120.使えない
微かな風に揺らめく松明の炎。
その灯りでも四方を確認できるほど、道は小さく狭かった。
少し屈んだ状態でなければ頭を擦りそうな程である。
地面は急勾配で湿気ていたが、所々乾燥していた。
そこで足を滑らせ転びそうになりながらも、慎重に進んで行く。
目の利くモフモフたちは先に小道を下っていた。
俺が歩くだけでもこれだけ苦労しているというのに、モフモフたちは気にした様子もない。
身軽なだけでなく筋力が違うのだろう。
力強さと軽快さを兼ね備えた獣。
そんなスキルがあれば便利かもしれない。
「獣人になる事で筋力を爆発的にあげ、見境なしに暴れ回る。そして、全てを食らい尽くしていく狂戦士。そのようなスキルが欲しいというのですね」
急に出てきたナビが勝手に盛り上がっているが、何をやらせたいのか。
絶対に取らないスキルとして俺の脳裏に刻まれるのは明白だというのに。
「そう思っていられるのも今のうちです。素敵なオプションが付いてくると知れば、その考えも変わるでしょう」
ナビの事だ。どうせ碌なオプションじゃないだろう。
「今なら獣人変化後の毛深さ三十パーセント増しです。寒さにも強くなれます」
これほど有難みの無いオプションがあるだろうか。
狂戦士というからには、寒暖を気にする理性がぶっ飛んでいるだろう。
暴れ狂っている最中に、寒くなって来たから上着を一枚羽織るか、とはならない。
「オプションはまだあります。オプションその二、目が発光します」
それで怖さ倍増ってか。
「安易すぎますね。目が光る事によって暗闇を照らすことが出来ます」
お前だって同じようなものだろうが、と突っ込みそうになるのをぐっと堪える。
思わず口に出して変な目で見られるのはもうごめんだ。
それにモフモフのようになれるとするなら、視力も上がるんじゃないのか。
そう考えると更に周りを見えやすくする必要はない。
「視力がどうなろうが、見境がなくなるのです。すなわち盲目になるも同意」
「オプションの意味ねえし!」
咄嗟に口を塞ぐが、時すでに遅し。
「何かあったかね」
「あ、えーと、松明を変えようかと」
俺は心配するシュロさんに曖昧な笑みで応え、背中から新しい松明を引っ張り出した。
改めて決意を固めたというのに口に出してしまうとは何たる不覚。
集中せずに余計なことを考えるからナビが出て来るのだ。
ここからはもっと集中するんだ、と気合を入れなおし小道を進む。
暫くすると横道にぶつかった。
小道より天井が高くなり傾斜もなくなったが、至る所からごつごつした岩が飛び出ていた。
左右に道が延びtているようだが、岩が邪魔でどちらも先が見えない。
シュロさんの指示を仰ごうと振り返った瞬間、先にシュロさんがどうするか聞いてきた。
少し悩み、風を追ってきたことを思い出す。
ここまで一本道だったから意識から飛んでいたのだ。
左右へ松明を掲げ、風を確かめる。
微かな風は左から右へと吹いていた。
「このまま風上へいきましょうか」
「それが妥当だろう」
シュロさんはそう言って弦を引っ張る。暫く間を開けて弦が引き返された。
それを確認し俺は地面からせり出た左の岩へ手をかけた。
そのまま力を込めて乗り越える。
お次は右から突き出た岩の隙間を潜り抜けた。
まるでアスレチックのような障害物に、顔を擦り付けながら歩を進める。
障害を越えるたびに風は強くなり、別の音が聞こえてきた。
その正体は地下に流れ込んだ水。
暗くて全てを見通せないが、壁や天井の至る所から水が染み出している。
水はそのまま地面を滑り、下方の闇へと落ちているようだ。
水に洗い流されたのか壁や地面は滑らかな石へと変化していた。
水飛沫を浴びながら松明の火が消えないように進んだ。
角を曲がると急に風が強くなった。
一瞬にして火が消え暗闇が支配する。
俺は慌てて火玉を使おうと手を翳した。
その瞬間、地面が傾いた。
翳した手は何かを掴もうと闇を掻きまわす。
そして、俺が手に掴んだものはモフモフだった。
モフモフの力なら何処かにしがみ付けるかもしれない。
そんな淡い期待を抱きながら、俺はモフモフもろとも闇へ転げ落ちていった。
力強く石を叩く音で俺は目を覚ました。
暗闇の中で、石を叩く音が繰り返される。
落ちたせいで体の至る所が痛んだ。
松明を入れていた背負籠は落ちた衝撃で壊れ、どこかへ行ってしまったようだ。
暗闇でも目が見えれば、散らばった松明を見て取れただろう。
ゆっくり手足に力を込める。体に異常はない。
「水に濡れてしまって点きそうにないな」
石を叩く音が止み、シュロさんの疲れた声が聞こえてきた。
俺は起き上がり火玉を使う。
壁に寄り掛かって座るシュロさんの姿が浮かび上がった。
周りには心配そうに見上げるモフモフや走り回るモフモフもいた。
どうやら積みあがった瓦礫を転げ、この空洞に落ちて来たらしい。
この空洞に水は流れ込んでいなかったらしく、乾いた土の匂いが鼻についた。
「すまない、火種が濡れてしまってね」
そう言いシュロさんは火種を握りしめた。
こういう時に魔法は便利だ。
魔力切れは起こすが、いざという時に湿気て使えないなんてことはない。
「結構高い所から落ちましたね」
俺は上空に火玉を向け、落ちて来た穴を見上げた。
はるか上に空いた穴から水が滴り落ちていた。
「少し休んでいきますか」
俺は再びシュロさんへ火玉を向け、異変に気付いた。
モフモフたちが皆同じ方向を向いていたのだ。
シュロさんも即座に気付き、暗闇の先へ顔を向ける。
「そうもしていられないようだ」
シュロさんは汗の浮いた顔でそう言った。
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