第3話 士官学校にて

 私はセシルと共に階段を降り、一階のエントランスへと向かった。驚いたことに、そこには十数名のメイドが整列していた。


 まさか私を? 他の高貴な人物がいるのかと思って周囲を見渡してみたが誰もいなかった。彼女達は私を見送っているのだ。

 私はどうやら、セレブリティな上流階級に属する家庭の子女である事が伺えた。何とも複雑な気分である。我が国では、『人は全て平等である』との理念に基づいて国家運営されていると学んだのだが、自分の立ち位置がこうも矛盾しているとは意外な事実だ。あからさまな貧富の差があるのだ。


 外にいた黒服の紳士が私に頭を下げた。


「おはようございます。シルヴェーヌ様」

「おはようございます。貴方は?」

「私はボレリ家のハウス・スチュワードを務めさせていただいているブライアン・ブレイズと申します。BBとお呼びください」

「わかりました。BBさん、今後ともよろしくお願いいたします」

「こちらこそ」

  

 深く礼をした彼は、私を黒塗りの立派な馬車に案内してくれた。御者の男性は帽子を取って会釈をした。私は彼に会釈をし、BBに手をひかれて馬車に乗り込んだ。

 四輪で四人乗り。キャリッジというタイプだと思う。私とセシルが乗り込んだ後、BBも馬車に乗り込んで来た。


「何があるかわかりません。私はシルヴェーヌ様の護衛として、道中ご一緒させていただきます」


 彼はそう言って、懐に収めている回転式拳銃をちらりと見せてくれた。そしてBBが合図すると、ゆっくりと馬車が走り始めた。正門までは500メートル以上あった。何て大きな屋敷だ。私の家はどんな大貴族なのか、それとも大資産家なのか想像もつかない。


 大通りへ出た馬車は、軽やかに走行している。あたりを見渡すと、内燃機関を搭載した自動車や、馬ではない獣、大型の犬や牛、爬虫類らしき生き物に引かせている馬車もあった。いや、アレは犬車とか牛車とか竜車と言うのだろう。そして、飛ばない大型の鳥も背に人を乗せて走っていた。古代から現代までの乗り物が一同に会している様子は、非常に興味深かった。


 そうだ。我が国の前身であるパルティア王国は、帝国が布教したアルマ教団とは別に自然信仰の根強い国であったと聞く。そのため、獣の品種改良なども盛んで、馬の他にもさまざまな動物を使役し交通に利用してきた歴史がある。

 雑多な乗り物が行きかう大通りを抜け、脇道へと入る。そしてしばらく進むと共和国軍の士官学校が見えて来た。旧パルティア王国の王立魔法研究所の後地に建てられている。他には国立大学と軍の研究所も併設されているという。もちろん、私はその概要しか知らない。


 馬車は正門で一旦止められ、通行証の提示をした。そして、そのまま学内の敷地を走り、士官学校の前で停車した。先に馬車を降りたBBに手を引かれ私も馬車を降りた。私の後にセシルも続いた。


「それではシルヴェーヌ様。私がご案内できるのはここまでです。あちらが士官学校の教職員棟となります。学長室は玄関から入って左側の奥、受付の担当者が案内してくれます」

「ありがとうございます」

「お気をつけて」


 私はBBに会釈をしてから受付へ向かおうとしたのだが、中から女性職員が三名、走って出て来た。


「お待ちしておりました、シルヴェーヌ様。さあこちらへどうぞ。学長がお待ちです」

「はい」


 私は彼女達に誘われるまま、教職員棟へと入る。大きなカバンを抱えたセシルも私の後を付いて来ていたのだが、誰も彼女を咎めなかった。セシルは付いて来ても良かったって事だ。私はセシルの顔を見て少しほっとした。


 私はそのまま学長室へと案内された。中には初老の紳士とまだ若い士官がいた。 


「よく来てくれた。さあ、そちらのソファーにかけたまえ。セシルも一緒に座りなさい」

「はい」

「かしこまりました」


 紳士の言葉に頷き、私とセシルは応接セットの下座にある三人掛けのソファーに座る。茶色の軍服を着た初老の紳士と、紺色の軍服を着た若い士官が上座側の椅子に座る。そして初老の紳士が口を開いた。


「おはよう、シルヴェーヌ。私が君の父親、モーガン・ボレリだ」

「はい、お父様」


 髪の毛は真っ白。そして頭頂部はその密度が薄い。何だか、父というよりは祖父という言葉がしっくりくる人物だ。しかし、先日まで私と会話していた父はこの人で間違いない。もちろん声が聞こえていた訳ではないのだが、言葉の波長と言えばいいのか、その言葉に込められている意識の色はそっくりそのままだった。


「シルヴェーヌ。体の調子はどうかね。十分に回復したと思うのだが」

「日常生活においては問題ないように思います。ただ、運動はしていないので、その辺りがどうなのかはわかりかねます」

「君に戦闘訓練は必要ないよ。それに、記憶が失われている事は承知している。本当はね、この学校で学びつつ徐々に慣れてもらうつもりだった。学生生活をね、楽しんでもらおうと思っていたのだ」

「はい」

「しかし、急がねばならない事態が発生した」

「?」


 何の事だろうか。

 父の隣に座っている若い士官が挨拶をした。


「私はテオドール・ラクロワ、共和国陸軍中尉です。研究開発部に所属しています。実はその、緊急事態に関しては私の担当部門なのです」


 私は頷いた。父が促し中尉が話しを続けた。


「パルティアの古都、イブニスの事はご存知ですか?」


 古都イブニス。大雑把な知識としては知っていた。その一言に何故か温かいものを感じたのだが、理由はわからない。


「共和国の首都ペリザリアより西方の、森林地帯にその痕跡があると聞いたことがありますが、詳しくは知りません」

「うん、そうだろうね。皆、概要しか知らない。そこは砂漠の向こうにある深い森林地帯だからだ。ひと月前、そのイブニスで帝国の遺失物が発見された」


 私は静かに頷いた。その、帝国の遺失物とやらが何か大仰なものなのだろうか。


「今回、その遺失物を詳しく調査する事になった。その為にね、君に来て欲しいんだ」

「私に?」

「そう、シルベーヌ・ボレリ。君の力が必要だ。」

「ラクロワ中尉を手伝ってくれないか?」


 中尉と父から嘆願され、拒否などできるはずもない。私は「わかりました」と返事をするだけだった。


 ここ、ペリザリアより西方に500キロメートルの森林地帯にあると言われている古都イブニス。そんなところまで行って私に何ができるのだろうか。しかし、古都イブニスという言葉には奇妙な暖かさを感じていた。私は、不安と期待が入り混じった不思議な感覚に包まれていた。

 


 

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