第4話 荒地を往く
ゴゴゴゴゴゴ。
結構な振動に揺さぶられている。発動機の騒音も酷い。
私は今、装甲車に乗せられている。あの後セシルと別れ、すぐに士官学校を出発したのだ。
舗装された道路を走っている時はそうでもなかったのだが、未舗装の荒れ地に入った途端、乗り心地は極端に悪くなった。
この乗り物はシュバル共和国軍の装輪装甲車。一般には殆ど普及していないピストン式の内燃機関を搭載した新型なのだとか。八つの巨大なタイヤを備えており不整地での走破性も高い。そして、サスペンションのストロークが長く、従来の
幸いにも、私は乗り物酔いに縁がなかった。しかし、目の前にいる黒髪のハンサムな中尉殿は、元々色白な顔が更に蒼白になっているし、既に二回も嘔吐していた。共和国軍研究開発部の将来有望な若手士官も、この装甲車の乗り心地には勝てないようだ。
その、ラクロワ中尉の背をさすったり、嘔吐用の袋を用意したりして世話をしているのが年配のハルトマン曹長。そして先ほどからメカニカルな解説をしてくれているのが、浅黒い肌の女性兵士ドラーナ伍長だ。その向こうで何もしゃべらず、ライフルを磨いているのはイシュガルド兵長。グーグーといびきをかいて爆睡しているのがアストン上等兵。彼は年齢的にハルトマン曹長の次らしく、態度的にはやや横柄な印象を受けた。
ハルトマン曹長以下四名は、共和国陸軍特殊部隊アズダハーグに所属する凄腕の兵士だと紹介された。私の護衛としてこの装甲車に乗り込んでいる。そして、紅一点のドラーナ伍長が私の世話役だ。
「この車両は新型の装甲装輪車です。本来の定員は武装した兵員12名ですが、今日は半数しか乗っていません。この理由がお分かりですか?」
「いえ」
マッチョなドラーナ伍長の質問には答えることができなかった。そもそも、どんな役割の人が何人必要なのかも知らない訳だし。
「作戦期間中、この車両を姫の居室とするためですよ」
「え?」
「だから、姫のお部屋として使っていただくためです。我々はテントで十分ですから」
「そんな。私だけ優遇されるなんて」
「いえ。司令部からは最大限に優遇せよとの命を受けております」
姫と呼ばれたし、何故か賓客として扱われているようだ。
皆が平等であるはずの共和国において、こんな待遇をされるのは違和感がある。しかし、私にはどうする事も出来ない。そして、私が何のためにイブニスに向かっているのか、その理由もまだ教えてもらっていない。中尉からは現地に到着してから説明すると言われている。
「小休止するようですね」
装甲車が停まった。後部のハッチが開きそこから真っ先に降りたのはラクロワ中尉だった。彼の世話係を務めているハルトマン曹長もその後を追う。
「姫。私たちも降りて昼食を取りましょう。アストンさん。起きて、お仕事よ」
「ああ」
さっきまで爆睡していたアストン上等兵は、パチリと目を覚ました。ゆったりと体を起こし、装甲車から降りる。他の車両からも続々と兵士たちが降りて来ていた。私たちと同じ装甲車が他に二両。同じボディに大砲を乗せている戦闘車が二両。後輪部分がキャタピラ式になっているハーフトラックが二両。調査部隊と戦闘部隊、合わせて三十名ほどの大所帯だ。
「彼はね。料理が得意なの。期待していいわ」
「はい」
「今日は何かな? 私の予想では、ハンバーグ&焼きそばパンよ」
「焼きそばパン?」
「ええ。もう最高に美味しいんだ」
パンと焼きそばって……意外な組み合わせだ。どんな味なのか私には想像もできない。
装甲車の脇にセットされた簡易テーブルで待つこと10分。お皿に乗せられたアストンの焼きそばパンが目の前に出て来た。縦の切れ目が入ったコッペパンの中に、焼きそばが詰め込んである一品だった。そして真ん中に鎮座している小ぶりのハンバーグが湯気を立てていた。
「姫。そのままガブリとやっちゃってください」
「いただきます」
下品かもしれないと少々不安になったものの、ドラーナ伍長の言う通り、私は焼きそばパンにかぶり付いた。ウスターソースの香ばしい香りが口いっぱいに広がる。柔らかいパンと歯ごたえがある麺の対比も新鮮だった。肉汁の溢れるハンバーグもいい味を出していた。こんな荒野で、こんなに美味しい昼食をいただけるなんて夢にも思わなかった。彼はたいそうな腕前だ。その、アストン上等兵の作る食事が三食いただけるなら、遺失物の調査だろうが地獄だろうか、何処でも行っていいとさえ思えたから不思議だった。
その時、上空から爆音が響いて来た。
何か、空を飛んでいるものが私たちに近づいて来ていたのだ。
見上げるとそれは航空機だった。
「アレも共和国軍の新兵器です。ピストン式の内燃機関を使ったレシプロ戦闘機ガーリオ。ああして付近を哨戒しているのです」
私たちの安全の為、空から見張ってくれているんだ。新兵器の航空機を使って。イブニスで見つかったという帝国の遺失物がどれだけ重要なのかが伺える。
二機のガーリオは翼を振りながら、森林地帯へと向かって飛んでいく。この辺りは既に砂漠地帯に入っており、乾燥した大地が広がっている。灌木や草地もあるが、概ね岩がゴロゴロ転がっている荒地だ。その先には丘陵と森林地帯が見える。その奥にあるのが旧王都イブニスになる。
そのイブニスへと向かって私たちは再び走り始めた。
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