短編
とーらん
1.「冬の花火」
花火とは、いつかは消える輝きをこそ愛でるものである。
少年が「それ」に焦がれたのは、夏も終わりを迎える頃。彼が住んでいた小さな村の、広告雑誌の端の欄。
何の変哲もない夏祭りの写真の1枚に、それはあった。
紫の浴衣を着た少女と、後ろに咲く花火。
少女の長い髪は、三つ編みにされ組紐で括られた上で片方に寄せられていて、もう片方から見えるうなじがとても魅力的だった。そして、満開の花火がその美を引き立てる。
少年ははっとした。この少女は、同じ中学のひとつ上の先輩だったのだ。そんなに美人と思ったわけではなかったが、こうやって見るとあまりにも美しく、目が離せなくなるものだとは思っていなかった。
少年は急いで雑誌から少女の写真を切り抜く。閉鎖的な村において人の恋バナは娯楽に等しいため、両親にはバレたくない。その一心で切り抜いた写真は机の奥底に仕舞われ、そして、少年は部活や勉強に追われ、写真はテストや連絡用紙に紛れ、奥底から出てこなかった。
時は流れ、冬。定期テストが終わり、ぎゃあぎゃあと皆が騒ぎながらテストの話をしたり冬休みの予定を聞いたりしている。すると、少年の部活友達がふと、
「なぁ、知り合いの先輩が売れ残りの花火やろうぜって言ってきたんだけどお前も来る?来るよな?カラオケとかゲーセンとか行くらしいけど金あるか?」と言うので、
「もちろん行く」と答えた。
「さっすが。じゃ、荷物置いてからすぐ第一公園に集合な」
「あいよー」
少年は先輩といっても2,3人程度だと思っていたし、同級生もそれぐらい来るだろうからまぁ気楽に参加しようと思っていた。
しかし、荷物を家に置いて(ついでにお菓子を食いまくって)から公園に行ってみると、同級生は4,5人居たが、それよりも上級生が7,8人で何か遊んでいた事に驚いた。予想よりかなり多いからだ。
「「叩いてかぶってジャンケンポン」」
「「あーー!!」」「くっそ防がれたか!もっかい!」
「「叩いてかぶってジャンケンポン!!」」
「っしゃあ!!」「あーーくっそ間違えたぁ!!」
……といっても、同級生とあまりやっていることは変わらないが。
そこに、
「ここで花火出来るってホント?」
「おう、やってんぜ!まぁカラオケ行ってゲーセン寄って飯食ってからだけどな」
「下級生連れてかい」
「ぜってぇ多い方が楽しいから!」
「やれやれ。まぁ、良いじゃない、それあたしも混ぜてくれない?」
「げー、もっと華のある女子が良かったなァ」
「なーによ、本人の前で言うことなくない!?」
と、現れた女性。少年は言い争うそちらの方を見て、あの写真のことをつぶさに思い出した。
彼は、その女性こそがあの写真の人だと確信した。半年経って少し大人びているため少し分からなかったが、それは彼女をより美しくしていた。
「先輩、あの女の人って誰なんです」
騒がしさに紛れつつ近くの部活の先輩に耳打ちする。
「ん?ぼうず、あいつが気になるのか?やめとけやめとけ。ありゃゴリラだぜ?」こそこそと先輩が返す。
「えっ?」
「いやぁ腕っ節が強いし荒いからアイツはほとんど男みたいな…あだっ!?」
「何よ、誰が男だって?」途中から声がでかくなっていたので、(少年の危惧した通り)先輩はその女性に首根っこを掴まれて痛めつけられていた。
「ギブギブギブ!力強いゴリラかお前!」
「はい!?」
「すみません番長!」
「誰が番長よ!」
「あだだだだ!!」
コントのようなやり取りを眺めつつ、これは好みのタイプでは無いな、と少年はぼんやりと思った。
そして少しガッカリしつつカラオケや食事を済ませる。
その女性はカラオケではあまり歌わないようで(本人は下手だからと言っているが、楽しいから歌うという少年にとってはあまりわからない感情だった)、歌声は聞けなかった。
「さーて飯も食ったし!花火やりますかぁ!」
「っしゃーやろうぜー」
「おーけーおーけ!ロケット花火やろうぜ!的は誰よ!」
「やめろお前せめてネズミ花火にしろよ!」
「あのねぇ、一応花火の注意書きは守ってよ?」
そして、先輩達が「冬はなんかどっかに突然引火したら責任取れない」と場所を海岸に移すことになった。さらに引火したら困るからと上着はその辺に置いておくことになったので、少年は寒さにあえぐ。
それでも先輩のロケット花火から(火がついてないのは承知した上で)逃げ回り、バカ騒ぎをしているうちに汗をかくほどになり寒さは気にならなくなってくる。
しかし華やかな花火の在庫が無くなると、
「げ、もう線香花火しかねーな。」
「華がねぇよ華が」
と、
「あんた達の華がないはただの派手さでしょ…あたしは線香花火、好きなんだよね」
そう言って例の女性が線香花火をつけ、薄着で縮こまりながらぱちぱちと弾ける火花に目を細める。
その様子は、あまりにも艶やかで、華やかで。
あの時の花火の写真と違う、陰のある笑みが、少年の目を奪う。
花火はその一瞬の輝きを楽しむものだ。半年も経ってしまえば、先輩のあの時の輝きはない。しかし、今の線香花火を眺める先輩はまた違った輝きで、その輝きはあの時の写真と同じように少年の鼓動を高めていた。
「……せんぱい」
「んー?どうしたー?」
「……キレーっす」
「は、はぁ!?えっ、え!?」
勇気というか蛮勇というか、率直な意見を口に出す。先輩達がキョトンとし、
「だっははは!!マジかマジかおい!」
「おいおいおいおい!マジ!?」
「ぼうず行ったなァ!!」
一斉に沸き立った。しまった、と少年は先輩達のことを何も考えてなかったことを悔やんだが、まぁもう遅いと諦めた。
「……ち、ち、ょっと待ってね。うん。嘘でしょ…!?」
こうなればヤケだ。少年はそう腹を括った。
「嘘なんかじゃなくて。ただ、すげーキレーだったんで」
「え、ええと、こういう時どうすればいいのさ…」
「ヘイヘイ付き合っちゃうー??」
「外野黙って!…ええとね。あたしは、あなたのことあまり知らないけど。綺麗とか言われると、ちょっと嬉しい…かな」
「ホント、キレーだったので」
「っー…ねぇ、それって、付き合いたいとか、そういう?」
「わかんない、っすけど、それが出来たら、嬉しいっすね」
「……ねぇ、じゃあ、連絡先交換しよ。なんか、そういうの、悪くないかも」
「ほ、ホントっすか!?」
「オイオイ後輩に手ぇ出、あいてっ!!」
「バカ、そういう言い方してやんな」
「お堅いんだからよー」
「外野、なんか言った!?」
「「なにも」」
その後。後輩のメアドが書かれた紙切れを握りしめ、自宅で1人恥ずかしさに震える女性がいた。
花火の輝きにあてられたのは、どうやらお互い様のようだった。
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