しいパルティア王国は聖地一帯をアラド自治州として保護していた。


 しかし、シュバル革命によってパルティア王国は倒れ、アラド自治州は共和国へと併合された。森林で暮らしていた人々は都市部へと強制的に移住させられ、労働力として酷使された。


 これがイブニスの大まかな歴史だ。レオナールが丁寧に説明してくれている。


「革命によるアラド自治州の併合後は、この森林地帯に暮らす人は殆どいなくなりました。ですが、この森林は建築資材としての価値が高く再開発される計画がスタートしたのです」

「森の木が切り倒されていくのですね」

「はい。およそ三分の一が農地へと転換され、三分の一が林業用として残され、残りの三分の一は住宅地として開発されます。また、古都の遺跡周辺は観光施設として整備される予定です」

「聖地を荒らすというのですか?」

「歴史的遺物として後世まで伝えるという方針の元、遺跡は可能な限り現状を維持する計画です」

「それでは聖地が破壊されてしまう……」


 遺跡を現状維持する事と、聖地を維持する事はまるで違う。遺跡を観光地としてしまうなら、それは聖地を破壊するにも等しいではないか。信仰を持たず宗教を信じない国というものは、こうも簡単に聖地を破壊するものなのか。私は愕然としてしまった。


 私とレオナールの会話に、トラントゥール少尉が割って入る。


「そんな、人々の信仰を踏みにじる共和国だから我々は反旗を翻したのさ」


 少尉の言葉にラクロワ中尉が声を荒げた。


「信仰? ありもしない神を信じてるなんて馬鹿げてる。そんな事で大勢の命を失ったんだぞ。俺たち調査部隊は全滅したし、君の部下の特殊部隊アズダハーグも全滅した。自分の部下を殺してまで信仰にこだわるんじゃない。この人でなしが」

「共和国の連中とは話が通じないな。相変わらずだ。信仰を踏みにじられる事は、死を選ぶよりも苦痛なのだが、こいつらにはそれが全く理解できないらしい」

「死に勝る苦痛はない。幻想にいれ込むのは止めろ」


 カチャリ。

 少尉が拳銃の撃鉄を起こした。そして銃口をラクロワ中尉へと向ける。


「なあ、中尉。君は霊魂を信じていないんだろ?」

「当たり前だ。そんなものは存在していない。人体を解剖しても霊魂の痕跡なんか無い。脳を開いても心臓を切り開いても、どこにも存在しないんだ」

「だったら今すぐ死んでみると良い。自分が死んでも意識を保っている事を実感しろ。そして霊となって、泣きながら自分の死体を抱きしめるがいい」


 少尉は、リボルバー式の拳銃を中尉の額にこすり付ける。


「待て。私を殺さない方がいいぞ。アレに関する資料は不完全だ。起動するには私とシルヴェーヌ嬢が不可欠なんだ」

「そうだったな。まあ、アレを起動するまでは生かしておいてやる」


 少尉は拳銃の撃鉄を戻してから腰のホルスターに仕舞って黙り込んだ。


 信仰を持つ者と持たざる者の対立は、古来より延々と続いているらしい。私個人の思想はトラントゥール少尉に近いような気がしている。信仰を全否定するラクロワ中尉の考え方には抵抗感がある。だからと言って、少尉のような暴虐な行為は許されるものではないとも思う。


 しかし、アレだ。

 何の事かは分からないのだが、少尉の言ったアレが今回の調査対象だった。旧パルティア王国の時代、古都イブニスに帝国が残していったもの、遺失物らしい。


 私はその遺失物に関係している。それが何なのか分からない。何も知らされていないからだ。しかし、共和国とパルチザンの双方が、それを手に入れようと殺し合いをしているのは事実だ。


 古都イブニスが栄えたのは1000年もの昔。当時、パルティア王国は宇宙を飛び交う技術を持っていなかったが、帝国は違っていたらしい。彼らは数千年、いや、数万年以上も前から宇宙を飛び交い各惑星との交易を行っていた。当然、文化的、精神的な交流もあっただろう。

 帝国の宗教はパルティアに大いなる高みを与え、その功績は大きかった。自然崇拝から高次な宗教へと変貌を遂げたのだが、残念な事にその詳細な教義は残されていない。100年前の革命により排斥されたのは王族と貴族と僧侶なのど宗教家だったからだ。


 そんな、信仰の篤い人々に帝国からもたらされた遺失物だ。私としては何か精神的なものではないかと思っていた。聖遺物とでも言うようなものだ。それをもし共和国が汚すなら、パルチザンの行動も納得がいく。それが何かは分からないのだけど、彼らは命がけでそれを守ろうとするだろう。


 ボートは森の中のに流れる川を進んでいく。そして川は、途中から石造りの用水路となっていた。


「こちらは古都イブニスで利用されていた用水路となります。今も水量は豊富ですので、古都でも快適な生活ができるでしょう」


 レオナールが説明してくれた。そしてトラントゥール少尉が続ける。


「イブニスは上水道と下水道が完備されていた先進的な都市だったんだ。森林の中でありながら、この水路のおかげで交通に関しても便利だったらしい。元々水路は七本あったらしいのだが、今は一つしか残っていない」

「イブニスは、木々に囲まれ水の豊かな美しい都であったと聞いております」


 信仰の中心であり、自然が溢れる美しい都市は放棄された。生産効率を重視する近代化の波に押されての事だという。

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