119.風を追え

夕食後、シュロさんと準備をしながら洞窟探索の話を詰めていった。

シュロさんの反対もなく、村長と話した通りの作戦になった。

反対するほどの選択肢がないのも問題だが、やることが明確化されて分かり易いともいえる。

グリュイも連れていければ、もう少し選択肢が増えたかもしれない。

帰ってきたら話してみようと思いながら眠りについた。


次の日の朝早くから俺はモフモフに叩き起こされる。

今回の作戦は何回も話したというのに、はしゃいで家中を駆け回るモフモフたち。

ピクニックかなんかと勘違いしてるんじゃないだろうか。

村長はこの騒ぎの中で鼾を掻いて寝ていた。

良く寝れるもんだと半分呆れながらルーフへ顔を向ける。

ルーフは既に起き、出かける準備をしていた。


「どこか行くのか?」

「今から交代で見張り台へ行ってきます」

「時間も変則的なのによく頑張れるな」

「はい。見張り台は僕の天職です」


天職というからには、世界に名の轟く見張り人にでもなるのだろうか。

あの村の見張り人は凄い。あれほどの腕の見張り人は見た事がない。

などと噂される日がいつか来るかもしれない。


「凄腕の見張人が村長てのも面白そうだな」


ルーフは気が早いと笑うが、まんざらでもなさそうだ。


「それより、今日洞窟行くんですよね。気を付けてください」

「ああ、ルーフもな」


準備を整えたルーフは気合を入れて出て行った。


「お前たちはまだいいから!」


鼻息荒くルーフに続こうとするモフモフたちを止めながら外へ出る。

森は濃い霧が漂っていた。


「先が思いやられるな」


俺はため息交じりにそう呟いた。


グリュイが帰ってくる様子もなく、朝食を終えた俺は洞窟へ向かった。

霧が晴れるのを待っていたため、出発時間が遅れてしまった。

シュロさんは籠を俺は松明を背負う。

シュロさんの先導の下、森を走り抜けた。

こうやってシュロさんを追いかけるのは何時ぶりだろうか。

昔と違って後ろに付いて行くのも苦ではなくなっていた。

追いかけながら俺は改めてシュロさんの凄さを知る。

動きの基本は物陰から物陰への移動の繰り返しだ。

シュロさんの取るコースは良い意味で分かり易い。

クメギのように無理な体制で滑り込むこともなく、周りを警戒しながら、草木を縫うように進んで行く。

何気なく避けた動作が、次に適した動きになっていた。

まさに風のような動き。

動作の一つ一つが早く、上手いのだ。

これで安いが付くとあれば、シュロさんの弟子にならざるを得まい。


垂れ下がった枝を掻い潜ると洞窟の前に出た。

洞窟の周りは静かで、シュロさんが聞いたという高い叫び声を上げる魔物もいなかった。

シュロさんの横で俺は上がった息を整えながら後ろを振り返る。

もう少し待った方がよさそうだ。

洞窟内は俺が先導して入っていくことになる。

シュロさんは補助に回り、モフモフたちは周りを警戒する役割だ。

息を整え、俺は洞窟の入口から中を覗き込んだ。


入り口から数本の光が広い空間へ差し込んでいた。

穴が崩れ入り口が出来たのか、空間までの道は滑りやすい。

この空間までは薄暗いとはいえまだ目が効く。

しかし、空間から枝分かれしている小道は闇が支配していた。

以前来た時は平坦な空間だったが、掘り返した大小様々な土の山が乱立していた。

痺猿ひえんの這い出た跡だろう。

その影響で中の様子は酷く見難かった。

俺は変化を見逃さないよう注意深く中を見渡していく。


「微かに空気が動いているような」

「中から吹いているようだ」


シュロさんも中を覗き、洞窟内から外へと吹き出す微かな風を確認していた。

微弱でも風があるのは違う空間と繋がった可能性が高い。

それが新しい空間なのか、どこかへ通じる通路なのか。

とにかく新しい道が出来た事は間違いなさそうだ。

今のところ中に何かがいるような動きはなかった。


「いきます」


俺はシュロさんにそう言うと中へ進む。

シュロさんは頷き、外で待つ狩人たちに合図を送った。

この狩人は俺たちに何かあった時、助けではなく村へ危険を知らせる役割だ。


洞窟内の空気は冷たく湿っぽい。

俺は背負っていた松明の一本に火を点け、微かな風を辿って洞窟の奥へと進んだ。

枝分かれしていた小さな通路が崩れ、急勾配の道が出来ていた。

ボス猿が這い出ていた穴だろうか。

もしくは痺猿が固まって出て来たのかもしれない。

上からぱらぱらと土が降って来ていた。

空気が流れる事で湿っていた土が乾いて来ているのだろう。

暗闇を前に俺は唾を飲む。

この暗闇の中で息を潜めた魔物にいきなり襲われたとしたら、俺は対処できるのだろうか。

シュロさんに肩を叩かれ、俺は驚いて振り返る。


「大丈夫だ、君ならできる」


いつも通りの口調でシュロさんは俺に笑みを送る。

そうだ、俺一人だけではない。シュロさんもモフモフもいるのだ。

何も心配することはない。


入り口から心配そうに覗く狩人たちが見えた。

シュロさんが籠から伸びた弦を引く。

その先は狩人たちへと伸びていた。

これで定期的に合図を送り、安否確認を行う。

シュロさんの持つ弦が引かれ、行ってくると片手を上げた。

大きく両手を振り返す狩人たちに見送られ、俺は洞窟の奥へと足を進めた。

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