第7話 待ち伏せ

 装甲車は数百メートル進んではエンジンを停止する。森は静寂に包まれるが、その静寂の中を斥候部隊が進んでいく。もし、待ち伏せされた場合、装甲車の騒音で発見が遅れるからだという。

 装甲車が通れる道は一つだけ。大砲を載せている戦闘車が先頭。その後に装甲車が三両続く。前後に歩兵部隊が展開しているが、側面はがら空きだ。待ち伏せする側からすれば非常に戦いやすい状況だろう。

 しかし、我が方の歩兵は特殊部隊アズダハーグ。彼らは精鋭中の精鋭であり、密林などにおけるゲリラ戦にはめっぽう強い。しかしそれは、相手の情報があってこそだ。

 私は心配そうな表情をしていたのだろう。ドラーナ伍長が話しかけて来た。


「このまま森を抜けられると良いですね」

「そう思います。でも、森の入り口で待ち伏せしていたのですから、森の中にも罠を張っている可能性はあります」

「もちろんそうです。しかし、我々アズダハーグが護衛しています。ゲリラ戦を挑んでくるなら必ず排除します」


 そうだ。人と人の戦いならアズダハーグは我が国最強だろう。しかし、私は今朝、帝国製の自動人形に会っている。キャトル型のセシルだ。

 彼女は金属製の筐体だが戦闘用ではない。それでも自衛用として、一般的な兵士数名分の戦闘能力があると言っていた。本物の戦闘用ならどうなのだろうか。セシルの十倍程度の戦闘能力があってもおかしくはない。そうだとすれば、歩兵数十名の戦闘力に匹敵するという事だ。


 そんな帝国製の自動人形が待ち伏せしていたら、私たちにはそれを排除する能力がない。


 装甲車は停止し、エンジンも停止した。この静寂の中を、アズダハーグの精鋭が先へと進んでいくのだ。


 何も聞こえない。

 静かだ。


 車内の照明も落としてあり真っ暗だ。外も同じように漆黒の闇に包まれているのだろう。その闇の中を、特殊部隊アズダハーグが進んでいる。彼らが何事も無く進めればいいのだが、しかし、私はパルチザンの待ち伏せがないとは思えない。


 私の予想が外れるのなら、それが一番いい。

 何も起こって欲しくない。


 私は真剣に、待ち伏せがいない事を祈った。

 真剣に、彼らが無事に森を抜けられるように祈った。


 しかし、私の祈りは天に届かなかったようだ。


 前方に展開している斥候部隊から発砲音が響き始めた。

 パンパンと花火のような破裂音が夜の森に響く。


「始まった?」

「ええ。パルチザンの待ち伏せです。斥候部隊は後退、戦闘車の火力支援を要請しています」


 彼女は通信機のレシーバーを耳に当てている。その神妙な面持ちに不安を抱く。


「敵が多かったの?」

「いえ。一体だけ? 大きい。黒い、巨人?」

「黒い巨人?」

「詳細は不明です。何かのロボット兵器が暴れている……」


 やはりいたんだ。

 戦闘用の自動人形が。


 戦闘車が支援砲撃を開始した。ボンボンと発射音が鳴り、その後に爆発音が響く。パパパパと機関銃の掃射音も聞こえた。


 アストン上等兵は、上部のハッチを開いて機関銃を構えた。


「照明弾が眩しすぎて何も見えねえ」

「アストン上等兵、側面に注意しろ。来るなら左右どちらかだ」

「わかってるよ、曹長さん」


 私がいる左側の銃眼からイシュガルド兵長が外をうかがっている。右側にはハルトマン曹長が銃眼からライフルを突き出してボルトを引いた。


 そして、前方至近距離で爆発音が響く。


「不味いぜ。戦闘車がやられた。一番後ろの装甲車も燃えてる」

「自動人形にやられたのか?」

「恐らく。前にいるデカい奴が囮だ。あと二体、闇に紛れてる。前と後、ほぼ同時に火を噴いた」


 私の予想が的中した。正直、当たって欲しくなかった。


 私はこのまま死んでしまうのだろうか。

 幸いなことに、死に対する恐怖心というものはなかった。しかし、ほんの一月ほどの、父との会話だけが私の記憶の全てである事が無性に悲しかった。


「トラントゥールだ。姫様を連れて出てこい」


 外から声がした。隊長のトラントゥール少尉だった。

 ハルトマン曹長が後部ハッチを開き、外をうかがう。


 少尉とその部下が二人、見慣れない武器を抱えていた。


「ハルトマン曹長以下分隊メンバーは私について来い。姫を護衛しつつ徒歩でイブニスへ向かう」


 少尉の部下がハルトマン曹長とイシュガルド兵長、アストン上等兵の三名に銀色のライフルを手渡した。


「使い方はわかっているな」

「これは秘匿兵器では? 使用許可は出ているのですか?」

「心配するな。非常事態だ」

「了解しました」


 ハルトマン曹長は納得していない様子だったが、イシュガルド兵長とアストン上等兵はそのライフルを掴み、ニヤニヤ笑っていた。


「少尉殿。これ持ってきてるんなら早く言ってくださいよ」

「人が悪いぜ。これなら帝国の自動人形だってぶち抜ける」


 あの、銀色のライフルが状況を逆転できる秘密兵器なのか。三人の様子からはそのように伺えた。


「姫君とハルトマン分隊は私に続け。他の分隊は陽動だ。指揮はラファラン准尉に任せる。いいな」

「了解しました」


 いかにも叩き上げという印象のラファラン准尉は、テキパキと小隊のメンバーに指示を出している。そして一人、状況について行けないラクロワ中尉は俯いて口を閉じたままだった。


「中尉はどうされますか? もちろん、私と一緒にイブニスへ向かいますよね」

「そ、そうだな」


 恐らく、イブニスまでは30キロ程だ。普通に歩けば7時間程度かかるだろう。しかし中尉は、自分の脚で歩く事など考えてもいないようで、絶望的な表情をみせていた。

 私も多分、似たような顔をしているだろう。だって、自分で体を動かした記憶がまるでないのだから。自分が30キロも歩けるとはとても信じられなかった。



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