第5話 パルチザンの襲撃

 小休止の後、砂漠地帯を三時間ほど走行した。そろそろ、遠くの山脈を背にした森林地帯が見えているはずなのだが、窓のない装甲車なので外の景色は見えない。


「やっと乾燥地帯を抜けました。この川を渡ると草原地帯になります。1時間ほどで森林地帯に到着します」


 側面の銃眼を覗きながらドラーナ伍長が説明してくれた。


「森の中も、装甲車で走れるんですか?」

「ええ。戦車も装甲車も走れるように森を切り開いてあります。未舗装ですが、道ができています。古都イブニスまで、歩くことはありませんよ」

「ああ。少しほっとしました。このような車両で森の中へ入れるのかどうか不安だったのです」

「問題ありません。今から渡河します。車両が揺れるので気を付けて」

「はい」


 私は座席の脇に設置してある金属製の取っ手を掴んだ。車両がガタガタと揺れ始め、バシャバシャと水音がする。川のごく浅い部分をそのまま走行しているのだ。ほんの数十秒で川を渡り終えた。


「姫。外をご覧になりますか?」

「はい」


 装甲車の側面には、車内から銃を撃つ為の穴が設置してある。その穴を覗くと外の風景が見えた。広々とした草原と、そこで暮らす野生の生き物を見ることができた。装甲車に驚いて飛び立つ鳥の群れや、必死で逃げる野生馬。また、興味深そうにこちらを見つめる野牛の群れも見えた。


「この辺りは自然が多いんですね」

「はい。この地区は自然保護区となっております。原則、開発は禁止されています」

「あの小川を境に?」

「はい、そうです」


 この小川はセトラス。かつてはもっと大きな川であったらしい。上流にダムが建設され、その豊富な水を灌漑に利用したため川の水量は激減した。また、ここより北方でも大規模農業を実施するため、大量の地下水を汲み上げた。農作物、特に穀物の生産量は飛躍的に増加したのだが、そのおかげで中央部の乾燥地帯が広がってしまったのだという。


「やはりね。自然の破壊も問題にされているの。これ以上、乾燥地帯を広げないようにね、色々規制され始めたのよ」


 人間の生産活動により破壊される自然。そして、その生産活動を規制し自然を守ろうとする人間。そこには自然を管理し支配下に置こうとするような、傲慢な思想が垣間見えた。


「民間に任せるとね。本当に好き勝手やっちゃうんだよ。だから、政府や軍が規制して管理しないとね。自然環境は守れない」


 ドラーナ伍長は力説しているのだが、私はその言葉に少し疑問を持ってしまう。そう、自然を管理できるほど人間は大きな存在なのだろうかと。自然の方がよほど大きく、高貴な存在ではないのかと。


 そんな思考が巡る。私は伍長の言葉に頷きながらも、彼女の言葉を素直に受け入れる事は出来なかった。


 そんな、哲学的な思考に満たされていた私を、凄まじい爆発音が揺さぶる。何だ? こんな場所で、まさか戦闘が始まったの?


 発動機の回転が上がり、轟音が車内に響く。アストン上等兵が上面のハッチを空け、外の様子を確認している。


「頭を走ってた戦闘車が火を噴いてる。今、追い越した。帝国軍の奇襲だ。10時方向、ブッシュの中に伏兵」

「わかった」


 イシュガルド兵長が銃眼からライフルを突き出し、射撃を開始した。アストン上等兵も車体上部に設置してある機関銃を撃ち始めた。


「不味いぞ。後ろのハーフトラックもやられた。二両とも脱落してる」


 正に全速力といった感じで装甲車は走り始めた。騒音も振動も、先程とは比べ物にならない。私は座席の傍に設置してある取っ手にしがみついていた。舌を噛まないように歯を食いしばった。目を瞑って、この凄まじい振動に耐えた。それこそ必死に。


「おお。航空機の支援が始まった。後ろの戦闘車も砲撃してる」


 何回も爆発音が響き、地震のように大地が揺れた。

 装甲車は速度を緩め、そして停車した。


「爆撃はすげえな。一瞬で沈黙した」


 どうやら、数カ所のブッシュの中に伏兵がいたらしい。重機関銃と速射砲を構えて待ち伏せしていたのだ。

 先頭を走っていた大砲を装備している戦闘車が最初に狙われた。その後に狙われたのが後方のハーフトラックだった。幸いにも、私たちの乗っていた装輪装甲車は高速を出せたし、生き残っていた戦闘車が盾になってくれたおかげで、伏兵の射線をかわすことができた。航空機の支援も間に合い、何とか敵を撃破したようだ。


 部隊は一旦停止し、生存者の救出や車両の修理に取り掛かるようだ。上空では戦闘機ガーリオが旋回しつつ、付近を哨戒していた。


「戦闘機の哨戒はあと30分です。その後は日が暮れますので、次の支援は明朝となります」

「しかし、トラックが二両ともやられたのは痛かったな。調査機材のほとんどを失ってしまった」

「出直しますか?」

「いや、このまま進もう。先行している部隊と合流した方がいいだろう」

「調査機材は?」

「彼女がいれば、原則不要なんだ。予定通りにいかない場合の保険みたいなものさ」

「なるほど」

「襲って来た連中の正体が判明しました。旧パルティア王国の残党です」

「パルティア王国は100年前に滅んでるのにな。未だかの国の復活を願って活動しているとは信じられない。武器は帝国が支援しているのか?」

「恐らく。帝国の衛星国家であるグラファルド皇国が後ろにいると思われますが、証拠はありません」

「捕虜は?」

「残念ながら、全員死亡しました」

「情報は取れなかったか」

「はい」


 ラクロワ中尉とハルトマン曹長が話し合っている。

 戦闘が行われ、かなりの死傷者が出ているのだが特に恐怖心はなかった。中尉はこのままイブニスへ進もうとしているのだが、私の第六感はそれを全力で否定していた。このまま進めば、部隊は全滅してしまうと。

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