第6話 夜の森へ

「ラクロワ中尉。よろしいですか?」

「何だね。シルヴェーヌ」

「この先、伏兵がどれだけ潜んでいるか不明です。このまま闇雲に進めば全滅する可能性があります」


 意を決して私は中尉に注進した。彼は乗り物酔いからは醒めているようだが、状況の判断に苦悩している様子が伺える。顔面は蒼白なままだ。


「君の言いたいことはわかる。しかし、私の任務は君をイブニスへ連れて行くことなんだ。今さら引き返すわけにはいかない」

「イブニスへ届けるのが、私の死体でも構わないと?」


 中尉は私の意見を否定するかのように、必死に首を振っている。


「それは違う。君を守る事が第一だ。しかし、君をイブニスに届けなくては意味がないんだ」

「撤退しては意味がないと?」

「いや、そもそも戦闘になる予定はなかった」

「でも襲撃された。待ち伏せされていたのは情報が漏れていたからでは?」

「そうかもしれない。しかし……」


 戦闘経験の乏しい研究開発部の将校に適切な判断はできないらしい。尚も困り顔のラクロワ中尉に対し、白髪頭のハルトマン曹長が意見具申をした。


「中尉のお考えも尊重いたしますが、姫君の意見が妥当であると考えます。強行突破するならば、中隊規模の歩兵部隊と支援火器を搭載した機甲部隊が必要です。途中で待ち伏せしているであろうパルチザンの戦力を排除しながら進むしかありません」

「待ち伏せしているとは限らない……」

「そうです。しかし、現に待ち伏せされ奇襲を受けた。先ほどは航空支援のおかげで敵を排除できましたが、森林において、しかも夜間では航空支援を受けることができません。現有戦力での強行突破は不可能であると判断します」

「そうか……」


 ラクロワ中尉は迷っているようだ。そこまでして私をイブニスへ連れて行きたいのだろうか。そんな煮え切らない中尉に対し、あの、横柄なアストン上等兵が口を開いた。


「なあ。中尉の兄ちゃん。あんたがどうしたいのかは知ったこっちゃねえんだ。俺たちの仕事は、そこにいる姫様の護衛だ。あんたに付き合ってちゃ姫様は守れねえ。今すぐ引き返すか、増援が来るまで待機するか決断しろ。今夜イブニスへ行くのは無しだぜ」

「おい、オッサン。上官に向かって何て口の利き方をするんだ? そんなだから降格されるんだ」

「うるせえよ、イシュガルド。俺は言いたい事は言う。我慢を重ねて出世しようとは思わないね」

「ああ、そうかよ。で、ラクロワ中尉。明日、増援が来ることは敵方も想定内だ。つまり、今から移動しなけりゃここも当然狙われる。即時撤退が俺のお勧めだ」


 反目し合っているようなアストン上等兵とイシュガルド兵長だったが、考えている事は大体同じだった。つまり、先へ進むなという事だ。


 蒼白な面持ちでラクロワ中尉が語る。


「君たちの言いたい事はわかった。しかし、私にも使命がある。それは、彼女をイブニスへ連れて行くことだ」


 中尉も必死だ。何が何でも私をイブニスへ連れて行かなくてはいけないらしい。中尉はさらに言葉を続け、彼らを説得する。


「目的地までは後60キロ程なのだ。斥候を放ちながら、慎重に進もう。敵が重火器を装備していなければ、この方法で切り抜けられる。朝までに森を抜けイブニスに到着するはずだ」

「歩く速度で?」

「斥候は徒歩だ。これはある種の賭けだが、パルチザンが重火器を森林に潜ませているとも思えない。携行火器のゲリラ戦で挑んでくるなら、君たち特殊部隊アズダハーグで排除できるのではないかね」

「歩兵二個小隊ほどなら、その通りです。しかし、我々は何の情報も得ていない。逆にパルチザンの方は、どこかから我々の情報を掴んでいる。多分、中尉の性格も把握してる。これじゃあ罠の中に飛び込むようなものです」


 中尉の意見に反対しているハルトマン曹長だが、彼の言葉を制する将校がいた。この人はアズダハーグの小隊長であるトラントゥール少尉だ。


「曹長、控えろ」

「しかし少尉」

「この任務の重要性を考えれば、早い方がいい。今は先に進もう」

「わかりました」


 少尉は小柄な青年だ。彼はラクロワ中尉に謝罪の言葉を述べた。


「部下が失礼なことを言いました。申し訳ありません」

「いや、それは構わない。彼らの言う事ももっともだからね。しかし、事は急を要する」

「承知しています。深夜の行軍になりますが、これが返って敵の意表を突くことになるでしょう。人員の配置については私にお任せください」

「わかった」

「では小休止だ。食事は糧食で済ませろ。15分後に出発。負傷者はここで待機だ。明朝、救援部隊が到着する」


 少尉は本物の隊長だ。彼の言葉に従い、周囲の兵士は全員きびきびと動き始めた。私の所にはドラーナ伍長が戦闘用の糧食を持ってきてくれた。これは棒状でビスケットのような食感だ。それをかじりながら水と一緒に喉に流し込む。あまり味のない素っ気ない食べ物だが、栄養価としてはこれで十分らしい。


 夕陽が森の木々を赤く染め始めた。もうすぐ日が暮れる。

 私たちは負傷兵をその場に残し、森の中へと入った。歩くような、ゆっくりとした速度なのだが、それでも装甲車の発する轟音は森の中に響き渡る。そして前照灯の明かりも目立っていた。


 やはり目立ちすぎている。これでは私たちの位置はバレバレではないか。そんな事実を目のあたりにして、私は不安で仕方がなかった。


 

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