第9話 残された血筋

 私の無言の抗議を無視した少尉は、自動人形のレオナールに指示を出した。


「もうだいぶ離れた。連中が我々を追う事は無いだろう。ローランとエカルラートに殲滅せんめつの指示を出せ。森の外で待機している部隊も全て始末しろ」

「了解しました」


 レオナールは少し立ち止って右手を自分の耳に当てた。そして直ぐに私の手を引き歩き始めた。


「通信はもう終わったのですか?」

「はい。私たち自動人形同士の通信では、暗号化されたデータを送信しますので時間はかかりません。実際に話した場合数分かかる内容でも、ほんの瞬きする程度の時間で済みます。仮に盗聴されても、専用の受信機が無ければ解読不可能です」

「そうなんですか。それなら安心ですね。でも、本当に殲滅するんですか? 皆殺しですか?」

「そういう命令ですから。二体の戦闘用自動人形は忠実に命令を実行します」


 黒い自動人形、レオナールが説明してくれた。私と一緒にここまで来た調査部隊はラクロワ中尉一人になり、精鋭の特殊部隊アズダハーグはトラントゥール少尉一人になった。他の数十名の人員は既に殺されたか、今から殺されるんだ。


 喪失感が胸を締め付ける。

 自分だけが生かされている事に後ろめたさを強く感じる。


 深夜であるが、幸いなことに二つの月明かりのおかげで苦も無く歩くことができた。もう銃声はほとんど聞こえない。静寂の中で時折、パキッと枯れ枝を踏む音だけが周囲に響く。


 共和国側もパルチザン側も、私を手中に収めようとしている。私にどんな秘密があるのだろうか。何か探れないものかと思い、黒い自動人形のレオナールに質問してみた。

 

「貴方は帝国製の自動人形なのですか?」

「はい。私は帝国製の戦闘用自動人形です。制作されてから500年経過しています。私はパルティア国王に使える者であり、失われたパルティア王の血統を守る者です」

「旧パルティア王族の親衛隊と考えてよろしいのでしょうか?」

「はい。その表現は妥当であると考えています」


 100年前のシュバル栄誉革命時に、旧パルティア王国の王都中枢部にいた人たちは皆殺しにされたと聞く。王族はもとより王家の親族や臣下として仕えていた貴族階級や平民まで、殆どの者に及んだという。女子供老人まで全て。この惨事を共和国では〝栄誉革命〟や〝光明革命〟と呼んでいるが、他国からは〝血の七日間〟とか〝殲滅大祭〟などと揶揄されている。


「ところでレオナールさん。貴方は栄誉革命時に破壊されなかったのですか? 王都中枢部にいたものは全て殺されたと伺っております。自動人形も破壊されたのかと思っていました」

「私は当時、予備機として封印されており稼働状態ではありませんでした。革命後に再起動され現在に至ります。私を含め、帝国製の自動人形は帝国の超技術で構成されており、未熟な者、即ちシュバル共和国の技術者では基本的な制御しかできません」

「それでは……AIの書き換えなどは行われなかったと?」

「はい」

「それで未だにパルティア王国に仕えていると認識しているのですね。王国は100年前に滅んだというのに」

「その通りです。確かに、私が仕えるべき国家は滅びていますが、仕えるべき人物は僅かながら生存されています」

「え? 王族の生き残りがいるの?」


 私の質問にレオナールはオレンジ色の目を点滅させた。彼は私の質問に答えようとしていたようなのだが、トラントゥール少尉に遮られてしまった。彼は右手でレオナールの口を塞ぐ仕草をし、首を横に振った。


「姫様。事情の説明は後程、首領がお話しします。疑問点は多いでしょうがしばらくは我慢なさってください」


 そういう事らしい。

 私は100年前に処刑されたパルティア国王のひ孫であるとか、そいう立場なのだろうか。途絶えたはずの血筋が何らかの形で存続しており、私がそうであるなら納得もいく。しかし、この話の核心は極秘事項なのは間違いがなく、そして何の確証もない。


 なんて面倒な事に巻き込まれたのだ。私はそんな、憂鬱な感情に支配されていた。


 森が途切れ、川岸が見えて来た。空に浮かぶ二つの月もはっきりと見渡せた。青い月はアシュー、赤い月はヴィン。東の空に大きな赤い月ヴィンが浮かび、その脇に小さな青い月アシューが寄り添っている。赤いヴィンの方が動きが早く、この二つの月のランデブーは長時間続かない。二つの月の大きさはほぼ同じなのだが、アシューの方がアラミスの大地からの距離が遠く、見かけ上の大きさは半分程度であり、公転速度も遅い。


 赤い月は青い月から徐々に離れて行き、段々と高い位置へと昇っていく。青い月は目で追えるほどの速さでは動かない。


「姫様。どうぞボートにお乗りください」

「わかりました」


 岸辺に小型のボートが係留してあった。私はレオナールに手を引かれ、そろりとボートに乗る。トラントゥール少尉とラクロワ中尉もボートに乗り込んで来た。


 レオナールは杭に結んであったロープをほどき、長い竿をつかってボートを川の流れに乗せた。私たち四名の乗った小さなボートは、深夜の川をゆっくりと下って行った。

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