118.ちがーう!

「ちがーう!」


俺はそう叫ぶと踵を返し、ルートヴィヒへ詰め寄る。

このまま帰って次着た時にも新たな話を持ち出されては、俺の話が出来なくなってしまう。

ここは、強引にでも俺の話を聞いてもらう展開にしなければいけないのだ。

ルートヴィヒは俺の気迫に押されたのか丸太からずり落ちそうになっていた。


「な……なんでしょう」


にこやかに去っていったと思ったら、叫びながら鬼気迫る感じで近づかれたらそうなるか。

俺は落ち着くために一つ咳をすると、クメギの事を話した。

俺はこの状況を変えたいのに、村長たちはもう手は尽くしたと諦めているのだ。

ルートヴィヒは俺の話に真剣に頷き、話し終わると暫く考え込んだ。

かなり悩んでいるので、待っている間に彫刻刀でも作ってやろうか。

俺は歪な形の小石を掴むと風玉でⅤの字の刃を作っていく。

お次はU字の刃だ。他は何字があったっけ。

彫刻刀など中学以来触った事すらないから忘れたな。


「あの……」


話しかけずらそうなルートヴィヒの声に顔を上げる。

しまった。彫刻刀作りに熱中してしまった。


「君の考え聞かせてくれるかな」


何処かの教授のような顔で俺は話を聞く体制に入る。

立場が逆なような気がするが気にしない。


「こういう話は得意じゃないので、分かり難かったり見当違いなこと言ってても許してくださいね」


俺は勿論だと頷く。


「この世界で僕たちが知っている事は、限りなくゼロに近いと思います。出来る事になるともっと低くなります。僕たちはこの村の事しか知らないし、出て行く余裕もありません」


力がない事を力説された後、ルートヴィヒはこう言った。

クメギにとって最善なことは俺がこの村に留まり、ムクロジの名で生きていくことだと。

これでは村長と言っていることが同じではないか。


「だから、俺は……」

「自分勝手な意見なのは分かってます」


俺の言葉に被せる様にルートヴィヒは口を開く。


「何か治せる術があるかもしれないのに、何もしないのは卑怯だって分かってます。だけど、僕は何も分からないんです。この石のように苦労してでも見つけ出せるのなら、僕だって頑張れるんだ!でも、でも……」


その後の言葉は泣き声に変わった。

大人だからじゃない。子供だからでもない。

この村では、そうするしか解決できないのだ。

納得するかしないかの問題ではなく、それしか道がない。

俺の考えが甘かった。

世の中は不条理と分かっていながら従うしかない時もある。

そんなの、この世界に来る前から知っていた事だ。


昔、会議で上司に意見を言ったことがある。

まだ変えられると思っていた。結果は変わらなかった。

会社というシステムは構築していくものだと思っていた。

システムは従うもの。違うと思いながら俺もそれに従った。

それ以降その上司とは仲が悪くなり、度々対立しあう事になる。

振り返ってみて、何か変わったのかと聞かれれば何も変わらなかったと答えるしかないだろう。

不条理というものは何時の時代、どの場所でも起こり得る。

昔から人は神に縋ってきた。この不条理を何とかしてくれと。


俺は神でもないし、解決する力を持っている訳ではないが、立場上何かが出来るかもしれないという可能性はある。

村人から見ればそういった可能性が見いだせない状態なのだろう。

その立場の違いを考えれず、俺は苛立っていたことになる。


「俺が悪かったよ。ごめんな」


俺は優しくルートヴィヒの肩に手を置いた。

ルートヴィヒは泣き顔のまま首を振る。


「僕も、泣くつもりじゃなかったんです」

「いいんだよ。ルートヴィヒがクメギの事を大事に思っているってわかったしな」

「そんな、クメギさんと僕じゃ釣り合いませんよ!」

「もしかしてお前、クメギのこと好きなんじゃ……」

「違います!」

「でも、顔赤くなってるよね」

「なってません!」

「クメギは頼れる存在だし憧れるのも分かるよ」

「そうなんですよ、僕も憧れているんです」

「それにしては顔が赤すぎる気がするんだが……」

「気のせいです! 今日は朝から暑い日なんです」

「じゃあ、ちょっと聞いてくる」

「いいですよ」

「それで顔が赤くならなかったら、ルートヴィヒは顔が赤くなったとかの件を説明しなきゃな」

「え、それはちょっと……」

「あそこに第一村人発見。ちょっと聞いてくるわ。おーい」


湯気が出そうなくらい赤い顔をしたルートヴィヒに、思いっきり口を塞がれた。

口数の増えたルートヴィヒに適当な相槌という冷やかしをしていたら、さらに顔を赤くして仕事の邪魔になると追い払われる。

これ以上虐めてまた泣かれるのも困るし、納得できる話は出来た。

このまま帰ろう。と、その前に。


「これ今作った奴。話してくれたお礼に置いてくよ」


俺は出来立ての彫刻の刃をルートヴィヒに渡す。


「これも、僕の仕事だったんですけど」

「そうだったっけ」

「僕の血と汗の結晶が見えなかったんですか」


周りに散らばる歪な小石を横目で見つつ答える。


「何かのオブジェかと」


頬を掻きつつ苦しい言い訳で誤魔化してみる。


「ちがーう!」


どこかで聞いた言葉と共に、俺は石を投げつけられルートヴィヒに追い払われた。

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