短編「宇宙のレコード」
ここは第4天の川銀河120度域、この辺りで1番大きな居住可能惑星ガルド付近。ガルド生まれの少女エディンはガルド近郊の宇宙ステーションでデブリの回収業者をしていた。彼の楽しみは、人が遺したデブリを見て思いを馳せることだった。
「おっさーん、今日はなんか面白いデブリあった?」
回収をしている上司に首尾を聞いておく。基本的にデブリを回収するのは航路の安全確保であり、それらは廃棄物に過ぎないため持っていっても何も言われないのだ。
「おう嬢ちゃん!いやぁ、驚けよ!なかなか立派なロケットを拾ってな。その奥にこんなもんが、しかも無傷で残ってやがるんだよ!!」
珍しく上司が興奮している。彼がそこまで言うような物となると金塊とか軍事機密かと思い、少し失望するが、
「ん?なにこれ。円盤……あれかこれ、データチップの前身の前身……DVDだっけ」
「いいや、それがな。DVDって奴は光でデータ化する以上真っ黒じゃあ成立しねぇんだ。こいつはな、ここの溝に針を通して録音した音を再生するレコードって奴だよ」
「
「なんでも、人類の宇宙進出どころか月面着陸よりも前からあるんだとさ!まぁさすがに、そんな古いヤツじゃあないだろうけどな」
それはそうだ。地球の所属する第1天の川銀河第4天の川銀河の距離を考えると、そんなシロモノをわざわざ運ぶような馬鹿はいない。せいぜい地球文化にかぶれた俺たちのようなロマン野郎が作ったんだろう。
「針か。図面とかネットに落ちてないかな?たとえばログが残ってる地球の特許技術とか」
「嬢ちゃん冴えてんなァ!……これだな。ほうほう、円盤を回して軽く固定した針で聞くわけだ」
「作ってみるか」
「俺も興味あるし、手伝ってやるよ」
そうして、レコード再生の用意は直ぐに整った。
レコードは主に音楽を録音していたらしい。でも、これに刻まれていた記録とは一体なんだったのだろうか。
恐る恐る、針を、落とす。
ハローハロー。こちらブリテン銀河調査団第3天の川銀河170度域担当係補給艦ソネット25だよ。A面には現状の報告だけ遺しとくね。
まずなんでこんなレトロなものに記録してるか、ってことだね。これは単純に、私たちが直面したエリアにはめちゃくちゃな磁気嵐が吹き荒れてるから。
ま、当然だけど通信もコンピュータも全滅、仲間達はもう居ない。どこかに行ったのかもしれないし、デブリに気付けずに爆散したかもしれない。多分生きて帰れたのは磁気嵐の報告をしに行った船ぐらいじゃない?
さすがになんか言ってて悲しくなっちゃうね。
ま、そういう訳で物資の中になんか積んでたレコードを見つけたからちょっと拝借して刻んでみようかなって。アナログ式の擬似重力装置がない船だったら困ってたね。
この船、ソネット25は補給艦だから色んなものを積んでたんだけどね、そもそもみんなと連絡も取れないし補給用の物資も送る手段がない。今は燃料使わずに慣性で飛んでて、呼気の二酸化炭素をフィルタリングして燃料の酸素を使って23年凌いでる。
あ、自己紹介が遅れたね。私はポエト。ソネット25の中で生まれた宇宙船ベイベーにして唯一の生き残り!実質私って船長だよね!
お父さんやお母さん、船のみんなはもう居ないよ。あの人たちほんと酷いんだよ?食糧ないからって最初にめちゃくちゃ人追放してさ、私が産まれた時には7人ぐらいしかいなかったんだよね、私以外のみんなデブリになっちゃったけどね。
……なんでお父さん達はこんな地獄で私を産んだのかは分かんないけど、私を愛してくれてはいたんだよね。食糧不足で私を生かすために自殺しちゃったから産んだ理由の方はわかんないけど。
私は船で生まれて船で死ぬし、なんか連絡することなんてないんだけど、それはそれとして誰にも認知されずに死んでくのが悲しいな。気休めでもこういうの遺しとけると安心するなぁ。
……そういえば、B面どうしよう?一応報告なんてこんなもんでいいだろうし……空気があるのは艦内だけだから、空気がある所らしいことしたいんだよね。
そうだ、歌、歌おう!レコードって歌を録る奴なんだよね?音の届かない宇宙の真っ只中で、燃料の酸素で歌を歌って、アナログ式の擬似重力装置で針を落とす……なんか超ロマンチックじゃない?
出来ればロマン大好き元気な馬鹿に届いて欲しいけど、高望みはするもんじゃないね。
ということで、聞いてくれた君!B面へどうぞ!
……
底抜けに明るい声で告げられるあまりにも暗い話。ロケットにあったということはつまり、どこかに着陸できた訳でもない。ポエトさんはまず間違いなく、死んでしまっただろう。
「……なんか、これは、聞いてよかったのか分からなくなるな……」
「違うぞオッサン。これは、誰かに聞いてもらうための記録だ。いや、オレ達が聞くのはなんか申し訳ないけどよ」
「うん?いや、嬢ちゃんには合ってると思うぜ?ロマン大好き元気な馬鹿」
「……はは。俺が合ってるなら、この人も幸せだろうな」
裏面を向け、もう一度針を落とす。
彼女が死んでいるという事実に胸を痛めても、これは聞かなきゃいけない。彼女の生きた証を、聞いてあげなくては。
……
♪ねむれ ねむれ 母の胸に
ねむれ ねむれ 母の手に
こころよき 歌声に
むすばずや 楽しゆめ
……
わずか数分のレコードは、大昔の子守唄だった。多分、彼女が聞かされていたであろう子守唄。美しい歌声が、心に、目に沁みる。
「オッサン……これ、持って帰っていいか?」
「やれやれ。一応データチップ化はしといたからな?レコードは再生しすぎると削れて聞けなくなるらしいから聞くならそっちにしろよ」
「うん」
……
時は流れ、彼女は成長し、新しい銀河の開拓を目指す船団の技術船の船長になっていた。船の名前はポエト号。
はじめて船に乗るスタッフが、彼女が大事に持つレトロな品に興味を持っている。
「レコードですか。噂にしか聞いたことがないですけど、こんなの置いてるんですね。自作ですか?」
「そうだよ、昔っから趣味でね。音の届かない宇宙の真っ只中で、擬似重力装置で針を落とすなんて、ロマンチックじゃねぇか?」
「ロマンチック、ですか。」
「なんだニイちゃん、ロマンは大事だぞ?夢を見ろ夢を」
このレコードはあの時届いた奇跡とは違う。
俺のこれはただ航行の度に片面だけ記録するもの。今回の航行の感想に過ぎない。
でも、でも。
B面に子守唄が彫られることは、ないといいな。
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