「墓碑の女」

(今回は今日が適切かな。嫌だな……)

隠し持っている煙草を吹かし、少女は軽くむせてから机の引き出しを開ける。

捨てやすいゴム手袋を嵌め、親が勝手に無くしたと思い込んでいるアイスピックを手に取り、ポケットに格納する。


(さよなら、ユウ)

そして1度黙祷を捧げた後、少女は2階から、音もなく飛び降り、そのまま暗闇へと駆け込む。



「じゃ、お疲れー」

そう誰かに言いつつ夜道を歩いてくるのは、少女の幼なじみのユウ。「想定通り」、電灯が壊されたこの道を辿ってきている。


そうして、少女の潜む暗闇を通り抜けた直後。

少女は、幼なじみの脊椎を的確に砕いた。


「ッ……?」

声もなく、倒れるユウ。

そのまま振り返ることなく少女は走り去り、雨樋を通って軽やかに2階へと駆け上がった。1階の両親に気付かれないためだ。

こっそりとアイスピックを机の奥底にしまい込み、息をつく。

(……これで36550番目。私は、36550回もユウを殺した。まだ、7505回残ってるんだけどね)





……少女は、時空を超えるという能力を持っていた。生まれた時からずっと、全ての時空を見ることが出来、途方もない数の世界の記憶を共有している存在。


そして、世界の記録はいずれも60年から長くて百年程度で途切れていた。それらは全て、自分の幼なじみであるユウが死んだ時。

つまり、彼女の能力は「全てのユウの人生」に宿っている力ということだ。



そして、いずれの世界においても少女はユウに恋をする。違う高校の世界もあれば、大学から会社まで一緒の世界だってある。

……しかし、ある世界を除いて、彼女はいずれも破滅的な死を迎えていた。ある時は高校教師に、ある時はバイト先の同僚に、ある時は会社の社長に。

いずれも、ユウに恋慕した者にである。そして、除かれた世界とは、ユウとの恋愛が成就した世界。

何度も少女達は足掻き、未来を変えたが、どうやってもユウがいる限り少女は死ぬ。



彼女、あるいは彼女たちはその自分たちの死に様を見て嘆いた。そして、彼女の全てはあるひとつの決まりに合意する。


(((ユウと添い遂げられない世界線のユウを殺そう)))

そうして、幾千幾万ものユウを殺していった。殺し損ねた初期の世界線の少女の推論によると


(私たちの能力の性質上、ユウを殺した時点でその世界が観測できなくなり、世界は消失するか……あるいは存在しても私たちには見えなくなってしまうのでは無いか?)


ということだった。そして、その可能性がある以上、折角死の機会から逃れたのに人生を棒に振る訳には行かないと、私たちは暗殺の練習に励んだ。

幾らかの少女はその人生を暗殺の技を磨くために費やしてくれたりもした。結局、ユウの彼女に殺されてしまったが。

その経験が、暗殺の腕を磨いていった。2万を超えた頃にはどうやっても見つからないほどには完璧に暗殺出来るようにはなった。なってしまった。


そうして今回の少女も、確実にユウを葬る。

脊椎を砕き、1週間程度の脳死の後に心肺が停止する……そして毎回の観測は終わっていた。どうやら観測は心肺が基準らしい。

そうして、寝床につく。

心は死んだように凪いでいた。





1週間後。ユウが死んだ。

どうやら、少女たち危惧通り、観測が出来なくなっても人生は続いていった。

(能力も見えなくなっちゃったな)

初めての葬式。

同級生の多くが葬列に集まった。あの時私を殺したアイツも、アイツも、アイツらも。

散々殺してきたユウの遺影を見て、まるで何も無かったかのように思い出が蘇り、身勝手にも号泣してしまった。

帰ってきて母親が私の背を撫でてくれる。悲しくて仕方がなかった。



私たちの予想通り、捜査は転倒による事故死という形で打ち切られた。ユウのお母さんが納得いかないと嘆いているのを見て、冷えきった心が軋んだ。



でも、本来の私は1年半後に死んでいたのだ。今回は確かユウに惚れ込んだ男に殺されたはずだっけな。

いくつかの私は殺される運命を知って変えようとしたが、7回ぐらい殺される運命を回避した辺りで心が折れて首を括った。


(私が生きるため。身勝手のために、私はユウを何度でも殺す。)

自分を納得させるために何度も唱えた。



そうして卒業し、就職した。私を殺しに来る人は……まだ、居ない。

能力を失ってから久しいけど、未だに足音も消せるし暗殺も多分できる。やらないけど。

こんな訳だから、男が寄り付くことはついぞ無かった。



季節は何度も巡り、私は酷く歳をとった。老衰のタイミングからして、さすがにそろそろ逝くだろう。

お彼岸が終わり、墓場が再び静寂に包まれたある日。

……というか、そのタイミングを狙って、ユウの墓場があった場所に来た。もう、墓は撤去されている。

共同墓地の萎れた花を捨て、新しい花を供える。線香は直ぐに消えるよう半分に折っておく。

掠れた記憶がチリチリと心を逆撫でしていく。



(あれだけ殺してきて1束しか捧げない私は本当に酷い女だ)

(ごめんね、ユウ)

かつて見た幸せな世界を想い……



そして、嫌な可能性にぶち当たった。

(待って?殺すまでずっとあの力は、残ってるんだよね?)

(10万回以上ユウを殺した記憶を持ったまま、死ぬまでユウと添い遂げるの?)

すっと血の気が引く。目眩がして、近くの蛇口に思い切り頭をぶつける。





「少女」の中で最も幸せな人生が、ここで終わった。

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