116.話はちゃんと聞こう

水の補充という名目でログの畑の近くをわざとらしくうろついていた俺は、視界の隅にログの姿を認めながら話しかけれずにいた。

タイミングを窺っているのだが、良いタイミングというものが分からないのだ。

いつ巡って来るとも分からないタイミングを待っているから、畑の近くを彷徨く怪しい人に見られていただろう。

頭の中でどうしようという思いが溢れ返り、水の補充を終えても右往左往している俺。

これは、ここまであからさまにすれば、ログさんも畑仕事を中断して話しかけてこずにはいられないだろう作戦なのだ。

などという他人任せな作戦名を思いつくが、こちらからは手が出せませんという白旗を上げた状態なのは変わらない。

時だけが過ぎ、流石に諦めて作戦を練りに戻るかと小さく息を吐いた所で、声がかかった。


「用があって来たんだろ。何も言わずに帰る事もなかろう」


突然のことにあわてて受け答えする。

これは、もう覚悟を決めるしかない。


「畑は良いんですか」

「付きっきりで世話をするほど甘えん坊ではないさ」


ログさんはそう言って畑の囲いに腰を預ける。

こちらに背中を向ける感じになったため、表情が読めなくなった。

ログさんもどういう表情で話せば良いのか困惑しているのかもしれない。


「君は私の言葉に呆れたのだと思っていた。だから畑にも近づかなくなったのだと」

「そんなことは――」

「気を遣わんでいい。自分でもわかっている。一方的に自分の思いをぶつけてしまう性格だとな」


言葉に窮している俺を気にせず、ログさんは話を続けた。


「グリュイに聞いたよ。あの夜に言った私の言葉を君が気にしていたとな。そして、甘え過ぎだと叱られた」

「グリュイにですか? 何やってんだ彼奴は。すいません、後でしっかり言っておきます」

「いいんだ。グリュイのいう事は正しい。そして君の行動もな」


ログさんは振り向くと、謝罪の言葉を口にした。

慌てて止めようとする俺を見て、ログさんは鼻を鳴らした。


「やはり、グリュイが言うように君は優しすぎる」


そう言った後、ログさんはグリュイとのやり取りを話してくれた。


グリュイは畑の土として使っている良質の土は、響岩蚯蚓きょうがんみみずが齎した産物であり、その魔物を倒したのは俺だとばらしていた。

正確にはデォスヘルの助力があってこそなのだが、ややこしくなるので伏せておく。

その恩恵ばかりか、手を伸ばせば何時でも水が飲め、高く頑丈な壁もある。

これだけの事をして貰いながら、弱者に胡坐を掻いてなぜそんなにも偉そうな口を叩けるのか。

もっと過酷な環境で無くなった村を何度となく見て来たグリュイは、そんな贅沢なことを言う前に皆死ぬ運命にあることを告げたのだ。

畑の事に長けているかもしれないが、この世界の事が全く見えていない。

もし守るものがなくなった時、畑仕事以外のことが出来るのか。

村の外で危険と向き合えるのか。

そう立て続けに過酷な現実を叩きつけられたログさんは反論の言葉も出ず、黙るしかなかった。


「弱者強者などという曖昧な立ち位置を語っている暇があるなら、明日をどう生きるかを考えていた方がましだ。そう言われたよ。全くその通りだ。私は外の事を知らな過ぎた。それはこの村の者も同じだろう。私たちはもっと外に目を向けるべきなんだと思い知らされたよ」


畑仕事を手伝いながら和気藹々わきあいあいやっていると思っていたが、こんなことを話していたとは、本当に何者なのだろう。

何時もは子供のように振舞っているが、実は俺が思っている以上に凄い実力の持ち主なんじゃないのか。


「これからは、みんな村の外に出る努力をしなければ……。私も若い事は狩人の一員として参加していたが、もう十年は狩りをしていない。こんな私でも小さな獲物くらいは狩れるようにならんとな」


確証はないが、これだけは言える。

グリュイは、この世界の事情を知っている者の上位に入るのかもしれない。

俺のいた世界と、この世界の情報を足しても足りないくらいの情報を持っていそうだ。

俺の勝手な想像でしかないし俺の感は外れるから、たまたま知っていただけかもしれないが。


気付くと鼻を鳴らしながらこちらを窺っているログさんがいた。

しまった、途中から話を聞いていなかった。

でも、この状況は何か答えを待っている。

力こぶを見せ付けるように腕を曲げている所を見るに、畑仕事で鍛え上げた筋力を見よという事だな。

どうやらグリュイの言葉など気にせず、畑仕事に精を出すようだ。


「その筋力ならいけますよ」

「そうだろうか。でも、この年でやり続けて行こうとして、足手纏いにならんように気を付けねばな」

「年なんか関係ないですよ。昔から経験してきて今があるんですから、皆を牽引する実力の持ち主じゃないですか」

「おいおい、其れは言いすぎだろう。私だってさっきまでやっていた訳ではないんだぞ」

「ログさんこそ謙遜しすぎですよ。今手を止めたと言っても過言じゃないじゃないですか」

「本当に君は人を乗せるのが上手いな。では、仕事に戻るとするよ」


ログさんは笑みを見せながらそばに置いてあった鍬を手に取った。


「すいません、仕事の邪魔しちゃって」

「良いんだよ、こちらもすっきりして外に出ようという気になったしな」

「それは来た甲斐がありました。では、頑張ってください。畑仕事」


俺は最後を強調するように言い放つと、手を振って家へと戻っていった。

呆然と見送るログさんの視線を浴びながら。

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