第8話 内なる敵
「ラファラン准尉は交戦しつつ後退しろ」
「了解しました」
ラファラン准尉と他のメンバーは、敬礼した後に右側の森へと入って行った。総勢二十名ほどだった。
「我々も進もう。姫君は徒歩で大丈夫ですか?」
「多分、大丈夫です。自分が歩いた記憶がないので自信はありませんが」
「その気持ちだけで結構です。いざとなれば、アストンが背負ってくれますよ」
「まかせな」
ライフルを担いだアストン上等兵がにやりと笑った。彼にはまるで、父親のような温かさを感じる。
私たちは、ラファラン准尉とは逆方向、つまり、左側の森へと入った。これは陽動作戦。人数が多く戦力が揃っているラファラン准尉が囮となり敵を引き付ける。私たちは少人数で敵中突破を図ろうという作戦だ。
「ちゃんとヘルメットは被りましょう。それと、護衛用の拳銃です」
ドラーナ伍長に、金属製のヘルメットを被せられた。また、小型の回転式拳銃もホルスターと一緒に腰のベルトに装着された。
「ありがとうございます」
「いえいえ。では、参りましょう」
「はい」
戦闘になる事は想定していなかったため、私は士官学校の制服のままだった。つまり、下はタイトスカートで靴は編み上げのショートブーツをはいていた。
スカートのせいで多少歩きにくいものの、若干重量のあるブーツのおかげで森の中を何なく歩くことができた。ローファーなどの革靴だったら、直ぐに足に痛みを感じて歩けなくなってしまっただろう。
私たちは闇の中をゆっくりと進んだ。今夜は幸いなことに、月が二つ空に浮かんでいたので、その月明りで何とか進むことができた。
発砲音はだんだん遠ざかっている。これは陽動が成功していると考えていいのだろうか。
私の傍にはドラーナ伍長。少し前にトラントゥール少尉とラクロワ中尉。その前にハルトマン曹長。さらに10メートル先、イシュガルド兵長が先頭を進んでいるし、私の5メートル後ろにはアストン上等兵だ。彼が
何事もなく森を通り抜けられたらいい。そう思って歩を進めていると、突然横から飛びだしてきた誰かに口を押えられた。黒くて冷たい手だ。これはもしかして自動人形なのか。私のすぐ傍にいたドラーナ伍長は、自動人形の光る剣で胸を貫かれていた。
くぐもった声を放ちながら倒れる伍長。剣の放つ光に照らされ、後方から走ってくるアストン上等兵の姿が見えた。しかし、彼は赤いビームに胸を貫かれて倒れてしまった。銀色のライフルでアストン上等兵を撃ったのはトラントゥール少尉だった。
「少尉、何をされるのです!」
ハルトマン曹長がトラントゥール少尉のライフルを押さえようと掴みかかるのだが、私を押さえていた自動人形の光る剣が曹長の胸を貫いた。10メートル前方を進んでいたイシュガルド兵長も異常に気付き、振り返ってライフルを構えたのだが射撃は少尉の方が早かった。兵長も胸をビームで撃ち抜かれて倒れてしまった。
突然の出来事に、私はただ呆然とするしかなかった。しかし、これが意味している事実は一つだ。トラントゥール少尉がパルチザンの構成員であり、情報を流していたのが彼だったという事だ。
少尉は銀色のライフルを構え、腰を抜かして座り込んでいたラクロワ中尉へ突きつける。
「驚かせて申し訳ない。貴方は殺しませんよ。さあ立って」
「わかった」
「大丈夫。あなたの任務は達成できます。シルヴェーヌ姫は私が責任もってイブニスへとお連れします。貴方にもご一緒していただきますよ」
俯き加減に頷いているラクロワ中尉だが、少尉の指示に従って立ち上がった。私を抑えていた黒い自動人形は手を離して私に一礼した。
「シルヴェーヌ様。数々のご無礼をお許しください。私はパルティア王国に使える者。ゼール型自動人形のレオナールと申します。この後、姫様の護衛は私にお任せください」
恭しく礼をしている黒い自動人形だが、彼は明らかに戦闘用だ。
私は今まで、自分の命が狙われていると思い込んでいた。しかし、事実はどうやら違うようだ。私を護衛していた兵士を殺した自動人形が、私を護衛すると言っている。そして、共和国軍特殊部隊アズダハーグのメンバーも、今、目の前にいるパルチザンの自動人形も、私の事を姫と呼んでいた。
これが意味している事はただ一つ。
私が旧パルティア王国に関係している重要人物である事。そして私と、今回の調査目的である遺失物が何か深い関係にある事。詳細は全くわからないのだが事実だろう。共和国軍とパルチザン勢力は、私を巡って戦っていたのだ。
自動人形のレオナールが私の手を取った。
「シルヴェーヌ姫、さあこちらへ。森の中に川が流れております。そこをボートで移動します」
倒れているドラーナ伍長が何か言った気がした。彼女はゴボゴボと吐血した後に腰の拳銃を引き抜こうとしたのだが、少尉のライフルで頭部を撃ち抜かれた。
「酷いですね。埋葬しないのですか」
「共和国のクズなど埋葬するわけがないだろう。野犬に食われればいいのさ」
少尉の心無い言葉に胸が痛む。確かに、戦争をしていて敵方を埋葬するなどと言う発想はないのかもしれない。しかし、少尉は紛れもなく共和国軍の士官であり、彼女は彼の部下だったのだ。
私は不信感の溢れる視線で少尉を見つめていた。
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